野球雲は元々古本屋仲間と作ったのが最初です。

そのため、「野球本をじっくり紹介しよう」というコンテンツも

一つの柱として、3冊から4冊を誌面で紹介していました。

 

今回は誌面では紹介しきれない

野球関連書を紹介いたします。

 

今回は

小西得郎著

「したいざんまい」

1957(昭和32)年発売です。

 

タイトルからして、野球人としての太い根性論が見えません。

そうです、著者の小西得郎はとんでもない人生だったのです。

 

以下は野球雲10号

「消えた球団 松竹ロビンス」からの引用です。

 

小西得郎

 

東京都出身

1896(明治29)年7月10日-1977(昭和52)年6月9日

監督歴

大東京軍-ライオン軍(1936-1938)

名古屋軍(1939-1940)

松竹ロビンス(1950)

大洋ホエールズ-洋松ロビンス(1952-1953)

 

傍流の球団で最大の指導力を発揮できた監督

 

 

松竹ロビンスを語る上で、田村駒治郎と並ぶくらい重要な人物が小西得郎だ。

小西は他の監督と比べて最も違うのは、

社会生活の中での経験が彼の野球人生に大きな影響を与えている。

 

巨人や阪神ではない野党的、傍流の球団でないと小西の魅力や力が発揮できない。

若い時に阿片の密売、置屋の経営など現在では

裏社会人としか見られない経歴を持ち、

戦後も闇市の親分を警察からかくまっただけで、

戦後の物資不足の時代に困ることがなくなる。

全てが彼の江戸気質の性格と緩さが人を引きつける、人誑し的な人物だ。

 

戦前、戦後の魑魅魍魎のうごめく世界、

西部劇のような無法地帯でその実力を発揮する正統派ではない、

傍流の英雄的人物だ。

監督を辞めてからの日本の解説者第一号となったのも、

野球人のような技術論、戦術論を語るのではなく、

いかに人々を楽しませようか?ということを考える芸人思考があったからなれた。

そして、寝業師であり、人脈の接着剤でもある。

 

松竹ロビンスに見えるカラーは

田村駒治郎のワンマンと小西の遊び人的要素が流れている。

 

1950(昭和25)年に真田、大岡、岩本、小鶴など、

個性豊かな選手をまとめられたのも、

ヤクザや裏社会の人間と対等に付合い、歌舞伎界、花柳界との親交があったから、

社会では未熟な少しばかり尖った野球人を仕切るのは難しくなかったのだろう。

 

小西は戦術を考えるより、人事だけでプロ野球の現場に立った唯一の存在だ。

そして、戦後すぐに新橋駅近くに『仙台製作所』なる会社を経営し、

闇物質が手に入る場所に戦前の職業野球関係者が小西のもとに集まり、

戦後のプロ野球を復興の準備を始めた事実だけで

小西得郎は野球殿堂入りの価値がある。

小西監督の成績は最下位でも優勝でも関係ないのだ。

 

以上「野球雲10号」からの引用

 

本文にある、アヘンの密売、置屋の経営など

コンプライアンスに厳しい平成、令和の時代には

表舞台に立ってはいけない人物に見えるが、

20世紀はまだ大丈夫だった。

 

そんな、破天荒な半生をさらっと語っているのが

本書の特徴だ。

江戸っ子の小西は自分の気に入らないものはやらない。

しかし、どこか人のためになんとなく動いている。

そして、女遊びもすごい(笑)

 

野球人の伝記としてみるより

当時の社会の仕組み、風俗としての野球としてみると

かなり面白い。

 

しかし、この本は余ほどではない限り再販されないだろう。

そのくらい野球の本としては、危ないのだ。

しかし、魅力的な本です。

古本屋さんでもあまり見かけず高価で取引されている

野球本の1冊です。

 

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