良心の不在
ファインマンでも捉えきれなかったことがあるのかもしれない。それは、科学的良心なるものが、何も承認欲求やスポンサーの都合によってのみ捻じ曲げられるものではないということ、むしろ、最初から最後まで欠如した人物が大量に存在するということだ。
ファインマンの「カーゴ・カルト・サイエンス」は有名だが、彼がその中で述べていることについては、その名称ほどは有名でないようだ。孫引きになるが、以下のように述べている。なお、これはカルテックの卒業式での講演なので、学生に語りかける口調になっている。
「自分自身をだまさないことをどのように学ぶかは, 私が知っているどの講義にも特に含まれていなかった. 私たちは, 諸君が自発的に学んだと希望している」
引用は「ファインマン計算機科学」より。これは「ファインマンの思い出」というあとがきに含まれている。元の文全体は、有名な「ご冗談でしょう」で確認して頂きたい。
発言の真意はともかくとして、ファインマンは他で「専門家の言うことを常に信じるべきではない」とも言っているように、彼が疑えと言ったのは、まず自分や自分たちのことであった。
上と同じ引用元で、
「良心を捨てるよう強制されると感じないところで諸君が働ける幸運を祈る」
などと述べているように、政府や諸団体が虫のいいことを言わないわけではないが、同様に、
・研究の応用可能性についてスポンサーに誤解させない
・お気に入りの理論を支持しない実験結果でも出版する
・政府にとって不都合なアドバイスでもためらわない
という趣旨のことを述べているように、基本的には個人の問題であり、圧力を受けたから云々という話ではない。
なにより注意しなければならないのは、専門家集団の内部における「カーゴ・カルト」であって、その「カルト」は一世を風靡したりする。
少し長くなるが、「中谷宇吉郎随筆集」より、「比較科学論」の一部を引用したい。
「その頃(注、1920年から25年の間)までに、古典電子論は発達の極致に達し、電子の大きさ、剛性、荷電の分布状態について、議論は尽きるところを知らず、煩瑣哲学の趣きが、ありありと物理学の上に現れていた。」
「今から考えてみれば、世界中の物理学者がかかって、電子の二次的な性質について、煩瑣哲学的な研究を積み重ねるべく、無駄な努力を払っていたわけである。こういう趨勢の由って来たるところは、電子の粒子性の実験結果に誘導されて、いつの間にか、誰もが電子を、野球のボールを極端に小さくしたものというふうに、思い込んでいたからである。電子をそういう「実在」と思い込んでしまえば、それにいろいろな物性を賦与するのも自然の勢いである。まして、昔から物質の第一性質と考えられていた不可入性などについては、疑問をもった人は、ほとんどなかった。」
ここで不可入性について、山本義隆「古典力学の形成」の「Eulerによる力学原理の整備」の「慣性原理について」に、
「『序説』は...Eulerのいわば『自然哲学〔物理学〕原理』の全面展開で, そこでは物体の本質を「不可透入性」と捉えて, その本質から物体のすべての物理的性質...を演繹しようとする試みが詳細に述べられている.」
とあるように、どの程度支持されていたかはともかく、不可入性は人間の直観にも合致する古くからのドグマであった。
ともかく、山本によれば、ここでオイラーは慣性の力"vis inertiae""Kraft der Trägheit"などの用語を廃し、恒常性"Standhaftigkeit"という言葉を導入した。そして、力"vis"を外から変化せしめるものとし、慣性を状態を維持する内的性質と規定した。
このように、物体の性質そのもの(内)と力(外)を区別するというのは古典力学の発達過程における重要な考えであり、不可入性を疑うなどという混乱した思索が古典論において論外であっても不思議ではない。しかし、この長い流行の中においても、科学的良心は存在できるのであり、先ほどの中谷の随筆集の同じ部分には、寺田寅彦からの引用が次のようにある。
