
眠れない夜。
長い闇。
風の音さえしない。
寝られないのは着慣れないパジャマのせいだ。
ベジータはそう思いたかった。
ベジータは見てしまった。
二人の超サイヤ人を。
フリーザを倒した未来からの超サイヤ人の少年。
それに驚く暇もなく
とうとうカカロットは帰ってきた。
一回りもふた周りも大きくなって。
そしてその姿をベジータの前にあらわした。
二人の超サイヤ人。
伝説の最強のサイヤ人。
まさに戦闘神。
金色の戦士。
フリーザが唯一恐れた超サイヤ人の姿を、
ベジータは見てしまった。
その圧倒的な二つの気は
ベジータの気持ちを「完全」に打ち砕いた。
…フリーザに勝つわけだ…。
フリーザが弱いはずがない。
ベジータが、今まで散々支配された男だったのだ。
あいつを倒し自由を得ることだけが目標だった。
それだけが。
夢はかなわなかった。
絶対的な力の差に涙まで流してしまった
ベジータである。
そのフリーザを、超サイヤ人の少年はいとも簡単に倒した。
ベジータの目の前で。
オレだけじゃないのか。
オレこそが
伝説の超サイヤ人になるはずだったのじゃないのか。
オレは今まで何のために耐えて来たんだ。
…自分の運命に。
一度はカカロットを認めたベジータであった。
敗北が決定的になり
ナメック星で命を落とそうとしたとき、
ベジータはフリーザとの決着をカカロットにゆだねた。
しかし。
実際にベジータは見てしまった。
自分がなれなかった、
伝説の二人の戦士の姿を。
眠れないベジータはベッドの中で何度も寝返りを打つ。
自分とのあいだにある、下級戦士との力の差。
ベジータはがたがた身震いした。
なぜ。
なぜ。
ベジータを支えていた砦。
サイヤ人の王子としてのプライド。
プライドがカカロットを許さない。
「下級戦士にこのオレが劣るなんて。」
ベジータは、思わず呟いた。
この悔しさは理屈ではない。
王子の血を否定されること。
それはベジータの死を意味するのだ。
このこだわり。
このプライドこそが彼の全てなのだ。
そのとき。
「よう、ベジータ」
ベジータは驚いた。
突然のことだった。
聞いた事のある声がする。
横たわるベジータの目の前に
黒髪のカカロットの顔があった。
「な、なんで貴様がここにいる?」
目の前でニコニコする男の顔を見て
ベジータは目を丸くした。
「ああ、なんだかなあ、
おめえの気を探っていたらここに出た。」
「勝手なことするんじゃない!」
「んなこといったってさあ…」
カカロットが顔を近づけてくる。
「やめろ。」
ベジータがそれを押し戻そうと暴れた。
「何が嬉しくて
貴様とおんなじベッドで寝てなきゃならないんだ!?」
「まあいいじゃねえか
嫌がるんじゃねえよ、ベジータ。」
「嬉しいわけないだろう」
カカロットはおき上がろうとしているベジータの手をつかんだ。
「さわるな!」
「まあ、まてよ」
カカロットはベジータの身体を自分のほうに寄せた。
悔しいがノーマルの状態でも
ベジータはカカロットにかなわない。
皮膚に触れるカカロットの肉体からは
激しいエネルギーが感じられる。
ベジータはそれを身体で感じずにいられなかった。
畜生
わざわざ見せ付けやがって!
「ちょっと会いたかっただけだ。」
カカロットに悪気はない。
無邪気な気だけが溢れていた。
それでもベジータはカカロットから身体を離した。
「おめえはすぐ怒っていけねえや。
少しは話を聞けよ。
オラはおめえと修行してえだけなんだから。」
「修行だと?」
「そうだ。
オラの相手は
おめぇしかいねえ。」
「オレはごめんだ。
貴様と修行するくらいなら、
人造人間に殺されたほうがましだ。」
「…なんでそんなことをいうのかなあ」
カカロットはくすりと笑った。
嫌がるベジータの身体を何度も絡めとろうとする。
「前は確かにおめえのほうが強かったが、
今はどうだ。」
「…」
「オラと組んだほうが早く強くなれるぞ。
なっ、いいだろ、ベジータ!
