やっと中国から戻った。メールボックスをチェックすると、メールが山ほどためてる。いちいち返事して、なんと三日間もかかった!よく考えば、普段自分のコミュニケーションは、かなり混乱しているから。

 人間って、生きている時間は有限だ。覚めている時間は、さらに限ってる。有効な時間で、できるだけ多くの人とコミュニケーションするのは、勝負の鍵ではいか。

 今日は、早稲田大学の安藤先生が若いごろ撮った映画を鑑賞した。先生の映画で語った人生への悟りに感動した。私は、監督になりたい。自分の感情を忠実して、それを映画で表現したい。しかし、自分の感情っていったいなんだろう。若いから、未経験な感情はまだまだいっぱいある。いままでの経験で、真の自己を見抜くことができるのか。自分の感情って、それは真の自己なのか。まあ、たぶん一時的な感情でも、それを表現する価値がある。ただ、経験しながらその経験を描くのは、映画ではない。必ず自分の感情や認識が、一段落になってから、そこから反省して、再び再考するのは映画。だから、経験、認識、感情なんか、やはり豊富であれば豊富であるほどよい。もっと深刻な反省のため、もっと有力な再考のため。

 限ってる時間で、より多くの人とコミュニケーションするこそ、視野が広がり、経験も豊富になってくる。以前は、
自分の感情にふけたばかりだった。コミュニケーションできない人は、映画などの芸術形式を通じて、感情を伝えると思ってたけど、今の考えは、少し変えてる。コミュニケーションから生じる経験は、感情をよく表現するための不可欠な手法といってもいいわけだ。
  そろそろ、結婚式の日が近づいてくる。映画の編集は、まだまだだけど。映画のせいで、結婚式の準備は、ほとんどしてない。400人ぐらいの参加者が来る予定なので、何となくストレスがたまってる。最初、この結婚式にすごく抵抗の気持ちを持ってた。2年前、すでに入籍したし、子供も1歳4ヶ月だから、わざわざ両親のため、こんな膨大な結婚式を行う必要がないと思ってた。

 でも、最近、入籍したときの光景を追憶すれば、考えが少し変えてくる。結婚した日から、いつもこう聞かれてる。「何故こんな早く結婚したの?」とか「こんな早く結婚したのは後悔しないの?」と、類維する疑問がいろいろ。もちろん、聞いてくれる人たちは、みんな違う出発点を持ってる。でも、わたしの答えは、確定できる。しかも、いままで、ずっと変わってない。「結婚してよかった。」と、みんなに言いたい。

 確かに、結婚したら、体が縛られることがあるし、家庭構造が変わったので、悩みとかストレスも避けられない。でも、悩みでも愛情と責任から生み出された感情なので、愛情と責任が先に感じられないと、これらの悩みを経験するチャンスもないだろう。

 人間は、そもそも感情のある生物。結婚でこんな豊富な感情を体験できるから、人生には、後悔ってあい得ないのだ。これから、僕の膨大な結婚式に、すごく楽しみしている。

 我想说,我不后悔结婚。(wo3 xiang3 shuo1, wo3 bu2 hou4 hui3 jie2 hun1=「結婚には、後悔しない」と、僕は言いたい。)
 中国語で、「後悔」の後に、目的語を使うことができる。単語でもいいし、文でもいい。
  最近一直在为和我爸的关系苦恼。因为我爸到现在还反对我拍电影。本来最近的烦恼就够多的了。幸好老公跟我开玩笑说:你发现没,著名导演的家长好像都不太支持他们从事这一行。比如说张艺谋,李安。你爸也反对你,所以至少你已经具备了当著名导演的基本条件!

 最近、ずっとうちの親父との関係に悩んでいる。親父は今までも、わたしが映画を作ることに反対しているのためだ。そもそも最近の悩みは十分多かった。幸いなことは、「あなたは気づいたか、有名な監督の親みんなは、彼らがこの業を従事するのを反対するみたい。たとえと言ったら、張芸謀、李安。あなたの親父もあなたのことを反対しているので、あなたは少なくてもう有名監督になる基本条件が揃えている!」っと旦那が冗談を言ってくれた。

 冗談だけど、最近、わたしは本気にそう思っている。衝突がないと、ストーリにならない。これは、脚本の授業で、いつも強調されてること。脚本を創作すると、衝突が必要だ。では、衝突の元は何かといったら、生活の中でのいろいろな悩みだろう。とくに、自分の悩みがあれば、その経験を作品の中で表現しようとする意欲が自然に強くなる。以前、ある友達は、悩みがないといい監督に成れないっと言ってくれたのに、そのときは半信半疑だった。