「著者は過去の歴史に徴しまた現在の物理学を詮議して見た時に、少くとも今のままの姿でそれ(註、物理学の進歩の経路)が必然だという説明は存しないと思うものである。もし果して然らば物理学の所得たる電子等もいまだ決して絶対的確実な実在の意味を持たぬものであって、これに関する観念が全然改造さるる日もあるであろうと信じている」
「もし今日電子の色を黒いとか赤いとかいえば学者は笑うに相違ないが電子が剛体であるとか弾性であるとかいうのはそれほど怪しまない。まして電子の不可入という事について疑う人は極めて稀だといってよい。しかし著者はこの如き仮定の必然性を何処にも認め得ない」
これは寺田寅彦の『物理学序説』第二篇第三章「実在」の記述らしい。果たせるかな、同様に中谷から引用すると、
「ド・ブローイによって電子の物性は除外され、シュレーデインガーの式によって規定されるところの形も不可入性もない数学的表現が電子である、ということになった」
というわけだ。
では、古典力学が科学的良心に欠けているかといえば、そんなことはまったくない。上述の山本の著書の「Eulerによる力学原理の整備」の「1740年前後の状況:Newtonと力学原理」には、哲学者Denis Diderotの風刺小説『お喋りな宝石』が引用されており、それが当時ニュートンの置かれていた立場をよく表している。
これまた長い上に孫引きになるが、以下の通りである。ちなみに、「器用な幾何学者にして偉大な物理学者」ことオリブリはデカルト、「器用な物理学者にして偉大な幾何学者」ことシルシノはニュートンのこと。
「オリブリの学説は, ちょっと見には面白いほど簡単なもので, 主要な現象については, 大体において満足な説明を与えたが, 細部にわたると甚だしく矛盾撞着していた. シルシノはどうかといえば, 彼は一つの不合理から出発しているように見えたが, しかしむつかしいのはその第一歩だけだった.」
「シルシノは最初はっきりしない曖昧な道を辿ってゆくが, その道は進むに従って明るくなってゆく. これに反して, オリブリの進んだ道は, 最初は明るいが, 進むに従っていよいよ暗くなってゆくばかりである.」
「オリブリの学派になるには準備なしで入ることができる. 誰もがその鍵を持っている. ところがシルシノの学派は, ただすぐれた幾何学者だけに開かれているのである. オリブリの渦巻説は, 誰にでも理解できるが, シルシノの中心力の説は, 第一流の代数学者のためにのみ作られているものであった. 従って, いつでも, 一人の引力派に対して百人の渦巻派がおり, 一人の引力派はつねに百人の渦巻派に匹敵した.」
また、山本は続けて次のように書いている。
「Descartes機械論がNewtonの万有引力に浴びせた批判は...何もない空間を隔てて物体(天体)同士が引力を及ぼしあうなどという主張は, スコラ哲学でいう<隠れた性質>以外の何者でもなく, 中世的迷妄への逆戻りである, というものであった.」
これは一見もっともな批判であり、山本もさらに続けて言うように、「仮説をつくらない」と宣言し定量的数学的な記述によって満足するというプリンキピアにおけるニュートンの立場は額面通りには受けとれないものだったが、ニュートン本人の思惑とは無関係に、この数学的実証主義というイデオロギーは古典力学の受容の過程で額面通りのものとなっていく。
以上からも分かるように、ニュートンの主張、ひいては古典力学に繋がる諸主張は、決して「まとも」な類いのものでも直観に迎合するものでもなかった。しかし、彼らは(あるいは双方とも)良心に従い、自らを誤魔化すことはなかった、とは言いすぎだろうか。
余談だが、今日、デカルトはどちらかといえば数学者であり、ニュートンは紛うことなき物理学者であるので、『お喋りな宝石』におけるまるで逆の評価は不思議な気もするが、プリンキピアを予備知識なしで読めば、ニュートンの配慮通りに、ただの幾何学書にしか見えないのは確かだ。また、デカルトは単純な機械論者ではなく、むしろ機械的なものを低く見る傾向が代数方程式の分類に表れているが、脱線が酷くなるので深くは触れない。デカルトとデカルト主義者、ニュートンとニュートン主義者は、それぞれまったく別物だと理解するのが良いだろう。
