1165話 フランス菓子の歴史から消えた銘菓 カヌレの逆襲!
2013年10月11日(金) フランス・パリ漂流1185日目
今日のパリの一枚
昨日は20℃だったのに!パリついに10℃切りました。
30人ほどの日本人観光ツアー客。何処に行くのか??と思いきや
BISTROT VICTOIRES(ビストロ ヴィクトワール)へ・・・![]()
ここはオーナーとシェフが変わり味がガタ落ち!BOSSはもう1年行ってません。
しかも18時にツアーがお店に観光客を連れて貸切に。
普通パリでは20時からが夜のディナー。ようは空いてる時間にツアー客を押し込もうって事ね。
なんか可哀想だなぁー パリってもっと素敵なところなんですよー!
嫌いにならないでねーー!!
パリからみなさんこんにちは!
さて
カノレの誕生
またBOSS誤字ですよ!カヌレですよ! って?
この焼き色!この香り!
ふふふ^^
17世紀のボルドー地方。
ワイン作りの時に、卵白を淡白質として使っていました。
黄身を捨てたらもったいないやんけ!黄身でケーキ作ろうや!
当時ボルドーの港に入ってくる小麦、ブラウンシュガーとヴァニラ
そして先ほどのワイン作りの残りの黄身で作られたお菓子が「カノレ」
これがカヌレの由来です。
ボルドーといえばワイン! ボルドー地方の内陸部にはワイン畑が広がります。
18世紀に入るとカノレを専門とする職人が増えてカノレ協会まで登場。
が!
1789年のフランス革命で協会が解散
その後、なんと20世紀までカノレは
フランス菓子の歴史から姿を消してしまいます。
内陸部はワイン畑が広がりますが、ボルドーは海に囲まれた地方。
市内には大きなジロンド川が流れ大きな船が行き交います。
カノレはボルドー地方の一角の村だけで細々と作られ
フランス国中、いや世界中の誰からもその存在を忘れ去られていました。
ところが20世紀の
1970年 日本で言うと昭和40年
銅のカヌレの型とボルドーの名産ブラウンシュガーでキャラメル色の焼き色が付きます。
ボルドーの小さな村の無名なパティシエが
ラム酒を加え大人のお菓子にグレードアップ!
こんなウマイお菓子があったんかいやっ!
そのウマさに人々が驚愕!
あっという間にフランス中で知られ大ブームになります。
まぁ商売とは怖いもので
解散しお菓子業界から完全に消えたカノレ協会は
お菓子 Canele カヌレと商標特許を取得し
1985年 ボルドーカヌレ協会と名前を変えて結成。
カヌレはそこから火が点いた様に
世界中に大ブームを起こします。
今ではボルドー地方には協会認定の
カヌレ職人が600人!![]()
カヌレ世界コンテストも開催され
ボルドー地方だけでも年間のカヌレ生産数は600万個を越します。
今ではカヌレを知らない人はいないほど世界的なフランスの銘菓ですが
こんな隠れた歴史があったのです。
さて
本場ボルドー地方にはカヌレを作るパティスリーやブランジェリーが
アホのように沢山お店がありますが食べ比べると味が全く違います。
19世紀のボルドーの小さな村の中に
灯火が消えたカノレをおばあちゃんから伝わる秘伝のレシピで
作り続けた一人の職人がいました。
彼の一族はそのカヌレのレシピを今にまで継ぎ続けています。
そうです、1970年の伝説のカヌレ復活劇を作り上げた張本人
その伝説のお店の名前は
Lemoine ルモワンヌ
ルモワンヌのカヌレは
現在は6代目の店主が焼く
外側がキャラメルが程よく焼かれたパリパリの食感
しっとりしたプリンのような中には天然のバニラビーンズとふんわりと漂うラム酒のいい香り。
ルモワンヌのカヌレを食べるとその完成度とおいしさにびっくり!
事実上の世界一の味
カヌレ
今ではパリ、フランス、日本どこのパン屋さんやケーキ屋さんで見かけますが
ルモワンヌの前にも後ろにもカヌレ無し!
ラデュレ、ピエールエルメ、ミシャラク 、セバスチャンゴダール、シリルリニャック・・・
名だたるパティシエが束になってもルモワンヌの味を未だ破る事ができません。
これ食べたらあとはもうどうでもいいデス。
さぁこのルモワンヌ。
本日18:00より数量限定20個のみですが販売
激戦になりますたぶん・・・
JuliettaへGO>>
さらに明日は土曜日ですが
明日も見逃せないお菓子情報。
こちらも出遅れると後悔!?
お楽しみにー!
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