Study Hard -232ページ目

世界精神から朗報

 カルトに騙されない賢い市民の会が早くも大驀進中です。3名で結成された2日後に4名に拡大しました。当社比4/3倍です。この調子で増えればわずか1年後には500垓人に達する見通しです。

 500垓人といえば、現在の地球上の総人口の10兆倍近くにも達する会員数です。カルトを1兆回滅ぼし尽くしてもまだお釣りが来る計算です。私たちの未来は明るいと言えましょう。

 皆さんも最終戦争前に入会されることを切に望みます。下記アドレス等で手続きを行って下さい。最終戦争は間近に迫っています。

 カルトに騙されない賢い市民の会(mixi隊)
 http://mixi.jp/view_community.pl?id=2363766

【スローガン】
 カルトなき約束の地へ!

【連帯の訴え】
 市民の皆さん!
 今やカルトは地球環境を脅かし、昨今人気沸騰の地球温暖化もきっとカルトに仕業に違いありません。このまま放置すると大変なことになるのは明らかだが理解されていないとSPAMメールでも言っていました。
 私たちの圧倒的連帯によりカルトを廃滅し、地球寒冷化を実現して行きましょう。

【基本方針提案】
 まず撃て、然る後に誰何せよ。

不真面目なこと書くのも飽きるな

 最近は何が真面目で不真面目なのか区別がつかなくなってきているのが悩みです。

 ちょっくら例のデモに関連して。
 デモが統一されなくていいっていう主張は言わば「事業部制」を想定してるわけだよねと好意的に解釈してみるお話。事業部制については「GMとともに」でも参照すればええやん。

 数人しかいないデモから数万人のデモまであるわけで、それは数人しか従業員がいない会社から数万人以上の従業員を抱える大企業(と言うか○○グループみたいなの)まであるようなものだ。ちなみに個人的に見た中で一番小さかったデモは5人。

 それでまあ考えてみてもほしい。師団でもあるまいし、数万人が同じことをやっている会社なんてあるかと言えば普通はない。同様に大きいデモにも具体的な主張なんてまず無いし、設定できないのも当然。
 例のデモに関しても組織的にやっていない以上、書記長閣下の揮下にない連中で統制できたのは右手に3人左手に3人の計6人程度が関の山だったであろうことは想像に難くない。

 みんな同じことをやってる大企業もなければ、主張が完全に統一された大規模デモも存在しない。だからと言って個々がバラバラに好き勝手やれば良いんだという結論に至るのは明白に飛躍だ(例のデモが大規模でないことはともかくとして)。
 悪く言ってしまえば、そういう「組織や集団を一切理解せず、バラバラな個人の総計としか見られない人」って良く居るよねという感じだ。そこまでは私も思ってはいないのだが、しかしその手の意見は実際にデモには行っていない人ならではの意見だとは思っている。
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 ここまで書いてみて気付いたが、これは長くなるな。どうしたもんか。
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 ところで本題に入る前に上の文章について説明しよう。というよりも本題には後日入ろうかと思う。

 会社とデモを並べることに違和感を覚えた人がいるかもしれないが、それはまったくイメージに過ぎない。どちらも多数の人間の集まりという点においてかわりはないが、ただその中核にあるものが違うだけだ。

 まず会社のイメージに対する誤解を解く必要がある。
 企業の中核には事業がある。一般には事業を継続して行うための器が会社であるが、別に継続する必要性はまったくない。むしろある事業を企画して成功したら賃金やら経費やらを引いた残りを分配して解散するのが当たり前だった。つまり麻雀で言う一局清算だ。
 有名な東インド会社は、インドと往復したけど儲からなかったからもう一回やろうという話から生まれたものだ。つまり失敗したから継続したのだ。

 一方でデモには一過性のイメージがつきまとう。しかしデモを企画して実行して成功した(と判断した)ならば一旦解散するのはまったく当然のことだ。仮に継続する必要があるとすれば、それは十分に成功していないということに他ならない。
 企業との違いは中核は事業ではないということだが、ではデモの中核ってなんだろうという話は別にする必要はないと思う。

 以上を踏まえて「デモだって個々に好き勝手にアピールしまくればいい、そういう形もアリだ」という主張を振り返ってみれば違和感を覚えないだろうか。「会社ってのは俺が好きなことをやる場所だよ」と主張するしがないサラリーマンが居たとしたらそれはそれで面白いが。

 それで例のデモが失敗だったと言いたいわけではない。仮にデモの目的が「好き勝手やること」だとしたらむしろ大成功と言って良いだろう。しかしあれを見てそのように解釈した上で「デモとはこうあるべきだ」とか「デモの一つの形だ」と言うのはかなり無理がある。
 それは「当社は皆さんが好きなことをやる場を提供するだけです」と求人広告に書いている会社があったとして、これがこれからの会社のあり方だと言う人が居れば相当なアレだというようなことだ。

 ところで例のデモはそんなデモだったのだろうか。違うでしょ?
 統一されてはいないが幾つかの種類の人を集め、如何にもそれっぽい場所で、それっぽいことを言いながら、きちんと行列を作って練り歩いたのではなかろうか。それでちゃんと「ああアレゲな人たちの練り歩き行為ね」と認識されてるのではなかろうか。何が伝わ(ってしま)ったのかはともかく。
 本当にフリーダムな人だったらハチ公前の定位置で一人メガホンを握ってるに決まってる。

 好き勝手にやればいいと言っている人たちはそのデモにおいて同調すべき主張がありそうもない人々であり、それゆえにどうでも良いという感情の裏返しとして口を滑らせただけなんじゃないかなとまあ勘ぐっている次第だ。

 それで事業部制ってなんだというのはまた今度。恐らく今度はない。

 ー第一部 完ー

旧団体

 ρが「カルト宗教に騙されない賢い市民の会」なる団体を提案。奴もわかってきたな。宗教法人格の取得を目指す予定。
 基本方針は以下のようだそうだ。

 http://ameblo.jp/usn/entry-10038578618.html
『まず世界を覆うカルト宗教の陰謀を暴露した書籍を会長が書く。それを会員は熟読し、毎日朝夕カルト団体根絶の誓を5分ずつとなえる。
当然宗教関係の物は身の回りに置かない。
さらには未会員に対して会長の御書を配布し、会長の教えを交戦流布する。
未会員による医療行為は危険なので基本的に受けない。』

【FAQ】

Q.なぜ宗教関係の物を身の回りに置いてはいけないか
A.謗法になるからです

Q.例えば達磨のようなものでもか
A.自然と置きたくなくなります

Q.謗法になるとどうなるのか
A.カルト宗教の信者と見なします

Q.信者と見なされるとどうなるのか
A.間近に来る最終戦争において絶滅されます

Q.なぜ朝夕に誓願を行うのか
A.その質問自体がカルトです

Q.5分という時間の意味は
A.多ければ多いほど良し

Q.御書を配布しようとしたら友人関係が壊れた
A.その友人はカルトです

Q.広宣流布はちょっと……
A.あなたはカルトです

Q.なぜ会員でない者の医療行為を受けてはいけないのか
A.カルトはあなたを常に狙っています

【教義】
 最大にして最後のカルト絶滅活動家ρ様は約20年前に光臨されました。そして間もなくガイアナにて雲隠れし、最終戦争後にカルトの廃滅されたる世界に再光臨されます。
 最終戦争より先にカルトはなく、その先に到達したる者には永遠の生が約束されます。