親の死に目に会えないのかも2 | 上海気になる日記!

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海外在住も十数年目、日々気になることを書いていきます。不定期でこちらのサイトさんへ寄稿することになりました。
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中国人と結婚して約15年弱中国に住んでいます。この記事からのうっすら続きです。

海外で生活をしていて一番不安なのが、離れている親近者に何か良くない事が起きる事です。

多分日本国内でもご実家が遠いとか、なかなかご実家に帰れる環境に無い方は同じような想いでいらっしゃるのかなぁと思いました。

自分の祖父が亡くなった時、終ぞ帰国はしなかった私ですが、まだ存命の祖母2人が亡くなる時にはどうするべきか?
最近よく考えています。
なんせ96歳と88歳なので、その時も遠くはないでしょう。

もしかして私は帰らないかもしれません。
でも人の死より優先すべき事って思いつきませんが、問題はすでに亡くなっているかいないか?なのかなぁ。

死者を弔う儀式がどうしても残された人達のための儀式に感じてしまいます。もちろんそれは必要な事なんですが、そうなると死に際に会いに行く方が重要な気がするのです。

私は大好きだった母方のおじいちゃんが寝たきりになっても、月に一回以上は両親と共に見に行っていました。他のきょうだいはいろんな理由をつけて行くことはありませんでした。

後から母に
「きっと変わってしまったおじいちゃんを見るのが嫌だったんじゃ無いか」
と聞きましたが、いくらボケ始めていても、初期の時代はいつも私が行くと目を覚まして反応してくれたおじいちゃん。
きっと生きてるうちにかわいい孫たちに会いたかったんじゃないかなぁなんて思うのです。

中国人の夫の祖父は、結婚して以来ずっと子供がいない私達に「子供はまだか?子供はまだか?」と言い続けていました。

結局子供が生まれたのは祖父が亡くなって2年後、待望の男児でした。

が、夫の祖父に見せることは出来ませんでした。実はその前に一度、夫の祖父がまだ生きている時に1人授かったのですが、まだ形もはっきりしない時にいなくなってしまいました。

ここ数年のいろんな経験を通して、命の長さは人がコントロール出来るものではないと感じます。

絶対に死んじゃダメな人がいるんです。
もちろん、死んで良い人なんて1人もいないのですが、思考実験によく出てくるパターンで
「1人しか救えない状況で90歳の老人と0歳児、どっちを助けるべきか?」
みたいなのが現実の世界でもあります。

事故や事件で若い命が亡くなってしまうニュースを見るたびに
「この子は絶対に死んだらダメだったのに」
と思うのです。
でも人は亡くなるのです。

そう考えると、親の死に目に会いたいと思う自分の望みは、少し難しいかもと思ってしまいます。

人の死よりも優先すべき事なんて無いはずなのに、日々それとは違うものばかり優先している自分が情けないです。

いつか来るその日のために、日々心して備えておかないと、と。

昔は両親がいないと絶対に生きていけないと毎日毎晩不安に思っていた私が、すでに親元を離れて15年弱生活にしてこれたなんて奇跡のようです。

まだまだ親孝行してないから、自己中でも自己満足でも良いから、私が良いというまで生きていて欲しいです(>_<)

皆親孝行しようぜー!(誰目線?)

次は中国の生死観に触れる話題を書こうと思います。

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