「なんだってー!」

ガシャン!!
思わず悟天は母親の顔をのぞきこんだ。
チチがテーブルに手をついて
4つのお茶がみごとにひっくり返る。
山盛りの肉饅頭がぐらぐらゆれた。

「お母さん・・・・」

悟飯は慌てて布巾を手にとり
几帳面にテーブルを拭く。
その様子を見て悟天はニヤニヤ笑っていた。

「おめえ、それ、ほんとけ?
本気でかんがえてんだか?????」

動きを止めた悟飯。
悟飯はそっと上目遣いで母親を見ると
さっと頬を赤くした。

「そうですよ、お母さん…
だけど今すぐと言うわけではありません。
僕も
彼女もちゃんと大人になってから・・・・」
「だどもだども…
ああ
たいへんだ
おめえたちもそういう年頃に
なっただかぁ・・・」

チチはあわてて悟空の方を見た。
しかし
悟空は話にてんで加わっていない。
悟空は皿の上の肉饅頭のほうが気になるようだった。
どの饅頭が大きいのか
さっきからどうもそのことが気になって仕方がないらしい。

「はぁ・・・
悟空さ・・・」

そのとき。
悟天が口からつばを飛ばし
我慢できずに口をはさんだ。

「お母さん、
兄ちゃんとビーデルさんが結婚したらいいなって
ずっと
いってたじゃない?
お姉ちゃんはお金持ちだし
おうちも大きいし

大好きだよ!」
「子供が口はさむんじゃねえ!」
「・・・子供じゃないもん」
「お小遣いが目当てだか?」

頬を膨らませた悟天は母親の顔をにらみこんだ。

「ちがうもん」

チチは悟天の頭を押さえ込むと
ため息混じりにつぶやいた。

「これは大人の話だ。
・・・それで、おめえたち、
いつのまに・・・・
何でそういうことになっただか?」
「なんでって・・・」
「いきなり・・そんな・・・
結婚するだなんて・・・
一気にそこまで行くか?
普通???」

どうも自分の過去は
忘れているらしい
チチであった。
さっきから既に空になっているどんぶりを抱えていた悟空。
チチの手付かずのどんぶりにもそっと手を伸ばす。

ぴしっ!

チチが悟空の手をはたいた。

「いてぇよぉ…」
「悟空さ!!
おめえくってばかりじゃないか?
悟飯ちゃんの話をちゃんと聞いてるべ?」
「聞いてるよぉ…
おらさぁ
はらへってんだよ・・・」

超3まで極めた天下無敵の悟空にも
勝てない相手がここにいたようである。
悟空はしぶしぶ
チチのどんぶりから手を離した。

「わりぃ、悟飯。
これくっていいか?」
「ああ、いいですよ、お父さん。
どうぞ食べてください。」

悟飯はにっこり笑って自分の目の前の食べ物を
父親の前に寄せるのであった。

「サンキュー、悟飯!」
「はい。」

「ああ、
くってるばあいじゃないべ!!!」

チチは頭を抱え込んだ。

「これじゃどっちが親だかわかんないべ…」
「お母さん、
お父さんは久しぶりに生き返ったんですから…」
「悟空さ
おめえはちょっとも成長してないべ」
「おら死んでたからなあ」

そう言って悟空はからからと笑った。

「で…悟飯、結婚するったって、
おめえしってんのか?」
「な…なにをですか、
おとうさん!!」

とつぜん話題をふられて悟飯は真っ赤になった。

「ご、
悟天がいるんですよっ!
何を言い出すのかと思えば…」
「ご、悟空さ!」

固まるチチ。
みんなの顔を見比べる悟天。

「結婚ってさあ、
食いもんじゃあねえんだぞ?」







悟飯は自分の部屋に戻った。
デスクに向かって本を広げた。
しかし頭にはいりそうにもなかった。
さっきの父母の会話を思い出してみる。

考えてみれば自分は今までどのくらい家族がそろった食卓で
ああいう風に食事をしたのだろう?
ピッコロさんと修行した以前のことはもう覚えていない。
お父さんが始めて死んだときの記憶さえも確かでない。
ナメック星で超サイヤ人になったお父さんをみたものの
お父さんは地球に帰ってこなかった。
ヤードラットから戻ってきてあのセルゲームまでの間
ほんとうに
その間だけだったのだ。

