とりあえず新入生くらいまでの話は書いたけど、この辺でワシの『応援とはなんなんやろう?』と思ってることでも書いてみよか


応援団っていうのは、『あらゆる競技の応援をする』と定義してる学校が多いと思う

まあワシらもそうやった

メインはやっぱり野球になるんやが、拳法やらラグビー、アメフトも行ったなあ

他大学はけっこういろんな競技の応援に行ったと見受けられるが、ワシはそれくらいしか経験がない


さて、純粋に考えると、応援団っていうのは『誰か他の人や団体がなにかの競技をやることを応援する団体』であるから、逆に言えば『誰か他の人や団体がなにかの競技をやらないと成り立たない団体』なワケである

しかし、ワシはそんな風に思ったことがない😅

いや、むしろあらゆる場所に於いて存在感を出さないといけない、存在感を出すことによって強く存在を意識させよう、と考えていた

それは応援する場が、とかいうことではなく、どんな場所でも『うわ、應援團おるやん』と認識(良い意味でも悪い意味でも)させれば、と思っていた


それと、競技するのはあくまでも他の者なので、自分らが頑張ればなんとかなるものではない、と思ってきた

これはある意味非常に褪めた話である


他大学なんかを見ていると『お前らの応援が足りなかったから負けたんや!』などと負けた試合後に幹部が下の者に罰を与えている場面がある

実際、負けた試合に球場の外でヤ◯を入れてる場面を見たこともある

ワシは『いやいや、そういうのは帰ってからやってんか』くらいにしか見てなかった

というのも、いくら応援が充実してようが実力がなければ競技には負けてしまうのが現実であり、それを応援に転化して人の見えるところで下級生をシゴくなんて全く意味の無い、そしてみっともないことであると思っていた

応援が良くなかったからシゴくのはけっこうだが、それは組織として人から見えないところでやるべきであり、それが美徳だと思う


そういう意味ではワシの團は他大学より褪めた考え方をする組織だったのかも知れない

また、試合中に盛り上がって熱くなって応援した、という覚えもほとんど無い

点が入ろうが点を取られようが、その状況に合わせた応援を淡々とやる、というだけであった気がする

あと、野球の応援で、延長12回にサヨナラホームランで試合に勝ったのだが、『もうちょい早よ終わってくれやんだんか』くらいにしか思わなかった

もっと言えば、野球の応援は『勝ち点』に合わせる形になる

リーグ戦の勝ち点は

・2勝する(勝ち点1)

・2敗する(勝ち点無し)

で決まるんだが、一番厄介なのは1勝1敗になった時である

1勝1敗になれば当然次の試合に行くことになるワケだが、次の試合=次の日、やから3日続けて応援に行くことになる

学校から近い大阪市内の球場なんかだとまだマシだが、京都(西京極)やら神戸(現在はほっともっと神戸)なんかへ3日連続で行くハメになると移動だけでもう疲れきってしまう😅

だから、1日目に負けたら『あしたも負けろ』、1日目に勝てば『あしたも勝てよ』としか思わんようになってくる


非常にワガママな応援をしてたなーといまになれば思う😅


あと、試合開始時間によって非常にしんどい思いをさせられることもよくあった

第1試合は10時から、第2試合は13時から、と決まっていたが、第1試合に当たって移動が遠い球場だと学校を出るのが非常に早くなる

第1試合が早いと次の日はちょっとゆっくりになるが、1勝1敗になったらたいがい次の日は10時からになる

これがほんまにしんどい

野球部の人らもしんどかったと思うが、朝早く家を出て、ラッシュ時に球場へ向かい、試合後に学校へ戻り、夕方のラッシュに帰宅、というのはしんどかったなあ

あまりにもしんどいパターンの時は下宿している先輩宅に泊めてもらったりしたが、それはそれで勝手に先に寝たりも出来ず、たいがい寝不足で次の日の応援に行くハメになっていた😅


まあこの褪めた応援をしていたひとつの原因は非常に成績が低迷していたことも大きいと思う

実はあとふたつ勝てば神宮や!という機会が4年間に一度だけあった

その時はけっこう本気で応援した😅

しかし結局連敗して神宮行きは幻に終わった


ワシの應援團に於いては全国大会の晴れ舞台っていうのはただ単に非常に遠い存在でしかなかった

一回くらい神宮で応援したかったなーといまでも思うなあ