あるブログを読んで、将棋という趣味について考えてみました。

 

その方は、将棋は弱い場合(才能がない場合)、

趣味として面白くない、または、続けて為になる趣味ではない、と書いてありました。

弱い人は、将棋を楽しいと思い続けることができるのか…ということですね。

他に何かやったほうがよっぽどいいのではないか、と。

 

なかなか面白いと思いました。

将棋は勝負の世界ですので、スポーツに似たものがあります。

スポーツと多少違うのは、常に一対一であるということかなぁ。

相手が居ないとできないゲームです。

勝ちか負けしかない。

うーん・・・テニスとか卓球とか?

・・・相撲が一番近いかな。

 

私なんかはまだ始めたばかりですので、連敗が続いたとしても、

勉強して強くなって頭打ちして勝てなくなった人とは負けの意味が違います。

でもこんな私でも、連敗する時の悔しさ・虚しさは分かります。

だからそれ以上行けないと感じるってそりゃ面白くないだろうなというのは分かります。

 

確かに将棋って、語学や絵や音楽の趣味に比べて、

何の役に立つのか分からないですよね。

下手でも弱くても、やってる本人が楽しい趣味というのがありますが、

将棋は弱いと負かされるだけで、やってる本人は全く楽しくありません。

写真とか旅行の趣味も、別に自分だけ楽しければいいんじゃないの?というのがありますね。

将棋は、弱いと楽しくないです。はい。

 

あと、趣味って基本的に自分だけ楽しめばいいものですが、

人のためにもなる趣味があるのは確かです。

料理は人に食べさせてあげれるし、歴史好きは歴史の説明ができたり

物を作る人はプレゼントできるし、歌や音楽は披露してあげれるし、

語学は人と人を繋ぐことができる…。

将棋は他人のためになるかというと、ほぼならないです。

他の将棋好きじゃない人のためになることはほとんどないです。

 

趣味というのは自分が楽しいからやるものですが、

将棋ははたして弱いまま負け続けても楽しむことができるのか。

 

40を過ぎた私からすると、将棋は弱いなりにも面白さは確かにありますね。

きっと、あのブログを書いた人は、若いから、将棋をやめたくなったんだろうな。

私はとても弱いですが、将棋のプロの世界を見ているのも面白いし、

アマチュアで強い人たちが必死で強くなろうとしているのも見ていて面白いですし、

何にせよ、私を負かして喜んでくれる人がいるなら

(すごく凹むけど、悔しいけど)、相手のためには少しはなったかな、と思います。

こんな風に考えていると永遠に強くなれないだろうなとは思いますが。

 

ただ、何年も本気で頑張って弱いままだと、

楽しみ続けるのは難しいなというのは本当に感じます。

強くなろうと頑張れば頑張るほど、負けると虚しいでしょう。

自分で理由を付けて、弱くても楽しむ努力をしないと続けられないと思います。

たとえば「上手い負け方の勉強」とか「勝負にへこたれない強さを養う」とか

「俯瞰から将棋界を楽しみ、時々だけ指す」とか「負けの美学を追及する」とか。

なかなか高度ですよ。難しいと思います。

将棋を弱いまま続けて楽しむには、相当の哲学が必要かもしれません。

自分の限界を知るというのも、結構なことだと思いますよね。

なかなできるものじゃない。

 

でもまー、うん、そこまでいったら、他の趣味を見つけた方がいいかもな。

お久しぶりです。

ブログを書こう書こうと思いつつ気がつけば日が経ってしまっています。

あれから色々ありましたが、全て書くこともできないので

今日書きたいと思い立ったことを書こうと思います。

 

私は資本主義が世界にもたらしている影響についてかなりムカつきを覚えています。

(特に私に影響してくることに辟易している。)

そういうこともあり、食べ物産業についてのドキュメンタリーやTEDもよく観ます。

アメリカは太りすぎが常々問題になっていて、健康の面で食べ物を見直す人もいますが

私はむしろ食品企業のやり方に疑問があるために

いい食材を選んで食べたいなと考えている部類です。

お肉が自分の身体に合わないからベジタリアンになる人と

動物への企業への扱いに抵抗するためにベジタリアンになる人の違いとでも言いましょうか。

(私はベジタリアンじゃありません)

 

さて、健康な食事を心がける際、ふとどこまでが健康でどこからが不健康なのか、

その境目ってあるかという疑問が湧きました。

私のルームメイトの食生活は、私からするとかなり不健康です。

2人は全く料理をしません。

普段はファーストフードか外食か出前、あとはレンジでチンの加工食品を食べています。

朝ごはんは砂糖たっぷりのシリアル。

普段の飲み物はソーダで、間食のおやつも忘れません。

でも、2人ともピンピンしています。

少々太り気味かなとも思いますが、むっちゃくちゃデブというわけでもない。

なんだか毎日楽しそうに元気に暮らしています。

病気になるよ、不健康だよ、と思うけど、本人達はピンピンなので

別にそういう食生活でもいいんじゃないかと傍から見ていて思います。

欲望に正直で寧ろ堂々としていて楽しそうです。

でも時々思い出したように野菜たっぷりの料理をしたりします。

また、罪悪感から「ヘルシー!」と書いてある食べ物を買ってきて食べてたりします。

(まゆつばものの嘘ヘルシー加工食品たちですが…)

