さて、言語パートナー探しの旅は続きますが、
ここで見つけることができるのではないか、と
スカイプ言語練習サイトをあるサイトで教えてもらいました。

italki.com

このサイトは、プロの外国語の先生と1対1で話ができます。
先生を自分で選べて、値段も異なるので
自分に合う人を見つけやすいということです。

私はもともと、なるべく安くで勉強しようとしていますが、
ここでは、本当のプロには(お金を出すと)違いがあるのか、
などを知ることができそうです。
安い人は1時間千円以下で、高い人は1時間5千円~8千円で話をすることができます。

例えば、自分が日本語の先生を目指している人は、
このサイトで経験を積んだり、おこずかい程度の収入を得たり、
既にプロであっても、クライアントを増やしたりできそうです。

そもそも外国語を話すということでお金を得られるというのが面白い。
いい外国語の先生とは、どういう人のことを言うんだろう、
ということについても最近はよく考えます。
言語パートナーの場合、先生を相手にするのとは違って、
素人ながらもお互いに自分の言語を相手に教えてあげる必要があります。
私は相手に日本語を上手く教えてあげたい。
私もいい日本語の先生であるべきなのです。

新しい言語を学ぶ人には、「言語を学ぶことが好き」という人と
「まあ、喋れるようになれればいいかな」というタイプの人がいると思います。
言語を学ぶことが好きな人は、どんどん色んな言語を学んでいきます。
言語CDを常に聞いて、単語をせっせと覚えて、テキストブックを持ち歩いて、
目標なんかを掲げたりする人ですね。
私は、きっと「喋れればいいかな」の部類で、
さらに面倒臭いのは喋れてしまうこと。
勉強の仕方が分からない。
どうやってここから更に英語を極めることができるのかが分からない。

大抵、「英語を極めたい」と誰に言っても
「そこまで喋れればいいよ」と言われる。
相手に何を求めるかでなく、自分の問題としかいいようのないレベル。
自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、努力しているのか、本当に求めているものは何か。

・・・そういうことです。

そういう話を、このサイトの先生は聞いてくれるのでしょうか?
「知らんがな」と言われるかも。
来学期から、日本語を英語に訳すコースを取ることにしました。
今までは英語を日本語にするコースをメインに取り、
先月、コース修了となりプロ試験のようなトライアルというものも受けたところです。

今月半ばから始まるこの日英コースは、英日コースよりも難しいことは確実です。
母語を外国語に訳すのは、外国語を母語に訳すより難しいのです。
自分がどれだけ訳される言葉を操る力があるかにかかっているからです。

LAに来てからぐっと友達や知り合いの数が減った私は、焦っています。
英語を話す機会がほとんどないからです。

これは、言語パートナーが必要だ・・・!
彼氏探しをしている場合じゃないわ!

言語パートナーとは、相手の母語がこちら側の勉強している言葉というのが理想。
そしてお互いに何分かは何語で話す、そして次は別の言葉、というやり方です。
お互いに、相手に言葉を教える、ということが専門ではないので、
パートナーには当たり外れがありますが、友達でもない相手なので
合わなければ(教え方が上手くないとか喋ってて得るものがないとか)、
別の人を探してもいいのでしょう。

お金を払えば、ちゃんと英語を教えるのを専門とした人を探すこともできますが
自分の言葉を人に教えることができる、言語パートナーは
お金もかからないし、自分の言葉の理解にも繋がるしいいことだらけだと思います。

さて問題は、近場でこの言語パートナーが見付かるか、です。
やはり、面と向かって話せるほうが言語コミュニケーション力は上がります。
しかし、今の時代はパソコンで世界中の人とテレビ電話のように話せますので
それを考えるとぐっとパートナー探しの幅は広がります。

この春休みは、言語パートナー探しをしてみようと思っています。
また、ブログにその様子を書ければな、と思っています。
お楽しみに。


友達と海
日本から友達が1週間遊びに来ていました。
その間に、ユニバーサルスタジオに行ったり
ワーナースタジオツアーに参加したり、
ハリウッドに行ったり、映画のロケ地を巡ったりして
LAを満喫しました。

さて、どこかに人を連れて行った時、
自分も何かお土産を買いたくなったり、
一緒にいる人に買ってもらいたくなったりしたことはありませんか?
自分が買いたくなる気持ちというのは、まあ分かるのですが
一緒にいる人に買ってもらたくなるというのは、面白い感情だと思います。

お土産を買っている友人を見て、あー良かった。喜んでくれてる、と思う自分。
何も買わず店の棚を素通りするのを見て、あれ、興味ないのかな、と思う自分。

つまり、何か物を買うことで「この人はこの旅を喜んでいる」と
勝手に判断してしまっている自分に気付いたのです。
何も買わなければ、そんなに喜んでいない。
何か買えば、喜んでくれている・・・。

でもそれっておかしくないですか?

私は今回、友人とあちこち行って、何も買いませんでした。
シンプルライフを心に決めているからです。
例えばこれが、私がどこか別の場所に行って何も買わなければ
そこを案内してくれた人は、私が楽しんでいないと思ったり
「これを買え」「これがすごくいいんだ」と勧めたくなるのかもしれません。

消費文化というのは、買うか買わないかで相手を理解した気になる判断力までも
勝手に作り出しているんだなぁと少々怖くなりました。


バットマンの歴代ヘッドギア


『マッド・マックス:怒りのデスロード』衣装。
これでアカデミー賞の衣装部門賞を取ってます。


オスカー像とエミー賞のトロフィー。
オスカー像を持たせてもらいましたが、むちゃくちゃ重たかったです。