私は小さい頃から、女であることで不利になったり

不当な扱いを受けるということを経験したり、学んだりしてきました。

だから、自分にはそれなりの知識があると思っていたし、

平等な見方がある程度できると思っていました。

 

しかしそれは思い上がりです。人には誰でもバイアスがあるのです。

 

有名なお話がありますよね。

「子供とお父さんが車に乗っていて、交通事故に遭いました。

 救急車で運ばれた子どもとお父さん。

 病院の医者がその子供を見て『私の息子だ!』と動揺しました。」

という話です。

そこで、おかしいなと思った人は、偏見がある人です、ということです。

この医者はお母さんだったんですが、

医者は男なはず、と無意識に思ってしまった人は、無意識のバイアスにかかってるんですね。

しかし、この話は現在では男女の偏見としては使えないと思います。

なぜなら、医者は男であるという偏見を持ちつつも、

離婚した前の(もしくは今の)お父さんだった、とか、ゲイのお父さんのもう一人だった、

と考えることも今の時代ではあるわけですから。

 

この有名な話を色んなところで読んできた私は、

実際にこういう話があっても、ジェンダーバイアスにはかかってないから驚かない、

と思っていたのですが、実際に無意識バイアスのせいで驚いたという経験がありました。

ほんの数年前の話です。

 

ドイツのあるTVドラマの第一話を観ていた時のことです。

ある家族の朝の風景から始まります。

ティーンの子どもが2人、学校前に朝ごはんを食べています。

お母さんは朝ご飯をつくりながら、「早く食べなさい」と子どもを急かす。

お父さんは朝ごはんもろくに食べず仕事へ行きます。

お父さんはそのまま警察署へ。どうやらお父さんは刑事なようです。

子どもは学校へ。学校で友達と合流します。

「お前、テストどうだった?」「ボロボロだよ」「校長の子どもってことで、特別扱いもらえねぇの?」「そんなわけあるか」

…ん? この子のお父さんは、今さっき刑事だってことで、警察署にいたけど…。

子どもたちは学校の朝礼に出ます。

「校長先生のお話があるからみんな聞きなさい」

出てきた校長は… そう、キッチンにいた、あのお母さんだったのです。

 

私は自分が「ん???」と思ってしまったことに愕然としました。

 

これって、あの有名な医者の話と同じじゃないか。

しかも私は、本当の本当に、「おかしいな」と思ってしまったのです。

 

私は、この経験のおかげで、自分には必ずバイアスがかかっていることが分かったし

人が「自分に偏見はない」と言い切る時、絶対にそんなことはない、と思っています。

英語で、内向型人間(introvert)、外向型人間(extrovert)という言い方があるのですが

それぞれの特徴をよくご存じですか?

 

内向型人間は、人と関わることでのエネルギーの減る速度がものすごく早く疲れやすく、

充電にすごく時間がかかる人のことです。

逆に外向型人間は、人と関わることで、エネルギーが補充される人のことです。

これらは、タイプなので、完全にくっきり分かれているわけではなく

「傾向」として現れるようです。

 

私は内向型人間です。

人と会うとすごく疲れます。

 

内向型人間の特徴には色々あります。

電話が嫌いとか、パーティが苦手とか、知らない人・新しい人がしんどい、とか、

一人が好きという分かりやすい例もありますが、

私には「急に誘われるのが苦手」というのもあります。

別に友達に誘われて出かけるのはいいんですけど、「急に」というのは困る。

頭の中でその日の予定はもう立っているのです。

急に「今日これから●●しない?」というのは、

よっぽど暇じゃない限り半分の確率で断ります。

例え暇でも「これから〇〇の映画みよ~っと」とか楽しみにしてたことがあるなら、

そっちを取ったりします。

別に友達のことが嫌いなわけではありません。

ただ、「急に誘う」というのをやめてほしいということです。

断るのだってエネルギーがいるので…。こっちだって申し訳ないし…。

せめて2~3日前に言ってほしい。

 

ちなみに、もう友達と出かけていて、これから時間あるしなぁという時に

「これからXXしない?」ということになる場合は「いいよ~~」ってなります。

もう出かけてて、ついでですから。

 

