9月26日(1980年)は大正時代に早稲田大学野球部で
活躍した名投手で、戦後は巨人軍初の専任コーチとしても
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『本当にね、天下を取ったような気持ちでしたよ。』
「逆ワインドアップ(モーション)事件」後
来日した全米軍のモリアリティ審判によりボークでないと
判定された時の感想より
(当館インタビューテープから)
●谷口五郎(岩瀬五郎)
1901(明治34)~1980(昭和55)
佐賀県出身
大正時代を代表する快速左腕投手。
【釜山商業から満鉄時代】
強豪チームといわれていた釜山商業のエースとして活躍。
当時は在外中学校に全国大会出場権がなかったため、
夏の甲子園大会の出場は適わなかった。
卒業後は南満州鉄道株式会社(満鉄)に入社するが、
1920年9月、19才で早稲田大学に編入試験を受け入学。
【米国遠征】
早稲田大学入学直後の10月に、新人ながら明大との決勝戦に登板し、
8-0の日没コールドゲームで完投勝利を収める。
翌1921年(大正10)第4回早大米国遠征に参加し、
メンバーの松本終吉・有田富士夫両投手が病に倒れた後、
ほとんど一人で全試合を投げ通した。
この遠征は4ヶ月(3月27日から7月29日)という長期遠征となったが、
その中で5月18日のシカゴ大学戦は、
先発した谷口は肩の苦痛を訴えていたが、
交代する投手がいないという壮絶な状態の中、
シカゴ大学に初の勝利をあげた。
在留邦人の歓喜の中、米国人までスタンドをおりて
喜びの握手を求めたと部史にある。
対戦成績は、15勝23敗。
実質投手1人という状況の中で、遠征中に飛躍的に技術力を上げた。
【三田稲門戦】
この年の秋季リーグ、翌1922年の秋季リーグでの早大完全優勝に、
エース谷口は大いに貢献した。
当時はまだ早慶戦が中断中だったため、
慶大OBの三田倶楽部と早大OBの稲門倶楽部による
対三田稲門戦での、
早大新鋭の谷口と三田倶楽部の大投手「小野三千麿」との投げ合いは、
ファンを熱狂させ、芝浦球場は超満員で隣接する
テニスコートのスタンドまで観衆で埋め尽くされた。
1922年(大正11)秋、
三田稲門戦での「逆ワインドアップ(モーション)事件」は、
谷口の投球がボークか否かで球界を騒然とさせた。
その後、来日した全米軍のモリアリティ審判により
ボークでないと判定された。
トップのコメントはその時のもの。
【入隊からその後】
1923年(大正12)、久留米の歩兵第56連隊に入営し、翌年除隊。
その後、大連に戻って、銭沙取引所(両替店)に勤め、
大連実業団に参加。
1928(昭和3)都市対抗野球に出場し、快投を続け、
決勝戦で東京クラブの新田恭一(慶大卒)と息詰まる投手戦を繰り広げ、
自ら適時打を放ち1-0で優勝を決めた。
当時、岩瀬と改姓していたが、
早大時代の彼を知る多くのファンが声援を送った。
1951年(昭和26)、福島県の常磐炭鉱野球チームの監督を務めた。
1953年(昭和28)巨人軍の投手コーチ、
その後大洋の投手コーチに就任し、若手の育成に尽力した。
1979(昭和54)、野球殿堂入り。
逆モーション(ワインドアップ)事件
1922年(大正11)10月1日、三田稲門戦1回戦で、
早大現役投手の谷口は、かねてから工夫を重ねていた
逆モーションを使う。
普通のピッチング開始前は、腕を前方から回転させるのだが、
谷口は後方から前方に回転させた。
三田側は困惑し、「ボーク」と抗議したが、
主審蘆田公平は、「ボークにあらず」とし、
谷口はそのまま逆モーションの投球を続け、
延長10回、稲門が2対1で勝利する。
10月9日の2回戦、投手はまたも小野対谷口。
逆モーション見たさの観客も集まり、超満員の芝浦球場で、
谷口はまたこの逆モーションを使用した。
険悪なムードの中、エキサイトした谷口と三田の高浜益雄選手の間に
いさかいが起こり、谷口は一時ダッグアウトに引き上げるなど
後味の悪い試合となった。
谷口は、早大野球部の安部磯雄部長から、約1か月の謹慎を命じられ、
逆モーションはボークか否かで、三田軍の人々の「ボーク説」、
稲門軍の人々の「非ボーク説」を中心に、新聞誌上の公開論争となり、
当時の野球界にかつてない疑問を投げかけた。
その後、10月末に来日した全米軍のモリアリティ審判により
「ボークにあらず」と判定されて解決した。
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以上は
船橋市中山にあった吉澤野球博物館で
コンテンツ事業の手伝いを野球雲がしていた関係で
当時開催していた「谷口五郎展」からの引用です。
現在、吉澤野球博物館は船橋市の船橋アリーナ内に展示室として
明治時代から戦前の野球を中心に展開しています。
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