前記事からのつづきです
「女性性」
年末年始にあらゆる本を処分して、
最後の砦であるエックハルト・トールの「ニュー・アース」 まで処分してもまだ残っていた
「見るだけで運がよくなる「聖なる絵本」 (サンマーク文庫)/サンマーク出版
この本のなかで、最近イチバン気になって開いたままにしていたのが、
「レムリアの目覚めの女神 」でした
わたしにとってイチバン華やかな光が多く感じられたので
最大効力を狙って開いたままにしていました
気になったということ自体も天使たちの計らいだな、と思います
☆・゚::゚☆・゚::゚☆・゚::゚☆・゚::゚☆・゚::゚
わたしの場合「女性性」について捉えるには、
どうしても対になっている「男性性」について向き合う必要がありました
そんなとき、心屋さんの言葉でおもしろい言葉を見つけました
「わたしはお父さんのようなヒトを好きになっていい」
ここのところ、自分としては父親と友好関係を築けている感じだったのですが笑
とんでもなかったです笑
上の言葉を宣言した途端、
「いやだよ、いじめられるじゃん」
エェ━━━━( ゚ Д ゚ )━━━━・・・
わたしとしては男性にいじめられることなんて、
家族以外にそうなかったことですが、、
自分なりにいじめられないように、そうっとう必死になって
「男からいじめられないような女」
を演じていたよう笑
(スキのないように、とか笑 みなさんにはばっればれでしたでしょうが)
もう、そうっとう奥深くに根付いた演じクセ・習慣になっていて、
そうっとう怖かったらしいので、
いくら浄化してもらってもムダだったわけでした!納得笑
(浄化効果にも個人差があるので、みなさんにとってのムダとはいえません!)
↓わたしの中では無意識下での絶対公式↓
母親(女性)=いじめられる 父親(男性)=いじめる
お母さんはトロイから、あんなにいじめられるんだ
そうならないようにがんばらなくっちゃ
Σ(-∀-;)
だから「わたしはお母さんのようになっていい」が言えませんでした
ただ、父以外からの最悪な恐怖を感じるようないじめなんか受けたことないんです
元カレさんもやさしかったですし
だから男性はやさしいのが当たり前なことに気がつかなかったのです笑
父以外の人はみんなやさしかったので、世界は奇跡に満ちている、と本気で思っていました
どこまでも父基準で、父とは真逆のみんなに心底ありがたみを感じられたのはよかったですが笑
父の呪縛(無意識レベルの恐怖)から逃れたわけではなかったのです
「父親」像(そして、対になる「母親」像)って
こんなに人生のすべての場面に影響するの!?と何度目かの目からウロコです
すごくないですか?この神システム笑
父親からしたら自分のしでかしたことを一切忘れているわけですけれども

それらすべてが神様の計らいで
一定期間、そういう「男性性」・「女性性」の体験・学びをさせてもらっていたという
(よくわかる)
父母に壮大なゲームに付き合ってもらっていたようなものですね
純粋な女性性を発揮することで
こわい思いを味わう必要なんてもうないし、
いじめられる経験も必要ないし、
ゆるゆるでスキばっかりでトロくて考えなしで
おバカなわたしのままで愛されていい
「わたしはお父さんのようなヒトを好きになっていい」「好きにならなくてもいい」
ですし、
「わたしはお母さんのようになっていい」「ならなくてもいい」
わけで、まあ神様かららしたらどちらでもいいと、腑に落ちたわけです(たぶん笑)
ということでいきなり
トリビアの泉(古い)
父親(男性)が母親(女性)をいじめるわけがない
母親(女性)は父親(男性)にどうやってもかわいがられている
タモリさんからはヘェを絶対にいただけないでしょうが、
わたしにとってはすばらしきムダ知識です
わたしにとって、そこでようやく女性性に向き合えるという段階にいたったわけです
もうそれで終わりでもある気がしますが、つづく?
(写真はこちら から)
助けてくれてありがとう

