この気持ちは何なのだろう・・・。
この体の奥の深いところのどこかに風穴が開いたような、
それでいて、激しい感情が湧きあがらない、この気持ち。
怒りが出ない。
自分に対して、こんなにいらだっているのに。
・・・いままで、自分も燃え上がらせていた激しい感情。

あきらめたのか?
そんなはずはない。
・・・ではどうして?

ベジータは答えの出ない思いをめぐらせる。
こぶしにびっしり冷たい汗をかく。




ベジータは見てしまった。
カカロットが超サイヤ人になれたのを。
ナメック星で確かに一瞬、奴が超サイヤ人になれる、と認めた。
でも実際に事実をつきつけられて、ベジータの魂はゆれた。
自分が自由になるためには強くあらねばならなかった。
誰にも支配されずに、生きていきたかった。
だからこそ、フリーザにも立ち向かった。
力の差は明らかだったが、そんなことはどうでもいい。
自分のとらわれた魂と、この体が自由になるために。
本当の自分を見つけるために。
自分のために生きるために。

ベジータはフリーザの前に無残に倒れた。




覚えている。
ベジータは泣いたのだ・・・。
自分とフリーザとの決定的な力の差を知った恐怖に。
そして、カカロットの前で・・・。
・・・あのまま死にたかった。
負けたのだ。
負ければ、死。
戦って死ぬ。
いつか死ぬ。
わかりきったことだった。

しかしベジータは生き返った。
ドラゴンボールの力によって。


「オラが超サイヤ人になったからって、気にすんな。
オラはオラだ。」
カカロットの声がした。
「オラはおめえが生き返ってくれてうれしい。
宇宙でたった二人のサイヤ人だもんな。
オラも、寂しかった・・。
オラは、オラが何者か知らなかったんだ。
おめえのおかげでオラは自分のことを知ることが出来たんだ・・・。」
カカロットの声が遠くに聞こえる。

そうなのか?
貴様はそんなことで満足できるのか?
・・・・所詮地球育ちのアマちゃんか。
俺は違う。
俺は、違うんだ!
カカロットはたびたび瞬間移動でベジータの下に現れる。
その何も疑っていない瞳を見ると、たまらなくなる。

かかわるな!
俺に・・・!




一人でいるより誰かといるほうがむなしくなる。
ベジータは一人高地の荒れ野に向かう。
そこには何もない。
乾いた、冷たい土地。
風さえ吹かない。
ベジータは一人気を発し、無茶苦茶に飛び跳ねる。
岩を砕き、地を割る。
山を裂き、自分を傷つける。
飛び散る破片を避けもせず、ベジータは叫び続けた。

「うおおおおおおおおおおーーーっ!!!」

無数の岩石がベジータを直撃し、ベジータは血まみれになる。
いくら血を流しても満足できなかった。

戦えなければ、俺じゃあない。
・・・・・戦って死んでいきたい。

自分の気に跳ね飛ばされて、岩山に吹き飛ばされる。
頭を強く打ち、一瞬、目の前がかすむ。
そのまま地面にたたきつけられ、しばらく動けなくなる。
・・・痛みを感じる。
生きている。

でも、何のために???

ベジータの脳裏を金色に輝くカカロットの姿が掠める。

・・・・悔しい。

初めて、そう思った。










ベジータは今もブルマの家にいる。
住み着いているというより、気が向いたときだけ、食料を得に戻るようなものだった。
ブルマはベジータの部屋を用意していた。
ヤムチャも同じくすんでいる。
・・・・恋人らしいから当然なんだろうが。
ベジータは2週間ぶりにここに帰ってきた。

「あら、ベジータちゃん、お帰りなさい。」

ブルマの母親が声をかけた。
この能天気な母親という生物はベジータの理解を超える。
せっせと世話を焼き、それを楽しんでいる。
ベジータは、はじめはいちいち反発していたが、いまはその存在を目に入れないことにしていた。
それにもかかわらず、この母親はベジータに食料を提供し、ほかの地球人と同じように声をかける。

・・・馬鹿なのか?

