数年前うちのじいちゃんは亡くなったんだけど、たまに水戸黄門を見るとじいさんを思い出す。
僕が小学低学年であった時なんだけど、その時親が仕事に出ていっていたため、よく一人で留守番することがありました。
ですがその時僕は一人で過ごすのがとてつもなく怖かったので、よく家の裏に親が帰ってくる前まで隠れていました。
今思えば、もっと他に時間を潰す方法はあったはずです。というより、小さかった時の僕の親を待つ、その忍耐力が凄すぎるし、頭も弱すぎる。
そんな僕ですから、親も困りはてた末、じいさんの家に学校帰り行ってもらって、親が帰ってくるまで待っているという方法をとりました。
それから週3回くらいはじいさんの家に行っていました。
ガラガラとドアを開けるとじいさんがいっつも水戸黄門を見ているんですよね。
「じーんせいらくありゃ~」
とか狂おしいくらいの大音量で流れているの。もう公害って言われてもおかしいくらい。じいさん耳が遠かったから。
それにじいさんは、ほとんど動かない、即信仏となっていました。
「じいちゃんただいま~」
と行っても、何言っているのか聞き取れないから
「ほぇ」
とか言うの。ほぇって
だから僕はじいさんの耳元で大きい声でただいま!っていうわけ。
ただよくじいさんとは五目並べをよくやっていたよ。じいさんの強いから一回も買ったことなかったけど。手加減しねぇんだよ!
僕にはほとんどじいさんとの記憶は無いんですけど、水戸黄門を見る度にじいさんを思いだします。ほとんど仏と化していたので、じいさんとの思いではないんですが。
ただ、じいさんとばあさんの年の差を考えるとかなり、多分19歳くらいは離れているので相当なロリコン野郎だったと思います。
違う意味で胸が苦しくなります。というか誇りです。
僕が小学低学年であった時なんだけど、その時親が仕事に出ていっていたため、よく一人で留守番することがありました。
ですがその時僕は一人で過ごすのがとてつもなく怖かったので、よく家の裏に親が帰ってくる前まで隠れていました。
今思えば、もっと他に時間を潰す方法はあったはずです。というより、小さかった時の僕の親を待つ、その忍耐力が凄すぎるし、頭も弱すぎる。
そんな僕ですから、親も困りはてた末、じいさんの家に学校帰り行ってもらって、親が帰ってくるまで待っているという方法をとりました。
それから週3回くらいはじいさんの家に行っていました。
ガラガラとドアを開けるとじいさんがいっつも水戸黄門を見ているんですよね。
「じーんせいらくありゃ~」
とか狂おしいくらいの大音量で流れているの。もう公害って言われてもおかしいくらい。じいさん耳が遠かったから。
それにじいさんは、ほとんど動かない、即信仏となっていました。
「じいちゃんただいま~」
と行っても、何言っているのか聞き取れないから
「ほぇ」
とか言うの。ほぇって
だから僕はじいさんの耳元で大きい声でただいま!っていうわけ。
ただよくじいさんとは五目並べをよくやっていたよ。じいさんの強いから一回も買ったことなかったけど。手加減しねぇんだよ!
僕にはほとんどじいさんとの記憶は無いんですけど、水戸黄門を見る度にじいさんを思いだします。ほとんど仏と化していたので、じいさんとの思いではないんですが。
ただ、じいさんとばあさんの年の差を考えるとかなり、多分19歳くらいは離れているので相当なロリコン野郎だったと思います。
違う意味で胸が苦しくなります。というか誇りです。