当時の気持ち。
この時、自分は妻の状態を「ステージⅣ、遠隔転移」の状態と聞き、やっぱり、予後(余命)を調べていました
当時は「がん=死」の病気で、そう遠くない将来にその日がやってくる。そして、医師からもそのことを告げられると、ばかり思ってました。
そして、それを覚悟し、この先、限られた時間をどう過ごすか、どのようにするか?ということが頭の大半を占めていました
自分の妻、子供達の母親として、悔いのないように、できることを、いい思い出をたくさん作って~という想いが強かったです。
この時の主治医は、自分の予想に反して、余命宣告の時期、タイミングではないと。
そして、今ある、できる最善の治療をちゃんとして、それでも駄目ならそうなるかもしれないと、言われました
誰でも癌宣告されると、瞬時に最悪の状態を想定するんじゃないかと思います。
そして、身の回りの整理を始めたり、その時に備えて終活?始めたりと。
でも、この時の主治医はそんなことは、「まだ」必要でないと強く言ってくれました。
この時の主治医との面談、ものすごく強く印象に残っています。そして、この面談があったおかげで、あきらめず、最善の治療を妻にしてもらって、その先を前向きに考えることができるきっかけにもなりました
もし、この時に「余命は3年です」とか言われていたら、おそらくその時に向かって、すべてを考えることになっていたと思います。
あらためて、今の主治医、前の主治医もそうですが、最初に担当してくれた主治医にも感謝いっぱいです
「妻に未来はない」のではなく、「未来のために治療をする」のだと教えてくれた先生でした
癒しです、もずく
参加してます^^;
#乳がん #乳がん闘病記
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