Welcome Aboard
人類はみなHentaiという一つの船で旅をする集団である。"Hentai closed system"へようこそ。別名宇宙船Hentai号。
ということを大学ラグビーを観ながら思った。しかし慶應の14番はHentai主人公クラスだったね、孤軍奮闘なところも含めて。ちょっと慶應の好感度上がった。でもやっぱり往年のHentai主人公である早稲田の15番が一段上でした。
昨今のHentaiは控えにも入れなさそうなもやしっ子ばかりなのに、彼らはいつ見ても素晴らしいです。ってこのHentaiはどの意味なんだろう。ヒロインの諸元が「21歳180cm100kg」みたいなのばっかりだったら良いのに。特徴はキックが伸びるとかね。立ち絵レベルでステップを踏んでプレイヤーを幻惑するヒロインとか萌え過ぎる。
よくヒロインの体重が秘密になってたりするのは、モールで押して来るかサイドが走って来るかを判断させないための情報統制なんだろう。体重なんて吃水ですぐにバレるのに。
学園祭とか面倒だから行かなかった。明日、明後日は行くが。
ということを大学ラグビーを観ながら思った。しかし慶應の14番はHentai主人公クラスだったね、孤軍奮闘なところも含めて。ちょっと慶應の好感度上がった。でもやっぱり往年のHentai主人公である早稲田の15番が一段上でした。
昨今のHentaiは控えにも入れなさそうなもやしっ子ばかりなのに、彼らはいつ見ても素晴らしいです。ってこのHentaiはどの意味なんだろう。ヒロインの諸元が「21歳180cm100kg」みたいなのばっかりだったら良いのに。特徴はキックが伸びるとかね。立ち絵レベルでステップを踏んでプレイヤーを幻惑するヒロインとか萌え過ぎる。
よくヒロインの体重が秘密になってたりするのは、モールで押して来るかサイドが走って来るかを判断させないための情報統制なんだろう。体重なんて吃水ですぐにバレるのに。
学園祭とか面倒だから行かなかった。明日、明後日は行くが。
駒場祭
って枠組み自体が不要だと思うのは俺だけか。ステージ企画すら全額自己負担にならないところに官僚の闇を感じるよな。あれで暴動が起きないんだから東大生様はお優しいことだ。官僚様にとって、受益者負担ってのはステージ企画の集客力が戦史研をも利するという意味らしいが、真顔で詭弁を弄する人間を初めて見た瞬間だったね。それでも立法府気取りで偉そぶるばかりの石田皇帝体制より動くだけ遥かにマシというのが悲しくもない現実だ。
別に103官僚を統制するために政治システムを整備しろと言ってるわけでなく、嫌なら無視すればいいだけというのが自由な社会の原則だ(そして大学は自由な場所だ)。但し、あの悪質な「徴税」さえ無ければだが。もちろんあの程度の集団に真っ当な法治主義を導入すべきだなどとは思わないが、運営に文句があるなら「行政」の仲間になって変えれば良いというのはどうにも奇妙な仕組みだ。103官僚を見ていると司法の有り難みがつくづく実感される。なんせ対等に争う余地がないんだから、あとは「本当の管理者」のところに陳情するしかないのは当たり前だ。
さて、駒場祭の喧騒が過ぎるといよいよオリエンテーション委員会が動き出す時期だ。つまりまた私が蠢き出す時期でもある。まったく世の中はくだらない。
去年からの一連の出来事が懐かしく思い出される。結局、あの学生自治と称する何かは、東大生という病なんだろうなあ。東京大学という単なる一大学に入った個人ではなく、社会の主導者たる自分がわざわざ民草の為に動いてやっているという思い上がり。自身が学問を修める場ではなく、社会を代表してそこに留まっているという妄想。これはまだまだ民青からは芳しく漂ってくるけど、もう革マルからは匂わない。だから民青は自治会に巣食ってるけど、革マルは部室があるだけで満足している。この辺りは民青の演説を良く聞いてみれば分かると思うよ。駒場ではまだまだタカリ行為を権利と呼称する伝統が残っている。
妙にタカリに優しいところが学部にあるのは予算がつき過ぎる東大の特性なんだろうなあとついでに思いつつ。
別に103官僚を統制するために政治システムを整備しろと言ってるわけでなく、嫌なら無視すればいいだけというのが自由な社会の原則だ(そして大学は自由な場所だ)。但し、あの悪質な「徴税」さえ無ければだが。もちろんあの程度の集団に真っ当な法治主義を導入すべきだなどとは思わないが、運営に文句があるなら「行政」の仲間になって変えれば良いというのはどうにも奇妙な仕組みだ。103官僚を見ていると司法の有り難みがつくづく実感される。なんせ対等に争う余地がないんだから、あとは「本当の管理者」のところに陳情するしかないのは当たり前だ。
さて、駒場祭の喧騒が過ぎるといよいよオリエンテーション委員会が動き出す時期だ。つまりまた私が蠢き出す時期でもある。まったく世の中はくだらない。
去年からの一連の出来事が懐かしく思い出される。結局、あの学生自治と称する何かは、東大生という病なんだろうなあ。東京大学という単なる一大学に入った個人ではなく、社会の主導者たる自分がわざわざ民草の為に動いてやっているという思い上がり。自身が学問を修める場ではなく、社会を代表してそこに留まっているという妄想。これはまだまだ民青からは芳しく漂ってくるけど、もう革マルからは匂わない。だから民青は自治会に巣食ってるけど、革マルは部室があるだけで満足している。この辺りは民青の演説を良く聞いてみれば分かると思うよ。駒場ではまだまだタカリ行為を権利と呼称する伝統が残っている。
妙にタカリに優しいところが学部にあるのは予算がつき過ぎる東大の特性なんだろうなあとついでに思いつつ。