馬鹿といえば、ブリーフ博士もだ。
自分の娘を殺しかけた敵に重力室を提供している。
ベジータの要求を断ることもない。
ただの発明マニアなのか??
そしてヤムチャ。
こいつが一番わからない。
ヤムチャはベジータ達と命をかけて戦ったじゃあないか。
命を失ったじゃないか。
なぜ、俺といる?
出て行けといわない?
・・・・こんな想いがさらにベジータを孤独に追い詰める。

カカロット・・・貴様はどうしてこんな星で生きていけるんだ。

血まみれでほとんど裸同然のベジータは、とりあえずの衣服を受け取り自分の個室へと向かった。
角を曲がったところで、ベジータの足が止まった。
・・・ブルマがいた。
ベジータは目をそらす。
そのまま通り過ぎる。
背中にブルマの視線を感じた。

「パパ、メディカルマシーンって作れないの?」

ブルマは何気なく父親にそういってみた。
ブリーフ博士はお茶をのみ、一呼吸置いて答えた。

「できないことはないとおもうが・・・」

そして続けた。

「地球には神様がおるしのう。
デンデ君は、どんな傷でも癒してくれるんじゃろう。
それに仙豆もあるんじゃろう。
特に作る必要を感じないのじゃよ。」
「そうね。」

ブルマは答えた。

・・・ベジータの傷だらけの後ろ姿を思った。

ベジータは、どうしてメディカルマシーンを欲しがらないのだろう。

デンデの能力も仙豆もベジータに縁のないものであった。
ぼろぼろの体をベッドに横たえてひたすら回復を待つ。
そんな姿が目に浮かんだ。

・・・まるでけだものだわ。

いつもベジータはそうやって、体を癒す。
食糧を持ち込んで、ひたすらこもる。
動けるようになるまで、明かりもつけずに痛みに堪える。
そして、また出て行くのだ。







「ブルマ・・」

ヤムチャだった。

「おかえり」

ブルマはヤムチャに抱きつく。
考えても仕方ない。

ベジータがそれでいいなら私には関係ない。

ブルマは、ヤムチャに抱きかかえられて自分の部屋に向かった。

もう付き合って何年になるのだろう。
いつものように服を脱がされながら、ブルマは思う。
孫君と知り合った、ちょうどそのころ、ブルマとヤムチャも恋をした。

あのころヤムチャはかっこいい盗賊だったわ。
私だって若かった。

ヤムチャは素敵な男性になり、ブルマも女になった。
何度もわかれて、そしてまた求め合った。
いつしか一緒にいるのが当たり前になっていた。

・・でも私たちは結婚していない。
なぜ。

当たり前のようにヤムチャはブルマを抱き寄せる。
ブルマの髪を求め、
ブルマの体温を探る。
ブルマもヤムチャの体に包まれ、安心する。

・・・でも私たちは、結婚していない。
私は結婚したかったのだろうか?
ヤムチャと。

ヤムチャの唇がブルマの耳元に触れる。
ブルマは思わず声を漏らす。

ヤムチャは私をしっている・・・。
私の体のすべてを。
だから私はヤムチャと離れられないのだろうか?
私は、ヤムチャの体が好きなのだろうか?
この硬い、傷だらけのからだが。
私のすべてを満たす、この体が。

自虐的な想いがブルマをさらに感じさせる。
ブルマの乱れように反応したヤムチャは、大きく息を吐いて、
彼女を力強く抱きしめた。
ブルマは大きく胸をそらし、声にならない声を上げた。










ベジータは、出て行った。
ここにはいたくない、と思った。
べジータは、まだ傷のいえぬ体をそのままに、もてるだけの食糧を持って、空に飛び立った。
二人の気。
ベジータには到底理解できない気。
しかし、その気は、ベジータを傷つける。

傷つく?
この俺が???
俺にそんな感情があるものか。

ベジータは自問自答する。

俺は、誰にも邪魔されずに生きていきたい。
見下されたり同情されたりしたくない。
そのためには誰よりも強くなるべきなんだ。
宇宙一!
全宇宙一に!

