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らむねが大好きすぎている

愛犬らむねと私 の心地よい暮らしのカタチを記録しています。

先日、とある場所にいる犬に会いに行ってきた。

事情があって、広い敷地の家に一人残っている。

まぁまぁビビりな犬だった。




風でヒラヒラとはためく布にも
ビクゥっとするくらい。

でも初めて会った私の手からおやつ食べれるんだから
きっと大丈夫だよね。






すごく可愛い顔しているんだよ。



冬毛がやばい!

もっと仲良くなってブラシして、お顔を拭いてあげたら
里親さんなんて
すぐ見付かっちゃうんじゃないかって思うんだ。


ここには夏までしかいられないってお話だから
それまでになんとかしなくっちゃ。







怖がりだったら大変かも、とか思うかもしれないけど
結局は、その犬の個性をどう見るかってだけな気もしている。


色んな姿を見せてくれる犬を楽しい犬と言うのか
落ち着きのない犬と言うのか
ほとんどは、たったそれだけなんじゃないだろうか。

なかなか上手く伝えられないのが悔しいんだけれど
わたしが教えてもらって、この心に芽生えた想いっていうのは
そのままで、もうじゅうぶん大好きだよ ってこと。

犬と暮らす誰かが
その心に何を想うかで ぜーんぜん変わってくる。




それが本当の想いになった時に
私は犬が大好きになった。
これまでとは違うシンプルさで。


なるべく個性を殺さないようにしたい。

私と君が、どっちかっていうと君のが少し快適に生きていける。
それで良い。

だって君は、わたしと生きることしか選べないんだからさ。


そして それは
して差し上げてるのとは違うんだよ。
したいから するのであって。

して差し上げるってお話しは、
どうにも居心地が悪いのだ。
(それはきっと わたしにも して差し上げ時代があったから)










この日

雨に濡れながら、おっかなびっくり近付いてくる
可愛い顔の君を見ながら、わたしが大事にしている根本を思い出したんだ。
去年の今頃

らむねは初めて登山をした。


登山といっても、その時は予想外にも
舗装されたアスファルトの急斜面を駆け上がる

というものだったけれど。

 

あの時は辛かった。
辛すぎて笑ってしまった。




今年も、犬好きたちと山に来た。



今回は箱根の金時山へ。

よく晴れて富士山が美しかった。




結論から言おう。

初心者には、犬連れで金時山はおススメしない!




こんな筈ではなかった感。





いやいや、こんな優しい道ではなかった。

道なき道(に感じる)だった。



らむねは自然が自分のフィールドで

まるで、そこに住んでいるみたいにぐいぐい先行する。



こっちは、ついていくのに必死だ。


常に先行する。



そして、その姿は
ひどく凛々しい。



リードやハーネスが、なんて不粋なんだ。



下山は特に早くて思い出の写真なんて撮れやしない。

唯一撮れたのは展望台でのこの一枚



いつもの無表情である。




きっと

自然の中で暮らしたら幸せだと思う。



一人でも、生きていってしまうんじゃないかと
そう思うくらい、生き生きとしているんだ。


車の音が聞こえた途端に歩みが遅くなって
今までの自信に満ちた らむねは
ヨチヨチ歩く弱々しい犬に変わる。

でも、すごく成長した。
道路の近くでもKONGを楽しむことが出来るようになったんだから。




ふにゃふにゃ言いながらね。



もう山登りをしても
バタンと倒れて眠ることはない。



すっかり大人になった らむねに
寂しさと嬉しさ どちらを感じようかって
心が迷ってるよ。


最後に

バタンと倒れて休憩してる犬。



彼の名前は
チョべ・デ・ニョキノフ

ベスト登山賞をあげたいと思う。




写真を撮ってくれた皆さん、ありがとう!!
先日、ボランティアトリミングをしている
人たちにくっついて行く機会を頂いて
千葉県の愛護センターまで行ってきたのだ。

わたしは犬と遊べば良かったので
それはそれは楽しい時間を過ごさせてもらった。

どの子も可愛いんだよ。

鼻がハート型のあいつ




職員さんの作ってくれたウッドチップのランがすごく気持ちよくて
犬と一緒に寝転んで少しウトウトしてしまったよ。




犬は美しいね。





正直に言うと センターに行って
また心がぐしゃぐしゃになったらどうしよう
って少し怖い気持ちもあったんだ。

あの人たちの顔も空(くう)だから
私の気持ち次第で悲しそうにも
絶望しているようにも見えてしまう。


でも
今回は、目の前の今を認識したよ。

そして
この無機質でひんやりとした空間はなくなればいい。ただ、そう思った。

怒りも必要以上の悲しみもやって来なかった。

きっと愛する力がついて、心が強くなったんだ!