ここまで見てきた例からもわかるように、何か特別な主張をすることは、科学的良心を担保することには全然ならない。同様に、礼儀正しく誠実そうに振舞うことも、何ら科学的良心とは関係ない。最初の方で出した「ファインマンの思い出」には、
「私は...非公式の昼食セミナーで...「パートン模型」の適用について説明するように依頼され...セミナーのほとんど終わりに近づくまですべてがうまくいった. 私がどのような予言をもっとできるかについて概要を述べようとしたとき, ファインマンが次のように言った. 「ストップ. そこに線を引きなさい. その線の上のものはすべてがパートン模型で, その線の下はただのブジョルケンとパスコスの推測にすぎない」. ファインマンがこの点に敏感だった理由は, マレーが「パートンは間抜け」とか「パートン模型が予言するものを知りたい人はファインマンのはらわたを調べろ!」と唸り声で言いながら, カルテクのローリッツェン棟の4階を歩いていたためだということに, 私はすぐ気づいた.」
とあるように、お上品さの欠片もない馬鹿馬鹿しい応酬を繰り広げているし、ファインマン本人も決して褒められた性格ではなかったようだ。なにせ、他人の講義を自分を擁護するためのダシにしているのだ。他にも、「人をイライラさせ, 攻撃的な彼の描像」がファインマンの伝記からは浮かび上がるそうだが、そんなことは科学的良心とは何の関係もない。
それに比べて、科学カルトの連中ときたら......とここまで言って私がどのような集まりを小馬鹿にしているか分からない人は、よほど慎重にテキストを読み取る人か、科学カルトのどちらかだろう。
疑うことを忘れ
知ることを本質に取り違えた
哀れな科学カルトたちへ
【追伸】
これが今の私の精一杯の文章だが、これを鼻で笑われたら、後は科学カルトと最終戦争に突入するほかない。
ファインマンの「カーゴ・カルト・サイエンス」は有名だが、彼がその中で述べていることについては、その名称ほどは有名でないようだ。孫引きになるが、以下のように述べている。なお、これはカルテックの卒業式での講演なので、学生に語りかける口調になっている。
「自分自身をだまさないことをどのように学ぶかは, 私が知っているどの講義にも特に含まれていなかった. 私たちは, 諸君が自発的に学んだと希望している」
引用は「ファインマン計算機科学」より。これは「ファインマンの思い出」というあとがきに含まれている。元の文全体は、有名な「ご冗談でしょう」で確認して頂きたい。
発言の真意はともかくとして、ファインマンは他で「専門家の言うことを常に信じるべきではない」とも言っているように、彼が疑えと言ったのは、まず自分や自分たちのことであった。
上と同じ引用元で、
「良心を捨てるよう強制されると感じないところで諸君が働ける幸運を祈る」
などと述べているように、政府や諸団体が虫のいいことを言わないわけではないが、同様に、
・研究の応用可能性についてスポンサーに誤解させない
・お気に入りの理論を支持しない実験結果でも出版する
・政府にとって不都合なアドバイスでもためらわない
という趣旨のことを述べているように、基本的には個人の問題であり、圧力を受けたから云々という話ではない。
なにより注意しなければならないのは、専門家集団の内部における「カーゴ・カルト」であって、その「カルト」は一世を風靡したりする。
少し長くなるが、「中谷宇吉郎随筆集」より、「比較科学論」の一部を引用したい。
「その頃(注、1920年から25年の間)までに、古典電子論は発達の極致に達し、電子の大きさ、剛性、荷電の分布状態について、議論は尽きるところを知らず、煩瑣哲学の趣きが、ありありと物理学の上に現れていた。」