それに…
オラ、おめえにいろいろ聞きてぇことがあるんだ。」
「聞きたいこと…?」
ベジータはカカロットの腕を解きながら聞き返した。
この男がこんな気弱な顔をするのは初めて見た、と思った。
ベジータは腕を組みなおした。
ベジータの横にカカロットも腰掛け直す。
いつか見た山吹色の胴着。
かすかに獣の匂いがした。
「いってみろ」
カカロットは、しばらく息を止めていた。
ちらりちらりとベジータを見る。
やがて、思いつめたような声で彼は言った。
「なあ、ベジータ。
サイヤ人ってなんなんだ。」
「は?」
ベジータは目を丸くした。
「教えてくれよ」
「何言ってやがる。
貴様そのものがサイヤ人じゃねえか。
おまけに超サイヤ人様と来たもんだ。
カカロットさんよ」
「真面目に答えろよ。
オラ、変なんだ。
変なんだよ。
フリーザーをやってから。」
カカロットはため息をついた。
一呼吸おいてカカロットは続けた。
「オラは戦う事が大好きだ。
でもオラは、
相手を殺そうと思って戦った事は無かった。
つええ奴とであいてえだけなんだ。
だけど、フリーザーのときのオラは違った。」
ベジータはカカロットのほうを見る。
黒い瞳にベジータ自身が映っていた。
カカロット。
こいつの目は不思議だ。
オレの知ってる誰の目とも違う。
何処までも何処までもすきとおっている。
変な奴だ。
ベジータはふとそう考えた。
カカロットはベジータから目をそらさない。
まるでベジータにすがりつくように感じる視線。
ベジータは気づいている。
目の前のこの男に引き寄せられる自分の魂を。
強い物に惹かれるという自分の中の自然の摂理を。
それを知る事もなくカカロットは続けた。
「フリーザーをやって、オラは…笑ったんだ。
ナメック星から脱出するときに…。
宇宙船の中でだ。
あんな感じ…初めてで不思議だった。
こう体の中から、こそばいような感じが来て…。
なんていったらいいのかなあ。
…それで気づいたら笑っていたんだ。
超サイヤ人の姿で。」
「ほう」
「オラ、相手を殺して笑うなんて…
どうかしている、
変なんだよ、ベジータ」
カカロットは拳を握る。
そしてそっとベジータのほうを見た。
「ちっ!」
しかしベジータはカーペットの上につばを吐いた。
カカロットはそんなベジータを不思議そうに見つめた。
「ベジータ…?」
「くだらん」
「え、くだらんって?」
「何の不思議もないことだ。
そんな事をいちいちオレに言いに来るな。」
ベジータは立ち上がった。
カカロットを見ることも無く背を向ける。
「もう帰れ。」
「何だよ、ちゃんと答えてくれよ!!」
「ばかやろう。」
ベジータがカカロットをにみつける。
「俺たちは戦闘民族なんだ。
戦いの中でしか生きていけないんだ。
強い相手をやれば喜びを感じて当然だろうが。」
「…」
「貴様はサイヤ人だ。
貴様の親父も、
あのラディッツもそうだ。
オレだって、オレだって
もしフリーザーを殺したのがオレだったら、
心のそこから大笑いしたさ。
あいつの血を頭からかぶってな!」
カカロットはベジータの腕をつかんだ。
ベジータはその手を振り払おうとした。
「当たり前なのか?
敵の命を奪って笑うオラは
当たり前のサイヤ人なのか?」
「…そうだ」
ベジータはカカロットの身体をついた。
ゆらりと揺れるカカロット。
確かめるようにベジータの顔を見る。
そして。
カカロットは自分の手のひらを見つめた。
「イヤだ…」
「サイヤ人はな、
目的のためなら親兄弟だって殺すんだよ。
貴様だってラディッツを殺したじゃないか。」
「あれは…」
カカロットの脳裏にラディッツの姿が浮かぶ。
唯一の肉親だった。
そう。
たった一人の兄だった。
殺したのはオラだ。
「たしかにそうだ」
「貴様は立派なサイヤ人だぜ。」
そういってベジータは
窓から外の景色を眺める。
そんなベジータの姿を
黒髪のカカロットもぼんやり見つめていた。
そう。
地球に戻って来るまで、
カカロットにそう異常は感じられなかった。
ナメック星で超サイヤ人に目覚めたカカロットは
苦労して自分をコントロールする術を見につけた。
ヤードラットでの日々。
はじめは苦労した。
が、そのうち自分の意思で
超サイヤ人になることが出来るようになったのだ。
フリーザとの戦いは
たしかに異常な興奮状態の中で行われた。
経験した事の無い戦いだった。
只、それはクリリンの死に触発されたと思っていた。
そうして、
今日地球に戻って来たカカロットであった。
初めて自分がおかしいと思ったのは、
宇宙船が開いて、ベジータを見たときだった。
ドアが開いて、カカロットが一番先に探したのは、
ベジータだった・・・。
生き返っているはずだった。
ドラゴンボールの力によって。
そして、ベジータの姿を見たとき。
カカロットは体が
突然燃えるように熱くなるのを感じた。
・・なぜ?