分からない人には難しいのかなぁ。

本当はやらなければいけないことがあるのに、

本当はもっと別の事に時間を使いたいのに、

ついつい毎日必ずYouTubeを観てしまいます。

しかも何時間も…。

 

どうにかしたいなぁと思い続けてもう何年も経っています。

不思議なことに、日本に1~2カ月帰るときは全くYouTubeを観なくなります。

理由を考えてみたところ

家族と同じ家で過ごすので一人で居る時間がいつもより減るため、

一人の時間をYouTubeを観ることでつぶしたくない

という理由が大きいと思いました。

 

アメリカで私は、一日中ひとりで時間を過ごします。

自分で自分の24時間をコントロールできることに幸せを感じますが

それが仇になってYouTube中毒になっているとも言えます。

 

自分が中毒だと思う理由

  • やめようと思ってもやめられない
  • 観ているとなんだか賢くなった気がしていいことをしてる気になる
  • 毎日かかさず観てしまう
  • 観ることに理由をつけて言い訳を考えてしまう

 

私がYouTubeを毎日観る理由は、主に情報収集です。

でも一度何か調べ始めると抜けられない穴に嵌ります。

面白いなと思ったチャンネルはチャンネル登録して、

更新される度にチェックするようになってしまいます。

それを毎日、時間がある度に重ねるわけです。

私がチャンネル登録しているものは幅広く、たとえば

レシピ・英語学習・スペイン語学習・日本語学習・日本語教育・映画紹介・本紹介

ニュース・社会問題・歴史・お金について・勉強サイト・自己啓発・心理療法

キリスト教系・クラシック音楽等です。

ネットには面白いYouTubeチャンネルが溢れています。

勉強になることや、ためになること、考えさせられるものも多いので、

勝手に「これを観ることに意味があるんだ」と思ってしまうのですが、

日本に居る数か月なんかは全く見なくても私の頭は変わらないので

観なくても変わらないんだろうなぁとは感覚で分かります。

 

私の脳は文字を読むよりも、映像を観るのが好きです。

昔っからテレビっこでした。

同じことでも、できれば音声で聴くか映像で観るかの方が脳みそが楽しいと思うのは

自己分析で分かっています。

だから、こんな私がYouTubeの沼に陥ってしまうのは当然でしょうね。

 

YouTubeを観ないようにするにはどうすればいいか、というのをYouTubeで観てみました。

色々あります。そして今までに何度か試して挫折したものもあります。

 

1.毎日何時間YouTubeを観たか、ビデオをいくつ観たか記録する

 これは、やってみて、私にはあまり効きませんでした。記録しても「ふーん」で終わるからです。「だからなに?」って思うんですよね。もう一歩なにか必要な気がします。

 

2.YouTubeを観なかったら空く時間に何をするかを予め決めておいて、それをやる

 これはいいかもしれません。YouTubeを観てしまう理由のひとつに、ちょっとした空きの時間があるから、もしくは、何もやることがないから、というのがあります。そこに、YouTubeを観ない時間はこれをするって決めたよね!というものが予めあれば、そっちをやればいいのではないかなと思います。YouTubeってなにも考えなくてもいいからすごく楽で楽しいんですよね。代わりのものも最初は何か楽で楽しいことがいいかもしれません。(やらないといけないこととか、やった方がいいことなんかだと、YouTubeを観るほうが勝ってしまうので。)

 

3.24時間触らないとか1週間チャレンジとか、期間を決めて観ないようにする

 今は「だってここで毎日情報を得てるんだもの、これがなかったら馬鹿になっちゃうじゃないか!」と思っている自分が居るので、完全に止めるのは無理だから、少しずつ挑戦するというのはいいかもしれません。

 

マジで色んな情報をYouTubeで得ています。特に日本語の教え方とか、ツールの使い方とか、スペイン語の勉強とか、情報・勉強系でよく使うので、完全に止めるのは無理でしょう。

 

時々思うんですが、私はYouTubeって面白いなーって思って、好きで観てると自分で思って観ているのですが、これは好きだと思わされているのかな、とふと我に返る時もあります。好きなんですよ、本当に。でも、なんかこれじゃ良くないという気もするんですよね。TVみたいなものですよね、まぁ。

 

そうだな、まずは観る時間を減らそう。うん。