日本語学校で働き始めてから、面白いなと思うことがいろいろあります。

そのひとつは、人間同士のやり取り、人が集まると誰がどういう会話をするのか、

というのが分かるのところです。

私は普段、家から一人で仕事をしています。

友達と会う時は、3人とか4人の時もありますが、ほとんどが1対1です。

3週間程前に、学校の先生同士で交流を深めるために5人で集まることがあり、

そして今日は全体の先生の交流のために9人で集まってランチを食べました。

 

すると、誰が一番多く喋るのか、どういう内容を話すのか、というのが分かってきます。

喋る人と聴く人が分かれるのです。

特に今日9人で集まった時は、大御所先生の何人かが会話の舵を取り、

他の先生はそれを聞いて、相づちをうったり質問したりということで話が進みます。

9人も居ると話もごちゃごちゃになると思われますが

そんなに仲がいいわけでもない仕事仲間のランチの会話ですので

それぞれ遠慮してるんだなぁというのが分かって面白かったです。

相手の心を読んで、誰に喋らせて何を喋らないか、そういう絶妙な空気の読み方。

あのうまいタイミングでの相づちと一言の入れ方。

こういうことはみんなどうやって学ぶのでしょうね。

たぶん大御所先生方がいなければ、まったく別の空気にになったんだろうなぁ。

 

でも、先生が集まると、独特の雰囲気があるように感じます。

ちょっと怖いところもあるけど、すごく大雑把なところもあるというか、

みんな、なんかすごく寛容です。

給料だってないに等しいのに教えることに一生懸命なんだもんなぁ。

私はまだまだ初心者なので、いい先生というのがどういう先生なのかよく分かりませんが、

時間をかけて観察していこうと思います。

 

So far, it's been really intersting. I like it better than doing translations for sure.

私がたまに補佐として入らせてもらっている初級日本語クラスは、

別のクラスに追いつくために急ピッチで教科書を進めているクラスです。

文字を書いたり読んだりするのは、後からでも追いつくことができるからということで、

ひたすら聞かせて言わせてという練習法で進んでいます。

そこで「便利です」という言葉を変化させる練習がありました。

こちらが英語で「This computer is useful.」と言って「べんり」という言葉を教え、

学習者には何も見ずに日本語で

「このコンピューターはべんりです」と言ってもらうのです。

それから「was useful」 「isn't useful」 「wasn't useful」を

「べんりでした」「べんりではありません」「べんりではありませんでした」と変化させます。

その時は、みんなちゃんと「べんり」と言えました。

 

そういう練習をした後で、ではテキストを見ながらクイズをしましょうと

文字を見ながら別の練習を始めました。

すると、「benri」と書いてあるのを学習者が見て、

途端に「り」の発音がおかしくなってしまいました。

テキストを見ながらだと日本語の発音で「べんり」が言えなくなってしまったのです。

アメリカ人には「便利」の「り」は「di(でぃ)」に聞こえるのです。

と、いうか、日本人は「di」で発音してても「り」に聞こえているのです。

 

上手く発音できていたのにもったいなかったです。

 

口から出る音を文字にするという難しいことを人は長い期間をかけてやってきて、

その文字をまた読んで音にして使ってきたんだなぁ、そりゃ混乱するわ。

英語にも綴りと発音がマッチしない言葉ってたくさんありますもんね。

なんでそんな読み方するの!?というような・・・。

たぶん、音が先にあってそれを必死で文字化したらそうなった・・・か、

大昔その文字通りの読み方だったけど言いにくいから変化したか・・・。

「便利」という書き文字と

「べんでぃ」という実際発音される音(日本人は無意識にしている)の違いは、

「ん」の後の子音のコンビネーションで舌の位置が変わってそういう音になるということです。

簡単に言うと、言いやすいから勝手にそうなる音。

日本語の勉強の中で、ちょっとしたイントネーションにより

聞き手が受け取る印象が違うというのを詳しくみました。

「ここで結構です」の「結構です」を高く言うとちょっと失礼なんですよね…。

同じ日本語を言っているのに、

「これをこう言うとこう感じ、

あれをああいうとこう感じる」

と書いてあり、そうだな、言葉って不思議だなぁと思いました。

こどもが言いたくないのに「ありがとうございました」って言わされたときとか

嫌味な人が「すみませんね」と言っているときとか

言い方(イントネーション)で分かるんですよ。

日本語学習者が日本語を話すのを聞いて、

こちらが何か変な(偉そうだなとか失礼だなとか)気持ちになるのは、

このイントネーションが理由ということが多いそうです。

本人は全くそんなつもりもないのに、受ける側にそう聞こえてしまっている。

日本語教師はそのことを学習者に教えてあげるのが役目のひとつだということです。

 

そこで思い出したのは、日本人の知り合いに2人ほどいる「偉そうな」口調の人。

もう、普通の話を聞いているだけでも偉そうでムカムカします。

でも本人にはそんな気がないのは分かるのでぐっと我慢。

そして今、日本語イントネーションの勉強をした私は、

今度彼女達の一体どういうイントネーションが偉そうに聞こえるのか、

じっくり聞いて探ってみようと思いました。

そしたら私もムカムカしなくても済むかもしれない。

 

逆に言うと、必ず「優しく聞こえる口調」というものが存在するはずですよね。

それを使えるようになりたいものですねぇ。