恵達は、四方を炎に囲まれ、もはや自由に歩ける道など、何処を振り返ろうとも存在しなかった。

その状況に、落胆、無念、諦めの表情を垣間見せながら、恵は立ち尽くす。

しかし、それでも足は前へと進み出す。

背中から伝わる前田の鼓動が、絶望に魅いられかけた恵に、不思議な活力を与えていた。

恵「あっちゃんはまだ生きてる…なら、この火の海を越える意味だって、必ずあるだろ。」

恵は、前田を一度降ろして、来ていた上着で前田を被った。

恵「バカか俺は…こんなピンチ、俺達で何回越えてきたと思ってるんだ!」

前田は、既に気を失い何も口にはしなかったが、恵にとっては脈打つ鼓動のそれで答えは十分だった。

恵「生きよう…一緒に。」

決心がついた恵は、炎の中へ歩を進めるが、下に向かうにつれ、火の勢いは激しさを増していく。

恵「くっ、さっき下から上がってきたばっかなのに、なんでもうこんなに勢いが違うんだ!!」

火は下から上にのぼる為、行きと帰りではその勢いはまるで違っていた。

恵「…こうなりゃ、残る手段は…あと一つか…。」

恵には、最終手段と言っていい秘策があったが、その方法はあまりにリスクが高いものだった。

その為、流石の恵にも慎重と躊躇いの色が伺えた。

恵(今まで、普通の人間なら死ぬような目に、何度もあってきた俺だが、どれだけベストを尽くしたとしても、ひょっとするとこれで俺は死ぬかもしれない…。)

そう思った時、恵の脳裏によぎった情景は、写真立てに収められた一枚の集合写真…前田の…自分の家の…あの部屋だ。

出来る事なら、前田をあの部屋に帰してやりたかった。

しかし、今となってはもう前の生活に戻る事は出来ないだろう。

だから、どうあっても…前田をここから生きて脱出させなければならない。

恵(例え俺が…死んでも…。)

その時、思いがけない感情が、恵の心に湧いた。

恵(…そうか…これが、生き甲斐ってやつか…。)

恵の口角が上がる。

恵(たった一人の女の為に、生命を賭ける…そうだ、あの空虚な日常を…膝を抱えてうずくまってた日々の事を考えてみろ…。)

恵の足は、力強く階段を上り始める。

恵(俺は今、満たされている…。)

一歩一歩着実に…。

恵(全能力を傾注すべき、目標がある…。)

自分の存在を誇示するように、一段一段を踏み鳴らしながら、上へと身体を運んでいく。

恵(この、どうにもならない苦痛や恐怖さえ、生き甲斐の一部だ…そうだ…こんな事って…。)

恵「滅多に、あるもんじゃないぜ!!!!」

そして、恵は屋上の扉を勢いよく開け放った。