LAでは様々な映画のイベントがあり、
監督や俳優さんが上映の前や後に会場に出てきてくれるものがあったりします。
来る場所は普通の映画館であることが多いです。
さて、数日前にある劇場の臨時ニュースレターで
「ジェイク・ジレンホール特集上映!明日とあさって!本人も登場」というメールがきました。
(日本語ではギレンホールと表記されていることが多いですが、発音は「ジレンホール」です。)
ジェイクは私の好きな俳優トップ5に入る人で、いつか会えたらいいなぁと
夢のように思っていた人です。
ジェイク・ジレンホールって誰?と思う人もいるかもしれません。
『ドニー・ダーコ』『ゾディアック』『ブロークバック・マウンテン』『ナイトクローラー』『プリズナーズ』(他多数)
と言ったら分かってもらえるかなぁ??
それにしても、こんなに早く会える機会が訪れるとはびっくり。
しかも明日だと?…行く、絶対に行く。と私は独身フリーランスの身を最大に活かし
即効でチケットを買いました。
あぁ、独身で子供もいないってこういう時は最高に嬉しいわ、と思いました。
夜8時~のイベントなので、暗い夜道を1時間かけて渋滞にもまれながらドライブし、
知らない街の会場の周りをぐるぐる回って駐車できる場所を探しやっと到着。
早く来たはずが劇場内はもう人でいっぱい。
ある程度前の方に座れたにしても、目の前に大きな男の人がいてスクリーンも隠れるし、
古い劇場で椅子が小さいため腕の置き場がなくて腕がだるいという状況に。
あれ?ジェイクが観れるはずなのに、なんで私はイライラしているのだろうか。
彼の作品上映後、ジェイクが出てきてくれて
演技や映画に対する意見を質疑応答のカタチで話してくれて嬉しかったんですが
なんだか、天にも昇る嬉しさという感じではない。
この気持ちは一体なんなんだろう?
そこで考えたのは、もしかして私はLAに慣れてしまったのではないかということ。
つい先月、子供時代のヒーロー、ジャッキー・チェンにも会うことができたし、
2ヶ月前にはアンジェリーナ・ジョリーも生で観た。
夏には大好きなセス・ローゲンに話しかけてツーショットまで撮らせてもらえた経験がある私。
LAに越してきてから、監督・脚本家・俳優と、結構いろんな人を観たり写真を撮る機会が増えた。
もし私が日本に暮らしていて、たまたまLAでジェイクに会える機会があったとしたら
前に大きな人が座ろうとも、座席が狭かろうとも、後ろの列にしか座れなかったにしても
遠い劇場まで夜遅くに車を走らせようとも、私は手放しで大喜びしただろうと思うのです。
これはいかんと思いました。
自分が恵まれていることが当たり前になる、それは意識して気づいていく必要がある。
好きなこと、やりたいことを追い求めるとそれが出来るようになり、
最初の気持ちを忘れたり、できることがどういう意味なのかを忘れてしまうことがあるのです。
スターに会えるということだけではなく
健康で日々を過ごせるとか、美味しくご飯を食べられることにも通ずるものがあると思います。
毎日「嬉しい」という感情を持つには、やはり「感謝」かな。
それを忘れてしまっていた私は
ジェイクに会えても最大の喜びは得られず、前の人の頭にイライラする羽目になってしまったのです。
ジェイク、劇場にまで足を運んでくれて有難う。
劇場の人はこんな素敵なイベントを企画してくれて有難う。
ちゃんと劇場まで車が無事故で走ってくれて感謝。
そして私は色んな人に普段から支えられているお陰で
LAでジェイクを観ることができました。
どうも有難う。
せっかくなんでジェイクの写真を

このくらいの距離。

ジョークをよく言う、面白い人でした。
会えて嬉しかった。大好きな俳優さんです。