「ブルース」と「ドラゴン危機一髪」で共演した、俳優「トニーリュウ」現在も俳優活動を続ける彼が「ブルースリー」の思い出を語ります。
「ドラゴン危機一髪」に出る前、僕は助監督をやっていた・・・ローウェイ導演の元で。ある日、僕が空手をやているのを知り、「ドラゴン危機一髪」のボスの息子役で出たんだ・・。ブルースは最初空手なんか習うなと言った、空手みたいな古臭い物忘れろとね・・・ケンカは自由にうごくもので、間合いが大切だ・・ブルースは色々教えてくれたよ。」
「彼はすごく強い意志を持っていた、70年当時はティロンとデビットチャンが大人気だった。型にはまった闘い方でね・・。ブルースは動作導演(アクション監督)にこう言った。
「今後、彼らの映画より僕の映画を見る人が増える・・・・本当にこういったんだ・・。彼は凄い自信家だったよ」
え~「トニー」氏が言うところの「型にはまった闘い」というのは、「邵氏(ショウブラザーズ)映画」に限らず昔の
香港動作片(アクション映画)に見られる、アクションシーンのことだと思います。いわゆる「マニュアルどおり」というか、「お手本」のような「組手」とでもいいましょうか・・・。
写真は1972年の、「邵氏(ショウブラザーズ)映画」「続 拳撃 悪客」張徹 導演 領衛主演:狄龍、姜 大衛
で、この作品は倉田氏の香港映画デビュー作でもあります。(ちなみに、この倉田氏とよくドラマや映画で共演する、ヤンスエ(現在ボロ・ヤン)が出ています)この映画でも、トニー氏がいうところの「型にはまった闘い方」が繰り広げられます。でも、ティロンはカッコイイ♪)
「それにアメリカから帰った彼は考え方も成長していた・・武術以外に芝居の事も分かっていた・・。彼からは色々学んだよ・・当時香港人はあんなすごいキック、ほとんどみたことなかった・・・。」
「彼は頭もよかった・・・香港に着いた夜にまずテレビ番組に出演した。その番組で、実際に空手をやっている人に板を持たせて本気で蹴った。彼は蹴るときに一気にその近くまで来るだろ?そして腰の力で蹴る。足だけで蹴っても、そんなに力は入らない・・・彼は腰を使い、近くまで来て蹴るんだ」
「彼のサイドキックは、飛び込んできて腰の力で蹴るんだ・・・彼はいつもキックの為に腰の力を鍛えていたんだ
だから蹴られたら吹っ飛ぶ・・・。テレビでも、相手は吹っ飛んだ・・・」
「あれは本物のクンフーだと視聴者は思ったんだね・・・ブルースリーのクンフーにみんな納得したよ・・・。
ロケ地のタイで(ドラゴン危機一髪のロケですね)彼は毎日夜になると、ランニングをしていた・・・僕もよく彼と走ったよ。走りながらパンチの練習はよくするけど、だけど彼はキックを練習していたんだ・・・走りながらだぜ?!」
写真は格闘家「須藤元気」氏。彼の「ブルースリー」への印象とは??
「いい声をしているなあと・・アチョー、アチャーって・・・どこから声を出しているんだろうと・・・ひとつひとつのアクションに、気合入ってて・・・それが印象強かった」
須藤元気が「ブルースリー」の映画を初めて見たのは1998年、20でアメリカ留学中に見た「燃えよドラゴン」だった・・。ブルースを真似ようと思ったのは・・・。
「実践的なところでは、半身の構えです・・・ブルースを見て半身の構えがいいと思ったのは、何故かというと~
正面を向いていると殴りあっている時に、顔面にパンチをくらうので半身だと頭ひとつ分遠くなる・・相手のパンチ
がなかなかヒットしなくなる・・・。自在にかわせる、自在に攻撃できる・・・武術家たる所以、強さであると思います」
久々に再開いたしました・・・いや、しかし「ブルースリー」が鮮烈なるデビューを飾り、「全く新しいアクション」を
全世界に知らしめてからは、トニー氏曰くの「型にはまった闘い」はすぐに「過去の物」となってしまったんですね
動作導演(アクション監督)の「劉 家良(ラウカーリョン)」氏が「香港映画のすべて」で「とにかく余計な動きは
一切必要ない・・・相手が打ってきたら、自分は更に素早く打つ・・・これだけのことなんだ」と語っています・・。
その「素早くかつパワーのある」クンフーで「悪党」をのしてゆく「ブルースリー」のアクションは実に「爽快、胸のすく」感じですね。