セルゲームのことを
思い出すのは今でも辛い。

悟飯は自分で記憶の糸をきろうとした。

悟飯は立ち上がり
明かりを消した。
目を閉じて
床に直接横たわる。

思い出そうとする
指先の感触を
腕の中の温かさを
あの
甘い香りを。

まるで彼女が
自分の上にのっているかのように
その重さを思い出そうとする。
彼女の息遣いが
耳に聞こえるような気がする。

悟飯は小さくその名を呼んだ。

「セルゲームのときの
金髪の子供は悟飯君だったのね?」

彼女はそう聞いた。

「セルを倒したのもあなただったのね?」

そういわれて悟飯は静かにうなづいた。
もう隠しても仕方がないと思った。
しかし
これで終わりかもとも思った。
あの時の自分は
本当の僕じゃない。
あれは
闘うことに操られたただの兵士だ。
僕は
本当に
セルを

コロシタイ

と思ったんだ。
そして本当に

コロシタンダ。

この手で。

セル戦が終わっても
僕には何一つ残らなかったんだ。

僕は
ずっと
そのことを
誰にもいえないで
一人で
生きてきた。

自分の手のひらだけを見つめて
生きてきた。

僕はおそるおそる
彼女の方を見た。
ビーデルさんの頭の上には
底抜けに蒼い青空が広がっていた。
雲ひとつない。
まるで
彼女の
きれいな心のような
高い空。
そしてどこからか
若葉の香りがしていた。
それが
彼女のにおいだったんだ。

でも
僕はそれを見続けることができなくて
ビーデルさんの横から立ち上がろうとした。
つらくて、とても苦しくて
もう彼女の顔が見られなかった。
僕は
正義の味方なんかじゃない。
自分の家庭さえ守れなかった。
お父さんを死なせ
お母さんを泣かせ
悟天からは普通の家庭を奪ったんだ。
自分の弱さが
彼女の前ではこんなに簡単にでてしまって
僕は
もうどうしたらいいのかわからなくって
とにかく
ここにはいられないと思ったんだ。

「私たちを助けてくれたのは悟飯君よ」

そのとき
ビーデルさんがそう言って
僕の手をとってくれた。

「セル戦のときも
今度のことも」
「本当に…そう思うの?」
「そうよ」

僕は
芝生の上に
押し倒されたようになった。
彼女は僕に体重を預ける。
しっとりとした
滑らかな彼女の
白い肌が
僕の
体に触れてくる。
目の前に
彼女の大きな瞳があった。
きれいな
やさしい
彼女の瞳。

「みんな
悟飯君は死んじゃったと言った…。
でも
私にはわかっていたの
悟飯君が生きているって。」

彼女の体が
僕の上にある。
彼女の体温が
僕に溶け込んで
彼女の髪が
僕に巻きつくようで
僕は
どうしたらいいのかわからなかった。

彼女は僕の上で涙をながした。
小さい肩が
細かく震えて
水のしずくが
僕の胸に落ちてはながれた。

「悟飯君が…」

僕はやっとの思いで
彼女の背中に両腕を回して
そっと彼女を抱いてみた。

「本当に生きていてくれて…」

僕は眼を閉じた。
体に触れる彼女のすべてに神経を集中させた。
背中にくる
しびれるような喜び
僕を
熱くする震えるような喜びが
ここにある。

「約束を守れてよかった。」

僕は小さくつぶやいた。

「こうして
君とまたあえた。」


僕の唇に
冷たい感触。
それは唇から
頬へ
うなじへと。
僕も
彼女に答えたい。
彼女を
この手で
感じさせたい。
僕のこの指で
僕のこの唇で。

僕は彼女を抱いたまま
体の位置を入れ替える。
彼女は小さく
声をあげた。
そして
はっきりと
いったんだ。

「いいよ。」
…って。

彼女が下に
僕が上に
僕らは
ひとつの生き物のように
お互いを絡めあって
そして
確かめ合った。
僕たちの気持ちを。

彼女の
ちいさな顔を
僕は
大切になでさする。
そして耳元に唇を近づけて
こう言った。

「これからは…」
「え?」
「君とずっと…こうしていたい。」







夜明けが待ちきれなくて
悟飯は彼女の家へと空をとんだ。
冷たい風が通り過ぎていく。

彼女はどんな顔をするだろう?
僕を待っててくれてるだろうか?

