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抱かせろ、飲ませろ、
握らせろ
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前出の丸橋氏は、癒着と馴れ合いの現状について、こう告発する。
「どこの都道府県でもそうですが、不正は歯科医師会ぐるみで行われています。医者が高い入会金や会費を払って、医師会に入るのは、不正請求してもお目こぼしとなるよう便宜をはかってもらえると期待しているからです。逆に、医師会を批判したり、不正に対して毅然とした態度をとると、ひどい目に遭います」
丸橋氏はかつて地元の群馬県歯科医師会の理事を務めていた。その当時、不正行為が蔓延している現状を医師会内部で批判したところ、嫌がらせや脅迫があいつぐようになったという。
「いたずら電話がかかってきたり、脅迫の手紙が届いたりなどというのは序の口です。現状を憂える少数の仲間の医師たちと会合を開くと、どこから聞きつけたのか、その席に、頼んでもいないのにコンパニオンがやって来たり、5万円のお刺身セットが届いて請求されたりする。
それだけではない。不審な人物が家の周囲をうろついて、『丸橋の暮らしぶりはどうか、どんな人間が出入りしているか、娘は何歳か』などと近所の人に根掘り葉掘り聞き回ったりするのです」
丸橋氏が見せてくれた脅迫の葉書のひとつには、「青二才、責任を取れ! 取らずば天誅を下す(家族・家)」と大書きされていた。
「ある時、私のところに監査の通知がきた。冗談ではない。不正請求など一切していないのに、監査に入られるいわれはない。私は手続きを踏んで異議申し立てをしましたが、監査は強行されました。
ところが、当時の指導医療官本人は、常勤なのに、歯科医院を役所の目の前で開業し続けていた。保健課の人間もいい加減なもので、適当な時刻に『先生そろそろ』といって呼びに来る。彼が抜け出している間は、無資格の助手や妻が、患者の歯を削ったりする。もちろん、無資格診療ですから完全な違法行為です。
あまりにも目に余るのでこの人物を告訴した。すると私に圧力をかけていた連中もまずいと踏んだか、それ以降、脅迫も嫌がらせもぴたりと止まりました」
同様の圧力を味わった医師は他にもいる。やはり、地元の歯科医師会に対してたてついた人間ばかりであるという。
「逆に、医師会の実力者や上層部の移行に従順な人間に対しては、レセプトの審査も確実に甘くなるんです。
群馬県内のある市の歯科医師会長が、不正請求のため監査にかかることになったのに、結局、もみ消されてしまったことがありました。私自身が県の保健課の職員から聞いた話では、自民党の中曽根派の県会議員が6回も保健課に足を運び、圧力をかけたそうです。
地元医師会は、いざというときのために、政治連盟を通じて有力議員たちに欠かさず献金しているのです。現役の歯科医師会役員の不正が発覚したのに、たった数百円の返還で済んだという事例もありました」
医師会と、レセプトを審査する審査委員会および指導医療官の馴れ合いはひどい、と丸橋氏は憤りを隠さずに続ける。
「審査委員会は本来、学識経験者の代表と診療担当者(医師)代表、保険者代表の三者で構成されなくてはならないと、国民健康保険法などで定められていますが、すべて地元の医師会会員が占めるという異常な状態が続いてきました。診療報酬を請求する側の人間たちが、自分たちのレセプトを審査しているわけですから、不正の摘発など不可能です。
また、指導や監査を専門的に行うべき立場の指導医療官も地元医師会とべったり癒着している。そもそも指導医療官が、地元の医師ではどうしようもない」
群馬県の場合、現役の歯科医師会の役員が二代にわたって続いた。これではチェック機能などまったくないに等しい。
「レセプトの審査委員会が終わった日は必ず、指導医療官は医師会の接待を受けるのが慣例になっていました。一次会は料亭、二次会はクラブやスナック、そして最後に医師会にあてがわれた女性とホテルに泊まってしめくくるんです。忘年会や納涼会でも同様です。
たびたび『講演会』と称する催しが医師会主催で開かれるのですが、その場合も最初から会場は料亭なんです。
一般会員が酒を飲みながら待っていると、『講師』の指導医療官が、医師会の役員らとともに、すっかりできあがった赤ら顔で登場する、そしてその指導医療官が、酔っぱらったまま、ひと言『本日はお招きに預かりまして、ありがとうございました』と挨拶すると、『講演』は終わりとなり、講演料名目の現金が手渡され、あとはただの宴会となってしまう。
