長浜鉄道スクエアを訪問しました。

明治15年3月に建てられた初代長浜駅を活用した鉄道資料館です。

 

 

明治時代、政府が鉄道を敷設すると決めた時、3つのルートが選ばれました。

1つ目が最初に鉄道が開業した新橋~横浜間。所謂、京浜間の鉄道です。

2つ目が神戸~大阪~京都の鉄道。

そして3つ目が京都から敦賀です。

 

京浜間、京阪神間の鉄道と比べて距離が長い京都から敦賀までの鉄道を敷設するには、それなりのコストと時間が必要です。従って優先度を付け、最初に最大の効果が見込まれる区間から敷設するのがセオリーですが、この時、琵琶湖の水運を活用する事になり、水運に頼る事ができない区間を優先的に敷設する事になりました。その時、敦賀側の起点となったのが長浜駅です。

 

下の写真が当時の長浜駅の模型。

画面右上にに長浜駅があり、左側に大津への連絡線が停まっています。

 

 

長浜駅が開業して2年後には敦賀まで鉄道が達します。

これにより、京都~大津~長浜~敦賀まで途中、船による連絡が挟まるものの旅客、貨物輸送のルートが確保されます。

 

長浜駅は敦賀までの鉄道と大津までの連絡線の接続拠点として重要な位置づけとなりました。

駅舎は連絡線と鉄道線の待合室も設けられました。1等、2等専用の待合室は御覧の通り。暖炉も設置されていますね。

 

 

きっぷ売り場。

敦賀まで繋がっていない時代の時刻、運賃表が掲示されています。

長浜からは午前、午後各一便運転されていたようです。

 

 

資料の他、鉄道車輌も展示されています。

蒸気機関車の代名詞、D51です。

 

 

もう一両展示があり、ED70形 電気機関車です。

1957年(昭和32年)に米原の一つ北側、田村駅から敦賀駅まで交流電化された際に運行開始されました。

 

 

ここでは鉄道車両の運転席に入る事ができます。

ED70の運転席に入ってみました。

 

 

今回は時間の都合で30分程の滞在。

長浜駅へ向かい、青春18きっぷで北陸本線を旅します。

 

 

新快速の近江塩津行きがやってきました。

と言っても米原から近江塩津は各駅停車です。

 

 

長浜駅近くの物産店でお酒が売られていたので購入。

先ほど竹生島神社を参拝させて頂いたので直会と致します。

 

 

終点の近江塩津駅。

古民家の様な駅舎です。

 

 

改札口はなく、入口にIC乗車券の読み取り端末が設置されています。

 

 

ホームへの通路はトンネルの様になっています。

 

 

近江塩津駅で約30分の接続で敦賀行きに乗車します。

新型の225系がやってきました。

 

 

 

敦賀から先は交流区間。

2両編成の芦原温泉行きがやってきました。

 

 

途中の福井駅で一旦降ります。

 

 

福井駅のベンチには先客が座っていました。

 

 

金沢行きに乗車します。

 

 

福井から先は北陸新幹線の延伸工事が行われていました。

高架橋が大分出来上がっているのが判ります。

 

 

最後までご覧頂きありがとうございます。

 

// DATA //////////
移動経路

長浜14:11→近江塩津14:34 新快速 近江塩津 3456M
近江塩津15:01→敦賀15:15 敦賀 3162M
敦賀15:39→福井16:31 芦原温泉 1251M
福井17:12→金沢18:38 金沢 349M
 

北陸本線 (1960年代~80年代の思い出アルバム) 大型本 – 2018/9/5

 

旅と鉄道 2019年7月号 廃線の歩きかた 雑誌 – 2019/5/21