・・・カカロット、お前を倒す。

唇を少しゆがませて、ベジータは北の空に消えていく。
その姿を遠くから見つめる影があった。
カカロットだった。
しばらく北の空を見つめていた彼は、ふっと姿を消した。





そのころ、ブルマはヤムチャといた。
ブルマは黙っている。
ヤムチャも黙っている。
いつものことが始まっていた。
ヤムチャは昨日帰ってこなかった。
わかりきってる事だった。
聞くまでもないことだった。
でもまた聞いてしまった。
予想通りの答え。
これもいつものことだった。
静けさを破ったのは、勝気なブルマのほうだった。

「・・・もういい。」

ベッドから立ち上がろうとする。

「なにがいいんだ。」

ヤムチャは憮然と答える。

「あんたが誰と遊ぼうとあたしには関係ないわ。
好きにしたらいい。
あたしはヤムチャを縛りはしないわ。」
「俺を縛らないのか。
心が広いんだな。
それはどういう意味なんだ。」

ヤムチャはブルマの手をとった。
力いっぱい引き寄せる。

「俺を縛らないってのは、自分も縛られたくないってことじゃあないのか。
そうだろう。」
「・・・どういう意味?」
「俺が聞きたいさ」

ヤムチャはブルマの顔を引き寄せた。

「なぜ、俺といる?」
「・・・いまさら・・・」
「腐れ縁か?それとも俺に対する哀れみか?いまさら追い出せないとか?
一度聞いてみたかった。
ブルマ、答えてくれ。」
「そんなこと・・・」

ヤムチャは美しい顔をしていた。
そして寂しい目をもっていた。
それは今も変わらない。
ヤムチャは優しい。
そして心が温かい。
文句があるはずがない。

「俺は・・・ブルマが好きだ。
この世の誰より愛している。
お前の指も、お前の髪の一本一本も愛しい。
だけど、おまえはどうなんだ・・・。」

ヤムチャはブルマの手のひらを自分の頬につけた。

「俺は時々不安になる。
果たして俺はブルマにふさわしい男なのかと。
いつかお前は俺から離れるのではないかと。
・・・そんな気がするんだ。
不安なんだ。
わかってくれ・・・ブルマ。」

ブルマの手のひらを、ヤムチャの涙がぬらす。

<だからといって、昨日の外泊は何なのよー!!>

ブルマは心の中で叫ぶ。
ヤムチャはいつもこうだ。
肝心のことは何も言わない。

そして私たちはお互いに何にも大事なことには触れないで、その場をやり過ごすのだ。

でも、ブルマは、ヤムチャの涙を吸う。
お互い核心に触れないまま、恋人ごっこは続いていく・・・。









そのころ、ベジータはどことも知らぬ土地に倒れていた。
ふかい傷口が突然ひらいたのだ。
と、いうよりも、ろくに手当てもしていないから、敗れかけたままだったという方が正しい。
急な激しい出血で、意識が遠のき、彼は墜落した。
落ちたとき、全身を強く打ち、彼はさらにダメージを受けた。
でもベジータは知っている。

この程度じゃあ、死なない。

それは幼少のころから幾度とも命を落としかけ、文明の力で生き返らされた彼だから判ることだった。

・・・俺はこうして生きてきた・・・。

戦い、傷つき、傷つけ、相手を殺す。
死のふちに立つとき、よみがえったベジータはさらに強くなる。
それはサイヤ人の特性らしい。
しかしベジータは体で覚えた。
子供のころ、それに気づいたベジータは積極的に戦闘の先頭にたった。
切り込み隊長である。
頭と体が泣き別れにならなければ、どうせ生き返る。
切り込み隊長をしていれば、一目置かれる。
プライドの充足とパワーアップ。
ベジータはこれだけを求めて生きていたのだ。

日が暮れようとしている。
夕日が赤い。
地面にたたきつけられたままのベジータに近寄る気配があった。

「ベジータァ・・」

それは髪の黒いカカロットであった。
カカロットは夕日を浴びて赤く輝いていた。
ベジータより二周りは大きい体。
美しい筋肉。
整った顔立ち。
ベジータは子供のころ、こんな男に一度だけ会ったことがあった。

・・・バーダック。

ベジータは目を閉じた。

・・・ベジータはそのまま夢を見た。
幼いころの惑星ベジータでの夢を。
帝王学を学び、いつの日か、王位を継ぐ、そのために過ごしてきたあのころを。
つまらない勉強に辟易していたころ、突然あの男は現れ、去っていった。
大きな態度で。
小ばかにした物の言い方で。