そして最後はお決まりですが、医師会が用意した女性とホテル行きとなるのです。これらはすべて、私自身がこの目で目撃したことばかりです」
「抱かせろ、飲ませろ、握らせろ」という、贈収賄における黄金の「三位一体」が、何ひとつ欠けることなく、衆人監視の中で堂々とまかり通っているわけである。信じがたい腐敗ぶりと言う他はない。
丸橋氏らが厚生省に直接働きかけたこともあり、現在の群馬県の指導医療官のポストには、地元の利害とは関係がない中央採用の人物が就いている。しかし、「状況はまだまだ改善されていない」と丸橋氏は言う。
「審査委員会の方はほとんど変化がない。大学関係者が二人だけ加わりましたが、あとは医師会の息のかかった人物ばかり。医師会の会員たちが、自分たちの都合のいいように、甘い汁を吸える利権構造は今でも温存されたままなのです」
やりきれない話であるが、こうした癒着と腐敗の構造は、群馬県内だけに見られるものなのだろうか。そう尋ねると、丸橋氏は躊躇することなく否定した。
「群馬だけではない。日本全国、どこへ行っても似たような構造になっています。歯科だけでなく、医科も大同小異です。これを根本的に改革しない限り、被保険者が支払う保険料を悪徳医師が食いつぶし、その結果、医療費が高騰したといっては、患者に負担増を求める悪循環を断ち切ることは絶対できません」
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元指導医療官の告発
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癒着の構造について考えるとき、鍵となるのは、全国で約100人を数える指導医療官の存在であろう。指導医療官は、本来、地元の医師会からも、地元の官僚からも一歩距離をおいた存在であり、「医療費Gメン」とも呼ばれている。この制度が十全に機能すれば、不正摘発に一定の力を発揮できるはずである。
ところが現状はそうではない。ベテランの指導医療官のB氏は、「我々の置かれている立場は、非常に不安定なんですよ」と、実情についてこう語る。
「指導医療官は、医師免許を持った人間がなることと定められている。そのため、厳しい審査をしたりすると、医師会側から『同じ医者なのに、裏切り者め』と、激しい反発を買う。逆に役人の側からすれば、単なる『捨て駒』にすぎない。非常に孤独な存在であり、それゆえ医師会側に取り込まれやすいのです」
指導医療官と医師会の癒着ぶりについて、当事者の立場から生々しい証言を寄せることのできる人物がいる。2年前まで歯科指導医療官を務めていた佐藤一郎氏である。
佐藤氏は、京都府で歯科指導医療官を務めていた92年から95年の間に、府の歯科医師会の幹部や府内の歯科医師などから審査に手心を加える見返りに、計420万円の賄賂を受け取るなどして、95年3月に懲役2年6ヵ月、執行猶予3年の判決を受けた。
執行猶予中の佐藤氏を自宅に訪ねると、重い口を開き、ぽつりぽつりと自身の体験を語った。
「おカネを受け取ったのは事実です。今となっては遅すぎますが、何と愚かなことをしてしまったのかと、我ながら情けない思いでいっぱいです。
当然のことながら、指導医療官の職は解かれ、420万円の追徴金を支払い、歯科医師免許も取り消されてしまいました。自業自得と言われればそれまでで、人様の同情を買う余地はないのでしょうが……」
佐藤氏が犯した贈収賄という犯罪それ自体については、当然のことだ。しかし、その「犯行」に至る経過をみてゆくと、気の毒な側面もないではない。
彼個人を断罪するだけでは、本質を見誤ることになると、事件の消息を知る関西の医療関係者D氏は語る。
「もともと三重大医学部口腔外科の助教授をしていた佐藤さんは、国立京都病院の歯科医長に転出後、請(こ)われるまま、ドロドロとした地域の医療界の現実を知らずに、指導医療官となった。彼とすれば、当たり前のやり方で、審査をしていたつもりが、指導の件数が前任者の数倍にもなってしまった。
このままでは大変だと、懐柔工作が行われるようになり、結局、彼もその汚れた水に飲み込まれてしまった。そしてそれまで、なまじ厳格な指導を行っていたために、憎しみを買って密告されてしまったわけです」