 なんでも、普通のコミュニケーションで解決できると、映画という媒介で感情を伝える必要もないだろう。最近の撮影で、このことを深刻に体験した。いま、親に言えないことはいっぱいあるから、自分の考えを映画で表現しようとする気持ちは、いっそう強烈になってきた。

 監督だけではなく、俳優も同じだ。皆は、自分が普段言えないことを、映画と言うメディアを通じて、伝達するため、観衆は、映画を見て、そこから感情の共鳴が出てくる。それは、芸術の魅力、映画の魅力。だから、今の私にとって、悩みがいくらあっても、ラッキーだと思う。
撮影が終わって、もう一週間が経た。後期の編集が始まったばかりだが、21日間の成果は、やっと大体分かってきた。そこまで理想ではないから、最初すごく悩んでた。いろんな人と飲んで、話して、結局、考え方は明るくなってきった。最近、孔子のこんな話を非常に感心している。「子曰:不患人之不己知,患不知人也。(zi3 yue1: bu2 huan4 ren2 zhi1 bu4 ji3 zhi1, huan4 bu4 zhi1 ren2 ye3.)」日本語では、人(ひと)の己(おのれ)を知(し)らざるを患(うれ)えず、人(ひと)を知(し)らざるを患(うれ)うるなりという意味です。

最近、他人が何で自分のことをよく分かってくれないことに悩むより、他人のためになんかやるほうが意味あると、私は感じてる。私は、無から有へ創造するプロセスが好きです。だから、何でも、自分の力でやりたい。ところが、映画って、そもそも自分でやれるものではない。実は、世の中で、ほとんどのことは、一人で完成できるものではないだろう。だから、無から有へのプロセスで、他人のミスを許さなきゃ。みんな生まれつき完璧な人間ではない。ほかの人は、私と一緒に何かをやると、絶対、私のミスもいろいろ許してくれただろう。

こんな何も分からないアマチュア監督であっても、皆は、私のことを信じてくれ、ここまでいろいろ一緒にやってくれて、ほんとに感動した。以前、自分の作品に悩むとき、自分の原因を探すより、ほとんどの時、あれこれの責任を他人になすりつけた。最近、ようやくこの点を悟ったけど、やっぱり逃げて、現実に直面したくない。たしかに、他人を変えるのは、そんな簡単なことではない。しかし、いい作品を作れるため、成功できるため、皆の成長が必須だ。だから、私は、他人より一歩前、成長しなければならない。つまり、心を開いて、もっと多く他人の意見を聞いて、大人しい人間にならなきゃ。



坚持就是胜利!即使我知道自己未必能成功。可是,我就是这样的女人。我相信,只要我坚持下去,事情就一定会有所改变。(頑張りこそが、勝利である。自分が必ず成功できないと知っても。しかし、私はこのような女だけです。頑張って続けさえすれば、物事は、絶対変化してくると信じている。)


 知らないうちに、帰国して、2週間も経た。この2週間の撮影で、体は、もうクタクタになった。撮影は、まだ終わってないから、スケジュールより、少なくて、1週間延ばす予定だけど。ここまで、続けられなくて、途中で脱退した人が、何人もいた。体だけではなくて、心も疲れている。


 撮影現場で、まったく女としての存在が感じられてない。監督だから、全然男と同じように、いろいろ作業しなきゃ。体がいくら疲れてもいいけど、心を癒してくれる人は、なかなかない。みんな、仕事に専念しているみたい。でも、映画は、そもそも監督の感情を伝えるものだから、撮影進度を追い求めるより、監督の感情を理解することはもっと重要ではないかと思ってる。多分、すべての映画の撮影現場も同じ問題が存在しているだろう。誰でもそこまで細かい感情があれば、誰でも監督になりうる。


 一番つらい時期は、多分、今。私の映画は、結局自分の感情をうまく伝えられなくても、最後まで続けると、みんなは、少なくて、長編映画の作りに参加する経験が得られる。学生映画って、だれでも長編をチャレンジするチャンスがあるわけではない。私は、少なくて、参加者の方々に、このようなチャンスの提供を守らなければ成らない。あとは、全力を尽くして、自分の才能を発揮して、すべての参加者に、残念に思わせないだけ。頑張り続ければ、ある日、私の映画が絶対成長になって、みんなも絶対わかってくれると信じてる。


 自分の感情をうまく伝えるため、現場で男になってもいい。もっと、もっと、自分の心を伝えたくて、この世のことについて、女の視点で伝えたい。