映画をたくさん観て、感想を書く人、レビューを書く人、評論を書く人、色々いますが
そもそもその違いはナンなのだろうと思います。
映画評論家の町山智浩さんが、映画評論家でもある宇多丸さんと言い合いになっている
ラジオを聴きました。
そこで評論家としては知名度が高い町山さんが、
少々偉そうに言っていたことを書き留めてみました。
「映画を評論するとき、好き嫌いを語ってもしょうがない」
「映画の出来や不出来で評価しても仕方がない。
駄目映画がよい場合もある」
「作り手のテーマがイデオロギー的に良いか悪いかで評価しても駄目。
つまんない映画が評価され、面白い映画がけなされるときがある」
確かにそうなような、いや、違うんじゃないかと思うような・・・。
昔、大学の哲学のクラスで言われ、未だに頭に残っていることがあります。
何かを論議するとき、使用される言葉や認識についての定義を明確にしないと
論議が行き詰ったり無駄に終わる、ということです。
例えば、「評論」という言葉ですが、
この評論についてのそれぞれの認識が違うが上に、たまにあちこちで
「こんな評論をするやつは評論家とは呼べない」とか
「それは評論家のすることじゃない」というなんだかわけの分からない論争になるわけで。
そもそも、「良い映画」「つまんない映画」「面白い映画」の定義はなに?
私は寧ろ、この人は「映画評論家」というよりも「映画解説者」だなと思います。
さて、ここに言葉の意味を少し書いておきます。(三省堂 大辞林)
評論:物事の善悪・価値などについて批評し,論じること。また,それを記した文。
批評:事物の善悪・優劣・是非などについて考え,評価すること。 「文芸-」 「作品を-する」
レビュー:①評論。批評。書評。②評論雑誌。
感想:あることについて,感じたり思ったりしたこと。所感。感懐。 「読後の-を語る」 「 -文」 「高遠幽深なる関係を-する/欺かざるの記 独歩」
解説:(専門家などが)物事の内容・背景・影響などをわかりやすいように説明すること。また,その説明。 「世界情勢を-する」 「ニュース-」 「 -者」
なんだ、評論、批評、レビューはほぼ同じですね。
どれだけ作品の背景と影響を考え、また資料を基に考察するかが「感想」との違いでしょうか。
でも自分の意見を最終的に入れるのが批評ですよね。
資料に基づく理由を付けて自分の意見を説明するのが、評論家なのでしょう。
ただの感想家でも、そういう感じで書いてくれたら読む方も面白いです。
感想家と評論家の線も曖昧であったりするかもしれません。
・・・ん?なんで「感想家」というようなカテゴリーがないんだろう?
そこがややこしい理由じゃないか?
感想家が評論家(レビュー)とごっちゃになってしまうから、揉めるんだきっと。
評論家が、「この点でこの作品は優れており、この点で劣っている。
しかしこういう観方をすれば、これについて評価できる点がある。」というようなことならば
「この点で、私はこう感じた。あのシーンは胸に突き刺さるものがあった。」というのは
感想家のやることなのでしょう。
感想家はきっと、映画コメンテーターとか映画エッセイストと呼ばれるのでしょうかね。
それを評論家とごっちゃにするとよくないのかもしれません。
評論家や感想家が自分で曖昧にしている部分もあるし、
読む方も混乱しているのかもしれません。
町山さんは、私にとっては「映画解説者」と呼んだ方がしっくりくる。
あともう一つ。
誰に向かって評論を書くかで、色や内容も変わりますよね。
小難しく、深読みの深読みをする、普通の人が読んでも分からないような評論が
映画を普段観ないような人に向けたファッション雑誌で書かれる評論よりも
格が上、というような感覚は、正しいのかどうなのかも、考えたくなります。
結局は、幅広く色んな人がいることが一番いいのでしょうね、きっと。
そして議論することが大切?