人に感動を与えることについて
少々調べ物をしていたら余計なページを見つけて不覚にも感動してしまった。そのページとは外環へのご意見のページなのだが、思わず調べ物を置いておいて熟読したところ胸を打たれる思いがしたというわけだ。
具体的には次に引用する「神奈川県50代女性」の意見に激しい感動を覚えたものである。
『テレビでの情報で、フランスの街作り、トランシット・モール路面電車の利用復活で空間デザインし、生活の潤い、産業の活性化、この様な新しい街作りもとてもすばらしいと思います。』
http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/iken/ikendata/hagaki/h14_2/kanagawa.htm
まず『テレビでの情報で』から始まるところが素晴らしい。50代にもなって行政機関への意見が「テレビで言ってた」という点に立脚するその発想に打ちのめされる。
次に全体として俯瞰すると日本語の新しさにまたも感動させられる。まず論点が掴めない。それ以前に主語がどれかすら良く分からない。敢えて文章になりそうな部分を取り出すなら「フランスの街作りもとてもすばらしいと思います」だが、これが投稿された経緯を考えれば全体の論旨は「外環もですが、路面電車を活用したフランスの街作りもすばらしいと思います」ということになろうか。
やっとこの文章を解釈する端緒に我々は立ったわけだ。驚くべきことに、この意見は一見すると外環の建設に反対したがっているようでいて、実は賛成する意見として投稿されたのである。つまり「外環建設賛成、それはそうとフランス最高」という文章だったことになる。パッと見では理解できない文章を投稿する50代の渋さにまたも打ちのめされる。
この意見の立場がようやく分かって来たところで、次に個々の表現に目を移してみよう。
概ねLRT最高的な意見に見えるかもしれないが、それは早とちりというものだ。まず『フランスの街作り』という表現に留意してほしい。フランスに限らず世界中の都市には環状道路が(大抵の場合東京よりも良く)整備されている。そういった街作り全体を俯瞰した上で次に出て来る表現が『トランシット・モール路面電車』だ。
つまり通過交通などは外環や高規格な鉄道に任せておいて、いま一番気になっているのは「歩行者専用帯に走らせる路面電車」だと言っているわけだ。ここから先はやや憶測になるが、こういったものを走らせるとすれば都心部やその他市街地の中心部ということになるだろう。しかも『利用復活』と言っているのだから廃線になったものを再興することになる。廃止された都電や市電などを調べれば実に具体的な要望を出していることに気がつかされるではないか。
さらに驚かされるのは『空間デザイン』という表現だ。つまり路面電車を再度走らせるのは「デザイン」であって公共交通機関としての役割には言及していないという点に激しいオリジナリティを見出せる。これは完全に私の深読みだが、この人は国が東京圏において整備すべきは最早交通機関ではなく文化である、というような意見の持ち主なのではないだろうか。つまり交通機関は民間が整備するが東京を文化財としてデザインできるのは国しかない、そしてそれが国の仕事だということだ。こんな斬新な意見は聞いたこともなく、頭を殴られたような衝撃を受けたことを告白せざるを得ない。
しかも『生活の潤い』という個人の(恐らくは個人の消費者としての、つまり生活者としての)問題に言及したり、誘い水政策が悉く機能しない現状において『産業の活性化』という表現をさり気なく加えるなど、あまりと言えばあまりなその深謀遠慮に50代とは斯くも有りやと唯呆然自失するのみである。
わずかこれだけの文章にも関わらず短編を一つ読了したような虚脱感に襲われた。これほどの内容を詰め込んだことも凄いし、丁寧に読み解かねば理解できない表現に落とし込んであることも凄い。とにかくこの文章に対して評すべき単語は感動の一句でしかない。
とにかく今一番みなさんに読んで頂きたい文章である。
【追伸】
エイトライナー(苦笑)にそこはかとなく期待。
具体的には次に引用する「神奈川県50代女性」の意見に激しい感動を覚えたものである。
『テレビでの情報で、フランスの街作り、トランシット・モール路面電車の利用復活で空間デザインし、生活の潤い、産業の活性化、この様な新しい街作りもとてもすばらしいと思います。』
http://www.ktr.mlit.go.jp/gaikan/iken/ikendata/hagaki/h14_2/kanagawa.htm
まず『テレビでの情報で』から始まるところが素晴らしい。50代にもなって行政機関への意見が「テレビで言ってた」という点に立脚するその発想に打ちのめされる。
次に全体として俯瞰すると日本語の新しさにまたも感動させられる。まず論点が掴めない。それ以前に主語がどれかすら良く分からない。敢えて文章になりそうな部分を取り出すなら「フランスの街作りもとてもすばらしいと思います」だが、これが投稿された経緯を考えれば全体の論旨は「外環もですが、路面電車を活用したフランスの街作りもすばらしいと思います」ということになろうか。
やっとこの文章を解釈する端緒に我々は立ったわけだ。驚くべきことに、この意見は一見すると外環の建設に反対したがっているようでいて、実は賛成する意見として投稿されたのである。つまり「外環建設賛成、それはそうとフランス最高」という文章だったことになる。パッと見では理解できない文章を投稿する50代の渋さにまたも打ちのめされる。
この意見の立場がようやく分かって来たところで、次に個々の表現に目を移してみよう。
概ねLRT最高的な意見に見えるかもしれないが、それは早とちりというものだ。まず『フランスの街作り』という表現に留意してほしい。フランスに限らず世界中の都市には環状道路が(大抵の場合東京よりも良く)整備されている。そういった街作り全体を俯瞰した上で次に出て来る表現が『トランシット・モール路面電車』だ。
つまり通過交通などは外環や高規格な鉄道に任せておいて、いま一番気になっているのは「歩行者専用帯に走らせる路面電車」だと言っているわけだ。ここから先はやや憶測になるが、こういったものを走らせるとすれば都心部やその他市街地の中心部ということになるだろう。しかも『利用復活』と言っているのだから廃線になったものを再興することになる。廃止された都電や市電などを調べれば実に具体的な要望を出していることに気がつかされるではないか。
さらに驚かされるのは『空間デザイン』という表現だ。つまり路面電車を再度走らせるのは「デザイン」であって公共交通機関としての役割には言及していないという点に激しいオリジナリティを見出せる。これは完全に私の深読みだが、この人は国が東京圏において整備すべきは最早交通機関ではなく文化である、というような意見の持ち主なのではないだろうか。つまり交通機関は民間が整備するが東京を文化財としてデザインできるのは国しかない、そしてそれが国の仕事だということだ。こんな斬新な意見は聞いたこともなく、頭を殴られたような衝撃を受けたことを告白せざるを得ない。
しかも『生活の潤い』という個人の(恐らくは個人の消費者としての、つまり生活者としての)問題に言及したり、誘い水政策が悉く機能しない現状において『産業の活性化』という表現をさり気なく加えるなど、あまりと言えばあまりなその深謀遠慮に50代とは斯くも有りやと唯呆然自失するのみである。
わずかこれだけの文章にも関わらず短編を一つ読了したような虚脱感に襲われた。これほどの内容を詰め込んだことも凄いし、丁寧に読み解かねば理解できない表現に落とし込んであることも凄い。とにかくこの文章に対して評すべき単語は感動の一句でしかない。
とにかく今一番みなさんに読んで頂きたい文章である。
【追伸】
エイトライナー(苦笑)にそこはかとなく期待。