辛いこともあった。
悲しいこともあった。
でもすんだことはもう忘れたい。
振り向くのはもう止めよう。

僕は
彼女と
生きていく。

kiss



一日が終わり
チチは一人ため息をつく
悟飯がピッコロの下に行ってもう10日になる。
チチには何の音沙汰もなかった。
悟天はもうねむっている。
今度起きるのは明け方だ。
少し、楽になった、と思った。
朝までは、自分の時間だ。
チチは、ようやく自分を振り返ることが出来るようになった。

この一年のことを。

自分のことで精一杯だったのかもしれなかった。
悟天のことで精一杯だったのかもしれなかった。
悟飯が余りにいい子だったから、
それに甘えていたのかもしれなかった。
悟飯はピッコロが連れて行った。
またあの時と同じだった。
悟空が、ラディッツに殺されたときと。
チチの心は震える。
冷たい風が吹く。
いずれにせよ、まだ涙は乾いていない。

いくらそれがあふれ出なくても、
チチの胸の奥底には、
深く冷たい涙の
河が流れていた。

なんでオラを一人にするだ・・・。

チチは、サイヤ人を愛したことを間違ったとは思わない。
しかしこの寂しさは埋めようがなかった・・。


チチは、外にでる。
冷たい空気が体を包む。
夜空を見上げる。
このどこかにあの人はいる・・・。
悟空・・・。


「チチ・・・。」

そのとき。
聞き覚えのある声がした。
チチは思わず周りを見回した。

「悟・・・・?」

こうこうと光る月。
それを背景にして一人の男のシルエットが浮かび上がった。

「悟空さ・・・か?」

見覚えのあるその面影。
忘れもしないその瞳。
悟空は黒髪の姿でチチの前に降り立った。

「あいたかった・・・。」
「ほんとに悟空さか・・・」

チチの前にぼんやり浮かぶ淡い姿。
チチの方に手を差し伸べる。
チチは思わず手をつかもうとした。

「あ・・・?」
「すまねぇ・・・」

その手は空を切る。

「おめえを抱いてやりてぇんだが・・・・」
「だめだか・・・・さわれないだか?」

悟空はチチに近寄った。
本来あるはずの肉体は、もうない。
それでも悟空はチチの体を抱こうとした。

「わるかった・・・・オラ、おめぇをひとりにして・・・
ゆるしてくれ。
悟飯の事はピッコロに聞いた。」
「悟空さ・・・」
「おめえは間違ってねえ。
おめえが悟飯を愛しているのはオラが一番判っている。
こんなときにおめえを守れないオラを許してくれ。」
「悟空さ・・・。」

チチも悟空を抱こうとした。
その手はむなしく空を切る。

「すまねえ、すまねえ、チチ・・・」 
「悟空さ・・・もういいだ。」

チチは悟空の頬のあるべきところに手を当てた。

「オラ、こうして会いにきてくれただけで・・・。」
「チチ・・・」

悟空は精神体として現れた。
チチの悲しい心が、悟空を呼んだと言った。

「おめえが好きだ。
この手で抱きてぇ。
抱いてやりてぇ。
あの世に行ってからもおめぇを忘れた事はねえ。
すまない、チチ。」

女なんて、バカだ。
チチは思った。、
苦しかった事も、悲しかった事も大好きな人のたった一言で忘れられる。
悟空さがここにいる。
たとえ、お化けでも幽霊でも。
悟空さは悟空さだ。
たった一人愛した人だ。
子どものときから、ずっと愛していたのだ。
この人のお嫁さんになる事を願って生きてきたのだ。

チチの心に明かりがともった。

・・・オラは、自分の子どもを信じる。
そして守る。
オラはオラのやり方で。

チチ・・・

悟空がささやいた。

悟空さ・・・・感じるだよ。
オラ、悟空さの体温を感じるだよ。
生きていたときよりずっとずっと感じるだよ!

悟空がチチに手を伸ばした。
チチはそれに答えようとした。
悟空がチチを抱きしめた。
チチはそれを間違いなく感じ取ることが出来る。
チチのまとめた髪が・・・解けた。

「悟空さ・・・・幸せだ・・・」
「チチ!!」

悟空が、チチの唇をふさいだ。
激しくチチのそれを求める。
チチも悟空のそれに答えた。
空には満天の星が光る・・・。

死んでしまえば、すべてが終わるのだろうか?
みんな消えてしまうのだろうか?


たとえ肉体が消え去っても、想いは残る。
命が消えても、思い出は裏切らない。
たとえこれがまぼろしであっても、
チチは、悟空との愛情を心のささえにして
多分、これからも、生きていける。

悟飯と、悟天の母として。