「今から考えてみれば、世界中の物理学者がかかって、電子の二次的な性質について、煩瑣哲学的な研究を積み重ねるべく、無駄な努力を払っていたわけである。こういう趨勢の由って来たるところは、電子の粒子性の実験結果に誘導されて、いつの間にか、誰もが電子を、野球のボールを極端に小さくしたものというふうに、思い込んでいたからである。電子をそういう「実在」と思い込んでしまえば、それにいろいろな物性を賦与するのも自然の勢いである。まして、昔から物質の第一性質と考えられていた不可入性などについては、疑問をもった人は、ほとんどなかった。」
ここで不可入性について、山本義隆「古典力学の形成」の「Eulerによる力学原理の整備」の「慣性原理について」に、
「『序説』は...Eulerのいわば『自然哲学〔物理学〕原理』の全面展開で, そこでは物体の本質を「不可透入性」と捉えて, その本質から物体のすべての物理的性質...を演繹しようとする試みが詳細に述べられている.」
とあるように、どの程度支持されていたかはともかく、不可入性は人間の直観にも合致する古くからのドグマであった。
ともかく、山本によれば、ここでオイラーは慣性の力"vis inertiae""Kraft der Trägheit"などの用語を廃し、恒常性"Standhaftigkeit"という言葉を導入した。そして、力"vis"を外から変化せしめるものとし、慣性を状態を維持する内的性質と規定した。
このように、物体の性質そのもの(内)と力(外)を区別するというのは古典力学の発達過程における重要な考えであり、不可入性を疑うなどという混乱した思索が古典論において論外であっても不思議ではない。しかし、この長い流行の中においても、科学的良心は存在できるのであり、先ほどの中谷の随筆集の同じ部分には、寺田寅彦からの引用が次のようにある。
「著者は過去の歴史に徴しまた現在の物理学を詮議して見た時に、少くとも今のままの姿でそれ(註、物理学の進歩の経路)が必然だという説明は存しないと思うものである。もし果して然らば物理学の所得たる電子等もいまだ決して絶対的確実な実在の意味を持たぬものであって、これに関する観念が全然改造さるる日もあるであろうと信じている」
「もし今日電子の色を黒いとか赤いとかいえば学者は笑うに相違ないが電子が剛体であるとか弾性であるとかいうのはそれほど怪しまない。まして電子の不可入という事について疑う人は極めて稀だといってよい。しかし著者はこの如き仮定の必然性を何処にも認め得ない」
これは寺田寅彦の『物理学序説』第二篇第三章「実在」の記述らしい。果たせるかな、同様に中谷から引用すると、
「ド・ブローイによって電子の物性は除外され、シュレーデインガーの式によって規定されるところの形も不可入性もない数学的表現が電子である、ということになった」
というわけだ。
では、古典力学が科学的良心に欠けているかといえば、そんなことはまったくない。上述の山本の著書の「Eulerによる力学原理の整備」の「1740年前後の状況:Newtonと力学原理」には、哲学者Denis Diderotの風刺小説『お喋りな宝石』が引用されており、それが当時ニュートンの置かれていた立場をよく表している。
これまた長い上に孫引きになるが、以下の通りである。ちなみに、「器用な幾何学者にして偉大な物理学者」ことオリブリはデカルト、「器用な物理学者にして偉大な幾何学者」ことシルシノはニュートンのこと。
「オリブリの学説は, ちょっと見には面白いほど簡単なもので, 主要な現象については, 大体において満足な説明を与えたが, 細部にわたると甚だしく矛盾撞着していた. シルシノはどうかといえば, 彼は一つの不合理から出発しているように見えたが, しかしむつかしいのはその第一歩だけだった.」
「シルシノは最初はっきりしない曖昧な道を辿ってゆくが, その道は進むに従って明るくなってゆく. これに反して, オリブリの進んだ道は, 最初は明るいが, 進むに従っていよいよ暗くなってゆくばかりである.」