ベジータの顔を見ただけで?
判らなかった。
どうしてなのか。
その後トランクスに誘われて
二人で超サイヤ人になったカカロットである。
目の前にトランクスを見ながら、
なぜかカカロットの頭のなかにベジータがいた。
カカロットの背筋から妖しい感触が登ってくる。
後ろめたいような、どろどろとした。
その夜。
カカロットは懐かしいわが家に戻った。
悟飯もチチも大喜びであった。
しかしなぜかカカロットの中では
ずっと血が騒いでいた。
ぶくぶくと何かが沸き立つ音がする。
自分の心の中で。
あわ立つ音がする…。
判っていたのだ。
自分の変化には。
眠れないカカロットは布団を深くかぶった。
この不安から開放されたかった。
が、あわ立つ音は消えそうに無い。
身体をかきむしりたいような、
叫びたいような
そんな気持が波のように押し寄せる。
「いけねえ…」
カカロットの隣ではチチがねむっている。
気を落ち着かせようとして、
彼はチチの頬をなでさする。
チチの顔をゆっくりと見る。
おちつけ
おちつけ悟空。
カカロットは何度も繰り返す。
オラにはチチがいる。
ひさしぶりにみるその寝顔。
柔らかく、美しい。
甘い香りがした。
悪夢を振り払おうとするように
カカロットはチチの乱れた髪に顔をうずめる。
懐かしい肌触りがする。
ほんの何時間か前に
自分にまるで生き物のように巻きついたその黒髪。
一本一本がいとおしい。
カカロットはもう一度甘い夢に浸りたかった。
自分の幸せに浸りたかった。
眠っているチチの体の上にそっとまたがる。
柔らかなチチの腹部。
カカロットはそっと手をおく。
自分の顔を近づけ、胸をあわそうとした。
そのとき。
目の前に広がるビジョン。
赤い海。
全身の毛がザワッと音を立てて逆立っていた。
見える。
血糊の中で笑う自分が。
金色の髪を逆立てて笑う、まさに悪魔…。
殺されているのは…チチ?
それとも悟飯?
なんで?
何でこんな光景が浮かぶんだ?
カカロットは頭を抱える。
いやだ。
見たくない。
カカロットはこらえる。
叫びだしそうな自分を。
なぜこうなったんだ。
助けてくれ。
オラはどうなるんだ。
教えてくれ。
ベジータァ。
どうしてベジータなのか。
自分でもわからなかった…。
気がつけば
カカロットはベジータの気を求めていたのだ。
「カカロット。」
ベジータが声をかけた。
闇の中に浮かび上がる整ったシルエット。
白く星の光に浮かび上がる。
「サイヤ人は冷酷非情な種族だという。
しかしそれは他の生物との比較に過ぎない。
オレたちは自分が生き残るために
ふさわしい進化をしているだけだ。
貴様もサイヤ人なら、それらしく生きるんだな」
「そうなのか。
それがサイヤ人なのか。
おめえのように血を浴びて
弱い奴にも容赦なく責めを与える。
助けを求める奴も八つ裂きにする。
おめえたちのやりかたを忘れたわけじゃねえ。
ひでえよ。
それがサイヤ人なのか?
それなら
オラ地球人のままでいい。
オラは殺したくねえ。
無駄な殺しはしたくねえんだ。
オラは
オラははただ、
もっともっとつええ奴と戦いたいだけだ!」
「違うな、カカロット。」
ベジータはカカロットをにらみ付けた。
「貴様はまだわかっていない。
所詮地球育ちのアマちゃんだ。
は!!