「戦闘に出たことがあるったって・・。
あんた死ぬ間際を経験しなきゃ、本当に戦ったとは言えませんぜ。
あんたにも、分かる日がいつか来ますよ。
お遊びやトレーニングじゃない戦闘が、どういうものか……」

確かにあの時そういった。

そうだ・・・確かにそうだった。
あいつは・・・俺を・・・一人の戦士としてみてくれた訳だったのだな・・。

ベジータはカカロットのほうにかすかに顔を向けた。
少し笑ったように見えた。
カカロットは、ベジータにそっと歩み寄る。

「・・なんだぁ、ほんとに気絶しているんだ・・。」

戦場で気を失うということは死を意味する。
しかしベジータの顔は、なんだか微笑んでいるように見えた。

「おめぇほんとうに疲れてるんだなぁ・・。」

カカロットはベジータの体を静かに抱き上げた。
今はベジータは何も気づかないだろう。
いまなら・・。
カカロットはベジータの体を優しく抱きしめた。
思った以上に小さくて軽いその体。
無数に広がる血しぶきのあと。
生暖かい血のにおいがする・・。

「おめえだって、このままじゃすまないよな。
オラを倒しに来いよ。
殺しに来い。
オラだってすんなりやられはしねえぞ。
オラだってもっともっと強くなる。
ベジータァ・・・おめえも・・・強くなれ。
もっと、もっとだ。」

カカロットはそうつぶやいて、ベジータの血まみれの手袋に口付けをした・・・。

「・・・・・・・ベジータ、オラを殺しに来い。」







カカロットは、はっとその気を感じると、姿を消した。
ベジータだけがその場に残された。
南の空からブルマの乗り物が現れた・・。

ブルマがベジータの部屋を見たとき、そこには誰もいなかった。
ただ血で汚れたシーツだけが残されていた。
ただ事ではなかった。
ベジータの傷の深さは、ブルマにはわかっていた。

「探しに行かなきゃ!」

ブルマは叫んだ。

「あいつはサイヤ人だろう。
大丈夫だから出て行ったんだろう。」

ヤムチャは言った。

「だめなの、すごい怪我だった。行こう、ヤムチャ。」
「・・・行かない。」
「え・・・?」
「俺は行かない。」

ブルマは険しい顔をした。

「いい!あたし一人で探すから!!」

ブルマは出て行き、ヤムチャは残った。

「あらあ、ブルマちゃんったらご機嫌わるいのかしら。」

ブルマの母親が、驚いたように言った。
「ちがいますよ・・・。」

ヤムチャは自分の拳をじっと見つめた。
認めたくないことを自分で認めようとしている、そんな気がした・・・。

ベジータは荒地に一人倒れていた。
白い顔が、血に汚れていた。
近づいてよく見ると、体のあちこちに裂傷が認められた。
皮膚も所々青黒く、また赤く内出血し、岩石の破片があちこちに食い込んでいた。

「なんでここまでするの・・・?」

持ってきた応急セットを開く。
滅菌テントを開き、ベジータと自分を外部から遮断した。
ベッドを設置する。
一通りのものは持ってきた。
丁寧に食い込んだ石をとりのぞき消毒する。
そっと張り付いた戦闘服を切り裂く。
中から新しい傷がバッと目に飛び込む。

「なんでここまでするの・・・?」

・・・いくら薬があっても足りない。
ベジータは、目を覚まさない。
いつしかブルマの瞳に涙があふれ、ブルマは声をあげてないていた。

「馬鹿だ、・・・ベジータ・・・」

私を殺そうとしたベジータ。
ヤムチャや天津飯、ピッコロ、多くのナメック星人、
そして数々の惑星を滅ぼしたベジータ。
残虐非道で大嫌いなベジータ。

・・でも、可哀想だ・・・。
こんな生き方しか出来ないなんて。

ベジータの姿はブルマの心を打ち砕き、ブルマはいつまでも泣いていた。

急にベジータの血圧が下がってきた。
血液が足りない。
地球のものがベジータに果たして合うのかわからない。
孫君だって同じサイヤ人だけど、血液型ってあるのだろうか。

・・・どうすればいい?