再び佐藤氏本人の述懐に戻ろう。
「私が着任してきたときには、前任者が積み残した仕事が山積みになっていました。私も前任者にならって、仕事をせず、事なかれ主義を通していれば、問題は起きなかったのかもしれません。しかし、そんな『処世術』が私には身についていなかった。私としては、普通に仕事をしたつもりなんですが……
私が指導をたびたび行うので、府の歯科医師会の会員たちは不満を募らせて、執行部を突き上げたそうです。会員たちとすれば、『高い会費を払っているのに、なぜ佐藤を抑えられないんだ』という不満があったわけです」
京都府しか医師会の会員となるには、500万円近い入会金を払わなくてはならず、その後も、約23万円の年会費を納めなくてはならない。そのうえ、自民党などへ政治献金するための政治団体・日本歯科医師政治連盟に対しても、多額の会費を納入させられる。そうした支出の「見返り」として、レセプト審査で「手心」を加えてもらう、そんな『取り引き』が慣例化していたのである。「とはいえ、指導医療官の権限はたいしたものではない」と佐藤氏は続ける。
「実際には、お飾りのようなものです。いざ指導や監査をやろうとすると、事務方のハンコが必要になる。保健課の課長らがハンコを押さなければ、何もできない。そうした圧力のために指導や監査がつぶされたケースは多々あります。
府の保健課と医師会もべったりで、被保険者の利益を代弁すべき立場の支払基金もまた、彼らと癒着していましたから、被保険者の立場に立って不正を暴こうとする人間は誰もいないような状態でした」
「医療費Gメン」などと持ち上げられてはいるが、指導医療官の現実は、何のことはない、組織の中で汲々としている子役人と変わるところはないのだ。
「次第にやる気をなくしてきたときに、『他府県の例にならって、悪いようにはしないから』と、甘い言葉を節か医師会の幹部からかけられ、94年6月から『講演料』の名目で月に20万円ずつ受け取るようになってしまった。悔やんでも悔やみきれないとはこのことです……。
私のしでかしたことは、まったく弁解の余地がない。しかし、恥をしのんで、こうして、自分の体験をお話しするのは、私の事例を『他山の石』として、私のように何もかも失うような人間が今後は現れてほしくないと思うからであり、また、不正請求がまかり通っている土壌を変えなくてはいけないと痛感したからです」
そう述べてから、佐藤氏は、「ただ」と、一呼吸おいて、無念の表情を浮かべながら言葉を続けた。
「贈収賄というものは、本来、贈賄側も収賄側も、同程度の罰を下されるべきではないでしょうか。しかし、この事件で下された行政処分は、公平なものとはいえません。
私は歯科医師免許取消となってしまった。しかし、収賄側の処分は、府歯科医師会の尾上徹前会長と鈴木実元会長が6ヵ月の偉業停止処分、浅井計征元専務理事と今井和彦元常務理事が同4ヵ月というきわめて軽いものにとどまり、その後はまた元通り、医者を続けているのです。これはあまりに公正さを欠いているのではないでしょうか」
前出のベテラン指導医療官のB氏は、「佐藤氏を擁護するつもりはないが、彼ひとりをスケープゴートにして、それで終わりにしていいはずはない」と、怒気をはらんだ口調で言う。
「95年に佐藤氏の事件が発覚した翌年、全国の指導医療官が東京の厚生省に集められました。その会議の冒頭で、『もっと気をひきしめよ。綱紀粛正せよ』と訓示を垂れたのは、誰あろう、当時の岡光序治事務次官ですよ。
それから1年もしないうちに、岡光自身が収賄で逮捕されてしまった。つくづく、現在の医療行政の腐敗は根が深いな、と思い知らされました」
佐藤氏の事件は、医療界に「一罰百戒」的な心理的効果を、わずかながらでも及ぼしたかもしれない。しかし今まで見てきたような癒着の構造そのものに、大きな変化がもたらされたわけではない。レセプト審査のシステムを抜本的に改革し、不正請求を一掃しようとする動きは、ほとんどみられない。
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刑事告発に統一基準を
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問題点を整理しよう。
第一に、指導医療官は、地元と癒着することのないように中央で試験を行うなどして一括採用し、「医療費Gメン」の名にふさわしい権限を与え、不正摘発の任務にあたらせるべきであるが、今でも各都道府県単位で地元のコネによって採用される状況がだらだらと続いている。
