今日は覚書。
父親から、
「ヒトと比べてうちは○○なんだから…」、「ほかの家とくらべてうちは○○なんだから…」と、
大人になってから、よく言われるようになりました。
「努力して、もっと努力して、気をつけて、気を配って、ようやくほかのひとと一緒ぐらいなんだからな。」
「うちが劣っているのはひとにはばれてるけど、恥をかいても生きていかないと。」
父親に言わせれば、
「うちの家系は発達障害・アスペルガー症候群!!!」という強烈な劣等感が言わせるのか、
なぜかここ数年その話が多いのです。
「どうでもいいな~、幸せならいいじゃん~」と流せるようになったのは、最近でした。
ふつうの性格、ふつうの家庭、ふつうの家族、ふつうの仕事、ふつうの生き方を目指して、
周りのみんなの基準で生きようとするのなら、
「劣っているのだから、もっと努力しよう」という発想と行動ができるのでしょうね。
でも、わたしできません♪
(ここ数日ますますそう感じるのですが。)
もっと努力して、もっといい子になって、もっと周りのひとに合わせて、
息をするのも苦しくなり、「この人生はだれのもの」と、
泣きながら自分を責めたのを、肉体が覚えているからです。
悲劇のヒロインを演じているような「むなしさ」を覚えているからです。
それに、周りのひとの生き方やあり方に合わせて、
幸福を感じたことなんて一度もなかったのです。
「ふつうでないわたしはこの家庭に、この世界にいてはいけない」と思い込み、
気配をなるべーく消して生きていたとき。
「いてはいけない」から、とにかくひとりでできることはやって、
なるべくひとさまの邪魔にならないように、迷惑をかけないように、
人一倍すばやく、要領よくやって、影のように~って、
家の中でも物音を立てないよう、うるさくならないように気をつけていました。
そんな生き方をしていたから、
「幸せ♪」とか、「安心する♪」とか、「生きていてよかった~♪」なんて感じたこともなかったし(笑)、
そんなことを感じているひとたちを見下していました。
いま思えば、ばかばかしいことですが、
当時は「ふつう」が正解だったので、
それ以外は「間違い」で、「だめ」で、「ばか」なことだったのです。
そんなことに気がつかず、父親は「ひとなみに、ふつうに」って言っていたので、
もうつかれきって、仕事もせず、お金も稼がず、ひとなみの努力などせずに、
人生のボイコットをしたときも(たくさん)ありました。
いま振り返ると、
「父親の言う「ふつう」なことができない自分はこの家庭にも世界にもいてはいけない」と
自分を責め続け、肉体も精神もぼろぼろになりながらも、
それでも、わたし生き続けていたんだね(笑)。
ついでに、父親も「ひとなみにならないと!」って言う割りに、
相変わらずマイペースで生き続けているじゃない…。
「ふつうのことなんてなにひとつできていないのに、いてはいけない」ことないじゃない…。
父親から勝手にお前は「発達障害だ!」と決め付けられて涙したとき、
障害の否定材料だってやまほど用意したのに、
(自慢だった学歴とか、いままでの人間関係とか、コミュニケーション能力についてとか)
そのことについて議論すればするほど泥沼化していました。
でも、知りません、できません♪むりむり~と無視するようになってからは、
「もういいんじゃない?障害とかどうでもよくない?、わたしはいてもいいんじゃない?」
「迷惑掛けていいんじゃない?わがままいっぱいでいいんじゃない?おばかなわたしでいいんじゃない?」
「そんなの関係なしに、幸せなままのわたしでいいんじゃない?」
というふうに変化していきました。
父親のいう「ふつう」でなくても、
パートナーさんがいて、友人たちがいて、クライアントさまもいて、
たくさんおいしいものをごちそうしてもらって、プレゼントをもらって、やさしーーいおことばをいただいて、
激励や応援をしてもらって、ほめてもらって、見守ってもらって、生活を成立させてもらってたのでした。
わたしは周りのひとに合わせなくても、いてもよかったし、幸せだし、大事にされてたのでした。
結局のところ、「ふつうでなくちゃいけない」というゲームをして、
わたしのゲームに父親を付き合わせていたようでした。
わたしはこの2●年、人生スムーズにきたとはとても思えないし、
生まれてこの方ひとさまに迷惑をかけなかった瞬間もない(笑)のですが、
それはそれで恥ずかしく、申し訳なく思い、
ずっと自分の中で劣等感、罪悪感、自責の念が渦巻いていたのです。
「こんなふつうでないわたし、ふつうのこともできないわたしなんて、最悪、いや!」って、ぐるぐる。
で、それをそのまま父親が声に出して言ってくれていたのです(笑)
この「ふつうでなくちゃ」ゲームはそれで大成功だったわけで、見事にまっとうしたのだな、と思います。
わたしにとっての大問題=「ふつうでない」は、わたしの世界にだけ通用するようで、みなさんそれぞれちがうよう。
で、それこそが各々のゲームをおもしろく、スリル満点にする秘訣なのでしょうね。
今度は「ふつうでなくても幸せのままでいい、恵まれていい」ゲームをしたいな。
なにひとつ「ふつう」でなくても、「ふつう」という観念を無視していいから、
気軽に究極の幸せ、最高の幸せ、無限の幸せを味わってもいい~っていうもの。
今日はひとりごと。
『京都のぐり』
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