ブルマはしゃくり上げながら考えた。
・・・やはりサイヤ人の治癒力に頼るしかなさそうだった。
ブルマはそっとベジータに体をあわせた。
まるで母親が添い寝をするようにベジータの横にもぐりこんだ。
自分の洋服に血が付くのもかまわず、服のまま裸のベジータを抱いた。
ベジータは目を開かない。
体がどんどん冷たくなっていく。

・・・助かって・・・。

ブルマはベジータの体をそっとさする。
・・・・どのくらいたったのだろう?
ベジータの体は一向に暖かくならなかった。

・・・やだ、死んじゃうの・・・?




死んじゃいやだ。

ブルマは服を脱ぎ、自分も裸になった。
そっとベジータの体に自分を合わせる。
自分の体温をベジータに伝える。
ブルマの瞳から涙がどんどんあふれ出た。

可哀想だ、こんな生き方・・・可哀想だ・・・こんな死に方!
「孫君!来て!何とかしてあげて!!」

何もない荒地の夜にブルマの泣き声だけが響く。










いつしか夜はふけていった。
ブルマは涙をいっぱい目に溜めたまま、ベジータの横で眠っていた。
泣きつかれたのか、ブルーの髪が頬に張り付いていた。

「孫君来てって言ったってさ・・・
おめえがそんなカッコじゃあこれねぇって。」

いつのまにか、ベッドの傍らにカカロットが立っていた。

「さっき食わせようと思ったんだけど、ブルマが来たからさあ・・・。」

一粒の仙豆を取り出す。

「おめえ、意識があったら絶対くわねえもんな。」

カカロットは、ベジータの口を開かせ仙豆を押し込む。

「じゃ、な、ベジータ・・・」

・・・・ベジータは意識を取り戻した。
長い夢を見ていた・・・。
先ほどの懐かしい気・・・・バーダック?
まさか・・・。
体が暖かい。。
痛みも苦しさもない。
はっとして、体を起こそうとした。

「ブルマ・・・?」

ベジータの胸の上にブルマの青い髪。
そっと触れてみる。
その柔らかさに、おののく。
暖かい。
そして柔らかい。
ベジータはそっとブルマの背中に手を回す。
ブルマが何をしようとしていたのか・・・・。
ベジータにはわかった気がした。
そして傷が全快したわけも。

「・・・カカロット・・」

ベジータの腕に少しだけ、力が入った。

ブルマが動いた。
ベジータはブルマから体をずらし背中を向けた。
じっと息を殺した。
目を閉じた。

「ベジータ・・・」

ブルマはベジータのほうに声をかけた。

「治っている。」

ブルマは、ベジータの背中に手のひらを置いた。

「・・・あたりまえだ。」

後ろを向いたままベジータが答えた。

「俺は純粋なサイヤ人だ。貴様らとは違う。」

ブルマの声が高くなった。

「なーんだ、心配して損した。」
「そんなことはいいからさっさと服を着るんだな。」

ベジータは後ろを向いたまま言った。
ブルマは赤面し、あわててベッドを降りた。

「やだなあ・・ベジータ、あんたの服もあるわよ。」

ブルマは新しい服をベジータに投げつけ、笑った。

「・・・礼なんぞ言わないぞ。
お前が勝手にしたことだ。
昨夜のことは忘れるんだな。」
「はいはい」

ブルマは身支度をしながら明るく答えた。

「で、あんた、私に悪いことしなかったでしょうね・・?」
「するか!!!」

ベジータは今朝、ブルマの背中に手を回したことを思い出して、赤くなった。
ベジータも白い開襟シャツと黒いパンツをはいた。
ベジータはブルマにテントをたたむように言った。
ブルマが言った。

「かえりましょう・・。」

ブルマがカプセルを取り出し、投げようとするとベジータが手で合図をした。

「なにもださなくていい・・・。」

「え・・?」

ベジータは、ブルマのほうに歩み寄ると、初めてブルマに手を差し伸べた。

「え・・・・」

ブルマは動けなかった。
ベジータは目こそ合わせなかったがしっかりブルマの手をとった。

「じっとしているんだな。」

ベジータは、自分でも考えられないくらいそっとブルマを抱き上げた。
ブルマの心臓は高鳴り、ベジータの耳は赤くなっている。
ベジータはふわり、と浮き上がった。
二つの影は、一つに重なって南の空に小さく消えていった。

