「ふつうでないなら幸せになってはいけない」ゲーム | ∞宇宙はやさしい∞ NOGURI

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BSセラピー・キャッスルロックウォーター☺️



今日は覚書。




父親から、



「ヒトと比べてうちは○○なんだから…」、「ほかの家とくらべてうちは○○なんだから…」と、



大人になってから、よく言われるようになりました。




「努力して、もっと努力して、気をつけて、気を配って、ようやくほかのひとと一緒ぐらいなんだからな。」



「うちが劣っているのはひとにはばれてるけど、恥をかいても生きていかないと。」




父親に言わせれば、



「うちの家系は発達障害・アスペルガー症候群!!!」という強烈な劣等感が言わせるのか、



なぜかここ数年その話が多いのです。





「どうでもいいな~、幸せならいいじゃん~」と流せるようになったのは、最近でした。



ふつうの性格、ふつうの家庭、ふつうの家族、ふつうの仕事、ふつうの生き方を目指して、



周りのみんなの基準で生きようとするのなら、



「劣っているのだから、もっと努力しよう」という発想と行動ができるのでしょうね。




でも、わたしできません♪
(ここ数日ますますそう感じるのですが。)



もっと努力して、もっといい子になって、もっと周りのひとに合わせて、




息をするのも苦しくなり、「この人生はだれのもの」と、




泣きながら自分を責めたのを、肉体が覚えているからです。




悲劇のヒロインを演じているような「むなしさ」を覚えているからです。




それに、周りのひとの生き方やあり方に合わせて、



幸福を感じたことなんて一度もなかったのです。






「ふつうでないわたしはこの家庭に、この世界にいてはいけない」と思い込み、



気配をなるべーく消して生きていたとき。



「いてはいけない」から、とにかくひとりでできることはやって、



なるべくひとさまの邪魔にならないように、迷惑をかけないように、



人一倍すばやく、要領よくやって、影のように~って、



家の中でも物音を立てないよう、うるさくならないように気をつけていました。



そんな生き方をしていたから、



「幸せ♪」とか、「安心する♪」とか、「生きていてよかった~♪」なんて感じたこともなかったし(笑)、




そんなことを感じているひとたちを見下していました。




いま思えば、ばかばかしいことですが、




当時は「ふつう」が正解だったので、




それ以外は「間違い」で、「だめ」で、「ばか」なことだったのです。




そんなことに気がつかず、父親は「ひとなみに、ふつうに」って言っていたので、




もうつかれきって、仕事もせず、お金も稼がず、ひとなみの努力などせずに、




人生のボイコットをしたときも(たくさん)ありました。




いま振り返ると、




「父親の言う「ふつう」なことができない自分はこの家庭にも世界にもいてはいけない」と




自分を責め続け、肉体も精神もぼろぼろになりながらも、




それでも、わたし生き続けていたんだね(笑)。



ついでに、父親も「ひとなみにならないと!」って言う割りに、



相変わらずマイペースで生き続けているじゃない…。



「ふつうのことなんてなにひとつできていないのに、いてはいけない」ことないじゃない…。





父親から勝手にお前は「発達障害だ!」と決め付けられて涙したとき、




障害の否定材料だってやまほど用意したのに、




(自慢だった学歴とか、いままでの人間関係とか、コミュニケーション能力についてとか)




そのことについて議論すればするほど泥沼化していました。




でも、知りません、できません♪むりむり~と無視するようになってからは、




「もういいんじゃない?障害とかどうでもよくない?、わたしはいてもいいんじゃない?」




「迷惑掛けていいんじゃない?わがままいっぱいでいいんじゃない?おばかなわたしでいいんじゃない?」




「そんなの関係なしに、幸せなままのわたしでいいんじゃない?」




というふうに変化していきました。






父親のいう「ふつう」でなくても、




パートナーさんがいて、友人たちがいて、クライアントさまもいて、




たくさんおいしいものをごちそうしてもらって、プレゼントをもらって、やさしーーいおことばをいただいて、




激励や応援をしてもらって、ほめてもらって、見守ってもらって、生活を成立させてもらってたのでした。




わたしは周りのひとに合わせなくても、いてもよかったし、幸せだし、大事にされてたのでした。







結局のところ、「ふつうでなくちゃいけない」というゲームをして、




わたしのゲームに父親を付き合わせていたようでした。




わたしはこの2●年、人生スムーズにきたとはとても思えないし、




生まれてこの方ひとさまに迷惑をかけなかった瞬間もない(笑)のですが、




それはそれで恥ずかしく、申し訳なく思い、




ずっと自分の中で劣等感、罪悪感、自責の念が渦巻いていたのです。




「こんなふつうでないわたし、ふつうのこともできないわたしなんて、最悪、いや!」って、ぐるぐる。




で、それをそのまま父親が声に出して言ってくれていたのです(笑)




この「ふつうでなくちゃ」ゲームはそれで大成功だったわけで、見事にまっとうしたのだな、と思います。




わたしにとっての大問題=「ふつうでない」は、わたしの世界にだけ通用するようで、みなさんそれぞれちがうよう。



で、それこそが各々のゲームをおもしろく、スリル満点にする秘訣なのでしょうね。





今度は「ふつうでなくても幸せのままでいい、恵まれていい」ゲームをしたいな。




なにひとつ「ふつう」でなくても、「ふつう」という観念を無視していいから、




気軽に究極の幸せ、最高の幸せ、無限の幸せを味わってもいい~っていうもの。






今日はひとりごと。





クローバー『京都のぐり』クローバー


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