第二、レセプトの審査委員会も、三者構成の建前が、全国各地で完全に形骸化している。地元医師会推薦の医師がメンバーを占めて、身内が身内を審査する現状は一向に改まる気配がない。また本来ならば、保険料を毎月支払う我々被保険者の利益を守る背金があるはずの支払基金や国保連も、不可解きわまりないことに、不正請求を厳しく審査していこうとする積極的な姿勢に乏しい。
第三に、何より根の深い問題と思われるのは、「診療報酬の不正受給は犯罪である」という当たり前の認識が、医療界や厚生行政の世界においては決定的に欠けていること、そして第四に、行政が刑事告発する場合でも、その基準があまりにも不明確であることだ。
刑事訴訟法では第239条2項で、公務員の刑事告発義務が定められている。安田病院の安田院長らが逮捕されたのも、大阪府がこの条項に基づき大阪地検に詐欺罪で刑事告発したためである。
問題は、告発に踏みきる基準が各自治体ごとにバラバラなことだ。数十万円程度の不正受給事件でも刑事告発が行われ、医師の逮捕に至るケースもあれば、数億円単位の不正受給が発覚した場合でも、地域によっては刑事告発が見送られるケースもある。これは明らかにおかしい。
保険行政は、国が自治体に委任した、いわゆる機関委任事務であり、地域差が許される地方自治体の固有事務ではない。従ってサービスも罰則も、全国で平等かつ一律に行われるべきであり、不正受給事件に対して刑事告発に踏みきる際の統一基準を早急に定める必要がある。また、そうでない限り、地域における医師会と行政と審査委員らとの構造的な癒着を断ち切ることは難しいだろう。
こうして並べていくだけで、不正請求を一掃するための手だてが何一つ打たれていないことに、改めて安全とせざるを得ないが、唯一、光が見えたとすれば、最近になってレセプトの開示が認められるようになったことだろう。
レセプト開示の運動を7年前に始め、今日まで引っ張ってきたのは、大阪の高校教師・勝村寿士氏である。90年12月、陣痛促進剤による自己のため、誕生後9日目に長女を亡くした勝村氏は、裁判の資料とするために、公立学校共済組合にレセプトの開示を請求したが、「厚生省の指導で見せられない」という理由で拒まれるという苦い体験を味わった。
「なぜ、自分たちのプライバシーに関わる情報を、自分たちが手にすることができないのか。この壁は何としても破らなあかん」という思いから、以後7年間にわたり、「医療情報の公開・開示を求める市民の会」の事務局長として、薬害問題を訴える他の市民団体等と連携しながら、厚生省との交渉を粘り強く続けてきた。
「薬害問題にしても、不正請求の問題にしても、根はひとつ、医療界と厚生行政の閉鎖性にあります」と勝村氏は言う。
「医療に関するすべての問題の解決のためには、何よりも医療情報の公開が必要です。レセプトの開示は、情報という『武器』を手にする第一歩。今はまだ、面倒な手続きを踏まなければなりませんが、その遠くない将来、病院の窓口で誰でも受け取れるようになると思いますよ」
医療問題は、同時に経済の問題でもある。この点を勝村氏は強調する。
「医療に関わる問題には必ず、背後に経済的な動機やりがいが控えている。レセプトという一枚の紙切れには、医療内容とその対価の情報が書き込まれているわけです。この情報を我々がそれぞれ『医療消費者』の一人としてフルに活用すれば、医療界の旧態依然とした厚い壁を突き崩せることができるはずです」
かつて日本医師会に快調として25年間の長きにわたって君臨し続けた故・武見太郎氏は、「医師会は高いモラルと技術を備えた職能集団である」と公言してはばからなかった。
頑(かたく)なに「医師性善説」を信奉していたはずの武見氏は、しかし生前にこんな言葉も漏らしていた。
「(医師の集団は)3分の1は学問的にも倫理的にも極めて高い集団、3分の1はまったくのノンポリ、そして残りの3分の1は、欲張り村の村長さんだ」
医師会は、武見氏自身の言葉を借りれば、「自由主義経済化における開業医の独立を守る」誇り高い組織であったはずなのに、気がつけば、「欲張り村の村長さん」だらけになってしまっていたのではないか。
安田病院のような事件を「稀有な例外」として片づけてしまうのではなく、逆にこれを奇貨として、保健医療システムの真の改革につなげていくべきである。