 

そこで思ったことがあります。

実は彼女達は、自分達はそれなりにヘルシーに食べてるって思ってるのではないかと。

時々思い立ったようなヘルシーな食事を「私これ食べてるからいいよね」と思ってるのかも。

私だって完全にヴィーガンでもないし、ベジタリアンでもないし、

食べるもの全てが無農薬でもグルテンフリーでもありません。

時々はお肉をその辺で買って食べるし、いつも生産元を確認して食べているわけでもない。

ひとりひとり、自分がヘルシーな食事習慣を保っているというラインが違うので、

どこからが健康でどこからが不健康なのかが曖昧になるし

人に注意したりもできなければ、自分で客観的に理解できないという部分があるのです。

とても真剣に健康な食事に気を遣っている人からすれば

私にも言いたいことはきっとたくさんあるだろうと思うのです。

そんなの食べていたら駄目だよ、と。

 

野菜を選ぶ時、どの野菜だったらいいのか、農薬が付いているから不健康なのか

輸入品だから買うべきでないのか、いろんなことを考えますが

全く料理しない人には、まずはどんな野菜でもいいから食べることが大切になります。

農薬が付いていようが大企業農場の野菜だろうが、そこは問題じゃない。

そして野菜を普段から食べるようになったら、次にどの店で野菜を選ぶか問題になる。

その次に、どの野菜が栄養的に身体にいいかを考えたりする。

段階がある。

 

不健康な食生活を送っている人は、実は自分はそんなに悪い食生活を送っていない、

変える必要はないと思っている可能性があると気付いた、そういうことです。

あと、変えた方がいいと思っていても、一体どこまで変えればいいのか、という話。

どんどん上り詰めると「無農薬ヴィーガン・自分の畑のものだけ食べて山中に隠居」

みたいにならないと健康じゃないのか、ってなってきますから。

一体どこで自分は十分に健康な食生活を送っているとわかるのか、

結局は分からないんじゃないだろうかと思ったわけです。

LAのJapan Fundationという団体が日本語に興味のある人を集めて

時々お喋り会を開いています。

そこで、ただ日本語で会話をするというボランティアに参加しました。

今回は3回目です。

2時間の会に70人程参加するので、色んな人と話すことができるように

20分くらいで席を移動していく形です。

日本語を勉強している人の胸に日本語レベルが分かるシールが貼ってあり、

こちらは向こうのレベルに合わせて会話をすることになります。

前は、時間の度に席を交代したりして、色んなレベルの人と話したのですが、

今回は机ごとにレベルが決められていて、そこに座っている日本人は残ったまま、

生徒さんたちが移動していく、という形態でした。

つい最近アメリカに来たような日本人も参加するので、英語ができない人もいるのです。

英語ができない人と日本語ができない人が重なると会話にならないので

英語が苦手な人は、日本語レベルが高い人の席に配置されていました。

 

今回、開始前にお手洗いに行って返ってくると、日本人組は席の振り分けがされた後でした。

そこで適当に空いているところに座ったら、そこは日本語がとても上手い人が座る席でした。

感想としては、すっごく楽だった!ということです。

日本語でダラダラ好きなことを普通に喋ってたら終わりました。

 

生徒は10代の人から50代までと幅広く、

出身もバラバラ(フィリピン人、ミャンマー人、アメリカ人、フランス人)。

とにかく日本語がペラペラ。

みんなすごく賢そうな人たちで、全体に共通するのはとてもお喋りであるということと、

最低3か国語は話せる、ということでした。

机の周りには、生徒さんと日本人が半々で座っているはずなのに、

喋っているのは常に生徒さんです。

よく考えたら、日本人でその席に座っているのは、日本語しか話せない人。

外国人慣れしていないからかもしれないけど、みんな会話下手で、

ボソボソ喋るし話題を振られないと答えない。

相手の言葉を直してあげたり、「会話(言葉を使う場)」ということに

どう取り組めばいいのか分からない様子。

外国語の上達の差は、絶対会話力にあると思いました。

 

私もそんなに上手く話せたわけでもないので、とても勉強になった会でした。

 

そもそも日本語なんてみんな趣味でやってるわけで、

趣味でまぁよくここまで勉強するもんだわ、と思いました。

それぞれ仕事の専門は全く別の事だったり、大学の専攻も違う人ばかりでした。

 

写真コーナー

猫カフェに行ってきましたよー。

猫むっちゃ触ってきた。30匹弱いたよー。

性格がそれぞれ違うのが分かって、とても面白かったです。

そこで気に入った猫がいたらもらって返ることもできるので

(その場ですぐではなく、手続きを踏んで)

殺処分猫を減らすのに役に立っているようです。

(全部レスキュー猫でした。)