ただのくそ野郎だぜ、
貴様はな!!
所詮おちこぼれだ。
貴様には何もわかっていない。
戦って、戦って、相手を殺してこそ、
サイヤ人だ。
宇宙一残酷な民族
それが貴様とオレだ。
…オレは貴様を殺してやるぜ。
オレだって
超サイヤ人になってやるさ!
そして、必ず、貴様を殺す!」
ベジータがカカロットの顔をにらみ付けた。
その獣のようなベジータの顔をみたとき、
カカロットの身体に突然変化が起こった。
「あ…」
下半身がどくどく脈打って熱くなる。
額から汗がにじみ出る。
腕が震える。
「が、…ぐはっ…」
口から獣のような声が漏れる。
思わず胸をかきむしる。
「…カカロット?」
ベジータが顔を覗き込む。
「やべえ…押さえ切れねえ…」
そういったカカロットはがっくりと膝をついた。
歯を食いしばる音がする。
何度も何度も拳を握る。
しびれる。
体がしびれる。
「…あ…がっ!…」
ベジータはにやり、と笑った。
「ほう。
貴様にも来たか。
オレを殺したくなったのだろう?
理屈じゃない。
来るんだ。
突然な。
それがサイヤ人なんだよ。」
「言うな、ベジータ!」
「血のビジョンが貴様に見えるか?
見えるだろう。
お前の頭の中は今真っ赤なはずだ。
おぞましいだろう、貴様にとってはな。
だが、認めろ。
貴様はそれが快感になる。
たまらなく気持ちよくなるのさ。
お前はもう獣だ。
貴様はオレを殺したくなるんだよ。」
ベジータは大声をあげて笑った。
「は!
貴様もサイヤ人だ。
オレと貴様。
この宇宙でたった二人の
純粋なサイヤ人だ。
殺戮と破壊を好むサイヤ人さ!」
「いやだ…違う!
オラは、オラは
ベジータとは違う…!」
ベジータはベッドから立ち上がった。
「カカロット…」
着ていたパジャマを脱ぎ捨てる。
闇の中に白い裸体が浮かび上がった。
美しい筋肉の流れ。
鍛え抜かれた肉体が月の光に晒される。
「カカロット。
オレを見ろ。
オレと、貴様はどこがどう違う?」
「もう言うな!」
「ふっ。
目をそらすなよ、貴様の運命に。
貴様は超サイヤ人だ。
全宇宙で最凶最悪の悪夢だよ。
貴様自身がな!!」
カカロットの髪が光りだす。
ざわざわと音を立てる。
体から冷たい気があふれ出る。
「ああ、もう抑えきれねえ…!」
カカロットはベジータの身体にむしゃぶりつくように飛びついた。
「べ、ベジータ!!」
カカロットの太い腕。
ベジータの身体を絡めとる。
つめが食い込み、
ベジータの背中から血しぶきがあがる。
そしてカカロットは叫びを上げた。
「ガアアアアアアアアアッ!」
カカロットは瞬間移動で荒地に移動した。
月の光だけが存在する闇の世界に、
べジータを抱いたまま。
目が青く輝く。
しかし焦点はあっていない。
ベジータは確認する。
カカロットの赤い舌が
自分の血を求めて踊っているのを。
カカロットは全裸のベジータを地面にたたきつけた。
一気にはしる複数の地割れ。
しかし。
ベジータはされるままになっていた。
…見とれていたのだ、多分。
超サイヤ人になったカカロットの姿に。
ああなるのはオレなのだ。
オレだったのだ。
カカロットがベジータの黒髪をつかむ。
その端正な顔を光る目で見つめる。
ベジータはカカロットの顔につばを吐いた。
浮かび上がるふたりの薄い笑い。
カカロットはうなり声を上げた。
太い腕でベジータの白い身体を抱きしめる。
ベジータの体がぎしぎしきしむ。
ベジータは思わず小さく叫んだ。
想像以上の痛みであった。
だが。
ベジータの表情は穏やかだった。
痛み。
体が折れるような激しい痛み。
これだ。
オレはこれを待っていた。
嬉しいぜ、カカロット!
オレはこれで
戦える!!
「…狂えよ、カカロット。
貴様はただの化け物だ。」