いい天気だった。

「おーーーい、ベジータ!
オラには何にもなしか?」

気を消して岩陰にカカロットが隠れていたことは、誰も知らない。

                                                    

      終わり





ベジータが地球に住むようになって
早や2年近くがたとうとしていた・・・。
ベジータはあいもかわらず、
ブルマ達と暮らしているわけではなかった。
ぶらっと出て行ってはある日ひょっこり帰ってくる。
悪びれた様子もなく食糧を根こそぎ持ち出しては食い散らかし、
気ままに重力室にこもっては修行を繰り返していた。

・・・超サイヤ人への手がかりはつかめないままである。

そしてブルマは重力室の修理に明け暮れていた。
直しても直しても壊してしまう。

一体サイヤ人というのはどういう生き物なのか?
外にいれば、景色が変わるほど大暴れをし、
帰ってきたら来たで重力室が壊れるまで修行している。
そして間違いなく強くなっている。

ブルマはため息をつく。

あの事。
あの事があってから
・・・・・しばらくブルマはベジータを警戒していた。
正直ベジータが怖かった。
もし。
もし今度同じような目にあったら、
ブルマが逃げられるはずがなかったから。
次があれば、自分の身を守る事など絶対ムリだから。

でも。
私だって一方的にやられはしない。
徹底的に戦う。
戦ってやる。

そう決めていた。
だから次は殺されるかもしれない、と考えていた。
しかしそのことはヤムチャに言わなかった。

<またヤムチャも聞かなかった。
このことは又別の問題としてブルマの心の中にあった。>

絶対的な力の差。
ヤムチャがベジータに勝てるはずがない。
たとえ言ったところでその差がどうなるものでもない。
それにこれはブルマとベジータの問題だと思っていた。
だから。
だからあの時、
ブルマはベジータの頬を張った。
何らかの形で釘を刺しておきたかったのだ。

「…あんたがどんな生き方をしてきたのか判らない。
だけどひとつだけ言っておく・・・。
あんたがされたように人を扱うもんじゃないわ。
今度、同じ事をやってごらん、
あたしは、あんたを、軽蔑する。」

ベジータは大きく目を見開いた。
歯がぎしぎしと音を立てた。
その表情は怒りをあらわにしていた。
ブルマの首にまっすぐ伸びてきたベジータの腕。
青くぼんやり輝いていた。
あの時ブルマは覚悟したのだ。
迫り来る死を。
ベジータの残虐行為はこの目で何度も見てきたブルマである。
だけど。
目を閉じるのはいやだった。
ベジータをにらみつけたまま死んでやろうと思っていた。

ベジータは
ブルマに手をかけなかった。

あの時と同じだ。
私を傷つけようとしたベジータの
あの時と。

ブルマは見てしまった。
何処までも暗いベジータの瞳を。
冷たく、凍てついたその中で
かすかにゆれるさざなみを。

死んだほうがましだと思いながら?
そう思って生きてきたの?

自然にこぼれたこの言葉。
この一言で乱暴なベジータの動きが止まった。
あのときのベジータの目。
どこまでも黒く、どこまでも深い、ベジータの瞳。

なぜか、忘れられない。








「ちょっと、ベジータ!」

背後から声をかけたのはブルマであった。

「あん?」

ベジータはいかにもじゃま臭そうに声をだした。
ブルマは作業着姿だった。
胸のところが大きく開いて肌がのぞいていた。
汗の玉が胸のあいだに張り付いていた。
ベジータはブルマをちらり、と見ると
何事も無いように黙って食糧を物色し始めた。
ブルマが頬を膨らませる。

「帰ってきたら、ただいまくらい言いなさいよ!」
「・・・なんで貴様に。」
「そんなの礼儀よ。
いいかげんおぼえなさい。」
「ちっ!・・・・いつオレがここに住ませろと頼んだ?」
「住んでるじゃない!
憎たらしいわね、その口は。
それと。
重力室直しておいたからね。
もっと大事に使ってよ。」

ベジータは舌を鳴らした。
ブルマがいちいちそれをとがめる。

ベジータがここに戻ってきたのは約10日ぶりであった。
いつものように食べ物を調達に戻ったベジータは、
真っ先に台所に向かおうとしてブルマに見つかったのであった。
ベジータの行動パターンは読まれている。
最近はいつ頃でていくか、いつ頃戻ってくるのか、
ブルマだけには見当がつき始めていた。

