ある女性と出かけた。


二人並んでも妨げにならない位の広い道を歩いていると、彼女が知らない人にぶつかられ、荷物を落とした。
そしてぶつかってきた人も鞄の中身を落とした。


謝らずに荷物を拾いはじめたその人の荷物を彼女は笑顔で拾ってあげて、気をつけてと見送った。


相手もありがとうと笑顔で去っていったのだが、私は謝らないということに疑問と不満を持って 彼女にその事を伝えると 帰ってきた返事は



「気付かなかった!」



小さな子供でも大人でも
人は自分に非がないことを主張する。


僕やってないよ
それは私ではありません


本人に言えなければ尚更
誰かに愚痴をきいてもらいたいとか
少しは不満を感じるものだと思っていた。



それゆえに
多くの人が彼女に甘えて
自分の負の感情をぶつけすぎて
彼女から笑えなくなってしまったことがあったという。

だから今は自分の中に ? が浮かんだ時は
逃げるようにしているらしい。
今はいつも穏やかで笑顔で太陽のような人だ。

そういうのって卑怯よね
ポツリと彼女は言ったが

他人と同じように自分にも優しくしてあげてくださいと返したら

じゃあ、いいんだねぇと笑った。



私はまだ気付いてしまうけれど
不満や不安に振り回されていたら
何か素敵なことを見逃してしまうかもしれない。


自分という器にどれだけ楽しいことを入れられるか?
今日からこれを私のテーマにしよう。


もちろん
私も彼女も聖人君子ではありませんので
多少の毒はスパイスということで。




やらなきゃいけないこと
やりたいこと
やった方がいいこと

約束事やはずせない公的なものに関しては
よいしょと重い腰をあげるが
余裕があると思うと
そこだけ妙な引力があって動けない。




買い物
掃除
誰かに会う

すべて後回し


理想や志は高いのに
伴わない行動
やり始めれば夢中になるのに...


自分を律するのは難しい。



怠けて動いて
少し怠けて
たくさん動いて
なんとか帳尻合わせているけれど

そんなことではいつまでたっても理想は手に入らない。


そんなナマケモノのルール

「1日1つは面倒な事をやる」

志は低い。





14年ぶりに元先輩から連絡が。


「明日飲まない?」


仕事はぎゅうぎゅうで、心も体も休みを欲していたけど、懐かしくて、お世話になったし、何より会いたい一心で重い体を引きずりながら会いに行った。


私が飲んだり食べたり、必死におしゃべりしているのを見ながら
今、目の前にいる私にメールをくれた。


当時から変わり者で有名だった先輩。
何となく気があって可愛がってくれた先輩のメールには、少しの弱音と私と会えて元気が出たと書いてあった。



私は何も出来ません。
ただそこにいるだけです。


一行の弱音になんと答えればいいのかわからなかったけど、それを伝えられる位には私は成長出来ていたのでしょうか?



そうであれば
少しは恩返しできましたか?



出会った頃の先輩の年を越してしまった私はいつまでも後輩ですが、少しでも心を軽くするお手伝いが出来たなら
とても嬉しく思います。



お互いに未熟なまま
お互いに成長しながら

また会える日を楽しみにしています。