「オリブリの学派になるには準備なしで入ることができる. 誰もがその鍵を持っている. ところがシルシノの学派は, ただすぐれた幾何学者だけに開かれているのである. オリブリの渦巻説は, 誰にでも理解できるが, シルシノの中心力の説は, 第一流の代数学者のためにのみ作られているものであった. 従って, いつでも, 一人の引力派に対して百人の渦巻派がおり, 一人の引力派はつねに百人の渦巻派に匹敵した.」
また、山本は続けて次のように書いている。
「Descartes機械論がNewtonの万有引力に浴びせた批判は...何もない空間を隔てて物体(天体)同士が引力を及ぼしあうなどという主張は, スコラ哲学でいう<隠れた性質>以外の何者でもなく, 中世的迷妄への逆戻りである, というものであった.」
これは一見もっともな批判であり、山本もさらに続けて言うように、「仮説をつくらない」と宣言し定量的数学的な記述によって満足するというプリンキピアにおけるニュートンの立場は額面通りには受けとれないものだったが、ニュートン本人の思惑とは無関係に、この数学的実証主義というイデオロギーは古典力学の受容の過程で額面通りのものとなっていく。
以上からも分かるように、ニュートンの主張、ひいては古典力学に繋がる諸主張は、決して「まとも」な類いのものでも直観に迎合するものでもなかった。しかし、彼らは(あるいは双方とも)良心に従い、自らを誤魔化すことはなかった、とは言いすぎだろうか。
余談だが、今日、デカルトはどちらかといえば数学者であり、ニュートンは紛うことなき物理学者であるので、『お喋りな宝石』におけるまるで逆の評価は不思議な気もするが、プリンキピアを予備知識なしで読めば、ニュートンの配慮通りに、ただの幾何学書にしか見えないのは確かだ。また、デカルトは単純な機械論者ではなく、むしろ機械的なものを低く見る傾向が代数方程式の分類に表れているが、脱線が酷くなるので深くは触れない。デカルトとデカルト主義者、ニュートンとニュートン主義者は、それぞれまったく別物だと理解するのが良いだろう。
ここまで見てきた例からもわかるように、何か特別な主張をすることは、科学的良心を担保することには全然ならない。同様に、礼儀正しく誠実そうに振舞うことも、何ら科学的良心とは関係ない。最初の方で出した「ファインマンの思い出」には、
「私は...非公式の昼食セミナーで...「パートン模型」の適用について説明するように依頼され...セミナーのほとんど終わりに近づくまですべてがうまくいった. 私がどのような予言をもっとできるかについて概要を述べようとしたとき, ファインマンが次のように言った. 「ストップ. そこに線を引きなさい. その線の上のものはすべてがパートン模型で, その線の下はただのブジョルケンとパスコスの推測にすぎない」. ファインマンがこの点に敏感だった理由は, マレーが「パートンは間抜け」とか「パートン模型が予言するものを知りたい人はファインマンのはらわたを調べろ!」と唸り声で言いながら, カルテクのローリッツェン棟の4階を歩いていたためだということに, 私はすぐ気づいた.」
とあるように、お上品さの欠片もない馬鹿馬鹿しい応酬を繰り広げているし、ファインマン本人も決して褒められた性格ではなかったようだ。なにせ、他人の講義を自分を擁護するためのダシにしているのだ。他にも、「人をイライラさせ, 攻撃的な彼の描像」がファインマンの伝記からは浮かび上がるそうだが、そんなことは科学的良心とは何の関係もない。
それに比べて、科学カルトの連中ときたら......とここまで言って私がどのような集まりを小馬鹿にしているか分からない人は、よほど慎重にテキストを読み取る人か、科学カルトのどちらかだろう。
疑うことを忘れ
知ることを本質に取り違えた
哀れな科学カルトたちへ
【追伸】
これが今の私の精一杯の文章だが、これを鼻で笑われたら、後は科学カルトと最終戦争に突入するほかない。