ちょっと気になって買った漫画がある。 | 現代アート作家・ヤマオタケシ(TakeshiYamao)ブログ

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ちょっと気になって買った漫画がある。

「学校に行けない僕と9人の先生」

まだ数話しか読んでないけど、かくいうワタクシも小学校から行けなくなっちゃった1人。

いわゆる不登校ってやつ。


気持ちが分かるなぁっとゆっくり読んでる。

最終的に話がどうなっていくかは分からないけど、数話読んだ分には、、、学校へ行くという行為には、親だけじゃなくて、教師の協力も必要で、友達もね。


やっぱ教師も人間だからいろいろな人がいて、理解してる人。理解してるつもりになってる人。理解するつもりもない人。がね。


「理解してる人」が担任だったりすると、学校へ少しづつ行ってる間に馴染んでいけるんだけど、「理解してるつもりになってる教師」だと、優しくていいんだけど、登校出来たことを変に褒めたり、なんだか居心地が悪くなったりして嫌になっちゃうのよね。


数話読んでいろいろ自分の体験思い出して、ふと思ったこと書いてみた。


俺は教師以前に、小学校低学年の時だとまだ力も弱いから泣き喚いても親に無理矢理引っ張られて連れて行かれたりね(


俺の時代は、ただの「怠け者」としか思われなかったから。


まぁ、最初はそんなんだったけど、親も勉強してくれて、友達も、学校の先生にも恵まれてたと思うから、最初はやっぱ無理矢理登校なんて事もあったけど、登校して、朝の会で「おはようございます」「では、さようなら」なんて5分で帰る。みたいな事から始めてさ、小学校は最終的に6年になると1回も休まなかったなぁ、たしか。


もっと酷くなって引きこもりになっちゃったのは、中学からで、また、機会があれば。


しかし、一応ね、ワタクシ自分の経験から何か出来ないかと不登校支援相談員なんて資格持ってて(まだ資格を振りかざした事一回もないけど)、その勉強会では、「やっぱ学校は行けるなら行ったほうがいい。だって、学校行かないまま社会に放り出されて適応できるかな?」っと講師の方が仰ってたが、個人的には別に学校行かなくてもいいんじゃない?っと思う。


まぁ、社会に出ていくのはしんどいけど、学校へ行けなくなったところから、学校へ行くって、個人の体験談だけどかなりしんどい事なのよ。

努力と言う言葉は嫌いだが、、、かなりの勇気と努力が必要なのよ。そこに理解ある教師や大人の手伝いが無いと、ほぼ無理なんじゃ無いかと思う。だからこそ、医者や相談員なんてモノがいるのかもしれないが。


学校に行く事に比べて、社会、というか「学校以外の世界」に出ていく事の方が本人にとっても幾分楽なんじゃないかなっと思う。

学校じゃなくても、絵が好きなら絵画教室、音楽が好きなら音楽教室、とかさ。

なんでもいいの。

1つだけ言えるのは、外に出る事。

学校へ行く事の有無じゃなくて、外に出るのが大事なんじゃないかなぁーって。


俺、1年か2年ほど全く外に出られなかった時期があるから、今でも引きこもりの年齢層が上がって中年の引きこもりが問題になったりするじゃん。

若いうちに外の世界に慣れといた方がいいのは確かだよなぁ。


今でこそ、普通に見える俺も、ここまでくるのに結構いろいろ悩んで苦しい思いしてきたもんな。


だから、今までの自分と比べて今が凄い幸せな状態になれたんじゃないかと思う。


しかし、世間とは、見た目が普通であればあるほど「学校に来ないの?ずる休み?」から始まり、大人になっていくにつれ「働けよ」「ズルイ」「楽そうでいいよな」とか、個人の内情を知らず鋭いナイフをザクザク投げてくるんだよなぁ。っというただの愚痴になったな(。・ω・。)


もういっそのこと世の中捨てて山でひっそり暮らして冬に凍死しちゃってるくらいが俺には丁度いいんじゃなかとさへ思えてくるからなぁ。


どこかで未練があるんだろうな、だから描き続けてる。


さて、このブログは作品をメインに上げたいので、こういう事書く用のブログ作ろうかなぁ(。・ω・。)


でも、画家として普段の思考を描いて知ってもらうのも大事だよな。


悩も。