野球応援の話を中心に書いたので、応援に関係した話をもうちょい書いてみる
初めての野球応援の相手校は遠い昔は応援団があったのだが、不祥事かなにかで団がなくなった、と聞いた
いまの時代は不祥事よりも人材が居なくて活動出来なくなった大学が多数ある
が、なにかの拍子に活動をやりたい子が集まって復活する団もある(ワシの母校もそんな感じ)
ワシが現役の頃はまだそこまで人材不足、ってことはないものの、『お前らの代で団が途切れた、なんてなったらエライことやからのぅ』と諸先輩方からの圧はあり、必死で勧誘してなんとかしていた時代である
どこもそんな感じであったと思うが、当時はワシの母校が所属しているリーグで応援団がある大学は3つで、残りの3校は応援団が休止もしくは消滅していた
3つのうちのひとつは当然うちである
2つのうち、ひとつは昔は団であったがいろんな理由で部になっていた
残りひとつの大学の応援団はなかなか活発にやっていた
が、『このあたりで一番うざこい団は?』とヨソで聞くと、間違いなくうちだと言われていたはずである😅
ちなみにそこの大学の応援団は何個か前の話に書いた『いとこが勧誘が激しいからスーツ着て通って上級生のフリしてた』という話の応援団である😅
ここのヤツが『今度の試合は応援に来ますんか?』とたまに電話してきてた
その当時は團に専用回線がなく、ヨソの部の電話がうちの團の回線、という扱いになっていた
そこの部の回線に他大学から電話がくるワケである
ヨソの部の子が『すみません~、◯◯大学の応援団の方から電話です~』と伝えに来る
先輩が『お前出て対応しといてー』と言われたのでワシが出ることになった(まだ入團してちょっとしたくらいの頃)
ワシ『(開口一番)おう、なんの用や?』
相手『あ?お前だれじゃ?』
ワシ『お前がだれじゃ?』
相手『3回生で渉外担当の◯◯や。お前何回生や?』
ワシ『そんなん関係あるけえ!で、なんの用や?』
相手『◯日の野球の応援行くんか?』
ワシ『知らんわ!うちが行こうが行こまいが関係あれへんやないけえ!』
このあたりで電話はガチャ!である(勝手に切ったった😅)
なんせここは絡みにきたがることが多かった
また球場に行くとすぐ渉外担当が来る
渉外担当ってヤツと下のヤツと二人来るんやが、ワシはだいたい先輩について睨みながら行ったものである
『こいつかー、いつも電話してきおるヤツは』と内心思っていたが、向こうはまさか目の前の付き人で来てるヤツがぞんざいな口をきいた一回生ということは知るよしもなかった😁
向こうの渉外のヤツは團旗を揚げるタイミングがどうのこうの、とか、先にエール切るのは先攻の大学から、とか、言うてくることが細かい
一応、渉外はそういう取り決めを相手校に押し付けてくれば『ようやっとる』と評価されるんやけど、ワシは『そんな細かい話どうでもええやんけ!』くらいに思っていた
團旗を揚げる役目に就いてからはたまに勝手に團旗を揚げたりもした😅
当然向こうの渉外は顔を潰されることになるから怒って抗議に来たりもしたが、『だからなんやねん?』ってくらいで先輩方も同期や後輩もあしらっていたからワシは『こんなんやったもん勝ちやんけえ✌️』ってなもんである
要するに『他校と仲良く』なんて意識は1ミリも無いのである
『来たらやったるやんけ!やんのかコラ!』としか思ってなかった
全国的に見たら、例えば東京六大学とか、関西で言えば関関同立とか、交流が盛んなところは各団同士の仲も良いようである
が、うちはそんな仲良くする気もなければ、ヨソと仲良くしたところでなんのメリットも無いから、仲良くする必要も全くないのである
うちはうち、ヨソは知らん
全国の他の団は敵!
としか考えてなかった
そうは言うものの、ヨソと揉めても『手を出したらあかんな』というのは心に決めていた
手を出してパクられたら活動休止、最悪解散やもん
解散なんてなった日にゃワシはこの世に存在出来へんようになってしまうし
まあ『来たら』『やっていた』とは思いますけど😅
細かいことで絡んでくる他大学は『めんどくさい人』だったが、実はワガママで文句垂れるわ威圧してくるわの『めんどくさい人』はうちの團であった