らむねのおかげでもある。
ありがとう。




説明できないから簡単に言ってしまうけれど
ご一緒させてもらったのは
犬に負担のないトリミング(グルーミング)をする人たちなのだ。
いろいろな信条で犬と関わっている人がいるけど、
「可愛いが正義」であるわたしにとって
犬が本当に好きって気持ちで繋がると思うと近くに感じる。
そして、やっぱりヘンで
だからこそとても面白く愛すべき人たちだった。

それからね、
トリマーじゃなくてグルーマーだ。と言っていて
その響きがロックで格好良く感じたのはきっと
それを口にした人が格好いいからなんだと思った。

わたしは彼らをグルーマーと呼ぼうっと!



違う種族を想う。



わたしは人間で、
いろんなことを考えることが出来る。

だからいろんな方法で犬によせることが出来る。
気持ちやら生活やらをね。

可愛い君たちが快適にストレス少なく生きてくれることこそが
わたしの楽しみなんだ。

それって本当にすごくハッピーだよ。
お前は感じるままに生きろ





そう言われたんだ らむねに

 

感じたのは犬が好きってこと。


いつもそうだけど
心を辿っていけばとてもシンプルなんだ。


愛は安売りでかまわないじゃないか。

らむねがそう言うなら きっとそうなんだろうね。
少なくとも わたしの中では。
 




何をこの心に持っていこう

何を捨てよう


それを、ずっと考えていた。

きっとたくさんはいらないから。




可愛い。君が大好き。

それに付随して返ってくる想いは最高のおまけ。

残すものは それだけ。

 
だから
わたしは君たちと楽しく過ごすだけでいい
遊ぶだけでいい。



 
というわけで、私はペットシッター的なことをやることにした。


的というのは、よくあるペットシッターはあんまり楽しくなさそうだから

もっと犬とイチャラブできるシッティングがいいなぁって思っているんだ。

 
あとはね、ボランティア!

怒りじゃない、悲しみでもない

ハッピーなボランティアをやりたいの!




考えるのが好きだ。

生きてること、この感情の源、らむねに早く会いたい、とか
なんであんなに可愛いんだろうとか。

 
最近のお気に入りは
わたしの先生が教えてくれた「空」

正しく理解したい人はちゃんと調べてくれ!

 
たくさんの学びから今の自分が出来上がったのも
同じ学びで違う仕上がりになるのも、
きっとそういうことなのかもしれない。

この世の全てが「空」なんだ。

それは、すごく面白くて
今、わたしは空に夢中。

 

子供の頃から考え続けてきたあれこれは
今も同じようにあって

それは
BGMのようにずっと流れ続ける。

 
でもね、今はもう不安でも不快でもない。


なぜなら

わたしである
ということを大いに楽しんでいるからなのさ。

自分を愛するってこんなに素敵なことなんだって知らなかった。

 

愛は溢れてくるからね。

だから安売りでかまわない。

ほらね、
らむねの言う通り。

一緒に遊ぶようのオヤツとか
知育玩具にいれるオヤツとかを
作ってみたりしている。


これは、お芋の何か



お料理に対する完璧を求めない自分の姿勢を
割りと私は気に入っている。

はよ くれ
と、足元で待ってる らむねが喜べばOKなのさ。


待って なんて思ってもないのに
勝手に待ってプルるひと



これ百均のオモチャで、すっごく楽しい!

中にオヤツが入れられるから

うちの犬ヒマしちゃってるなぁって思う時に
良いと思ったんだ。

実際にヒマかどうかは さておき。


長い時間はもたないから、家事の合間とかさ。



コロコロさせてる犬が可愛くて
結局、応援したり写真撮ったりして
用事終わってないことのが多いけれど。


次は何して遊ぼうか。

どうやって楽しく過ごしてもらおうかって
考えることが、もうすでに楽しいよ。



もうすぐ豆まきだね!
ふふっ