「・・・いちいちうるさい女だ。」

ブルマがベジータをにらみつける。
ベジータが思わず目をそらす。
なんでそうなるのか、ベジータにも判らなかった。
ただ・・・・。
ベジータは、ここでの生活に慣れ親しんでいる自分に気づいている。
ここでの暮らしに抵抗がなくなってきている自分に。
ベッドの暖かさ、広いシャワー室、テーブルでゆっくり取る食事。
傷ついた身体を休め、十分休息できる与えられた個室。
そんな生活に。
ベジータは戦士だ。
ずっと戦いの中で暮らしてきた。
星を眺めながら仮眠を取り、風の音にも神経を尖らせる。
だから野宿にはなれているはずだった。
泥水をすすり、雑草や、小動物を食す生活にも。
それでも今のベジータは、定期的に
カプセルコーポレーションに戻るようになっていた。

「それで今日はどんな修行をしてきたわけ??」

ブルマが腰に手を当ててたずねた。
ベジータは眉間にしわを寄せてにらみ返す。

「ぶっ殺すぞ、貴様。
早く何か食わせろ。」
「ほんとにアンタってえらそうね。
聞いてるのはあ・た・し!
なんでいつも血だらけになって帰ってくるの?
なんで帰ってくるたび、ぼろぼろなの?
もう、かわりの戦闘服ないわよ!
もっとだいじにきてほしいわね!」
「うるさい女だ・・・本気でぶっ殺すぞ。
戦闘服のかわりをだせ。」
「ないわよ!」
「何を!そのくらい貴様が気を利かせんか!」
「あんたいつまで王子様やってんのよ!!」

そういわれてベジータは紅くなった。
言葉が続かない。

「文句あるなら裸でいれば?」
「き・さ・ま!!」

ベジータはブルマをにらみつけた。
ブルマはなれた様子で相手にしていないようである。
キッチンの収納スペースを開いて、なにやらごそごそし始めた。

「このアマ、オレの話をきいてるのか?」
「ほら」

ブルマが大きな包みをさしだした。
ベジータは怪訝な顔をしてブルマを見つめた。

「それ着なさい。
あんたのよ。
ちゃんと靴も買ってあるわ。
はいてみなさいよ。」

ベジータは、戸惑った。
包みと、ブルマの顔を交互に見た。
どうしたらいいのかわからなかった。
・・・こういう扱いをうけたのが、生まれて初めてだったから。

「だって、ベジータ小さいから、ヤムチャのじゃああわないもの。」

ブルマが、言い訳がましく呟く。

「小さいだけ、余計だ!」

ベジータはブルマに自分の顔を見られたくなかった。
自分がどんな顔をしているのか全く見当がつかなかったのだ。

「・・・・」

後ろを向くとベジータは黙って自分の部屋に向かった。

「あしたはでかけないでここにいるのよー!」

ブルマの声がした。

部屋に戻って、ベジータは色々な包みを床にばら撒いた。
白いシャツや、下着や、趣味の良いパンツが広がった。
ベッドに腰掛ける。
不思議な気持ちがした。
戦闘服以外の自分の服を見るのがはじめてだった。
うんと子どもの時には
惑星ベジータの王子の衣装を身につけていたと思う。
・・・記憶がたしかでないのは薬物のせいだ。
過去に洗脳を受けたときの。
ベジータの記憶はほとんど書き換えられている。
優れた戦闘員になるように。
それは間違いなかった。
そして記憶の中でのベジータはいつも戦闘服を着ていた。
血の匂いのする戦闘服を。
眠るときさえも。
いつもいつも。

手袋を脱ぐ。
白い指が現れる。
ベジータはシャツを手にとって見た。
初めて触る自分の服。
やわらな手触りになぜか、心が躍る。

・・・ブルマは不思議な女だ。

自分がブルマにした仕打ちを彼女が忘れるはずがなかった。
ベジータはそれまでやってきたのと同じ方法で
ブルマを支配するつもりだった。
あの時。
ベジータはブルマを完全に壊すつもりだった。
そして自分の言う事を聞く便利な女に作り変えるつもりだった。
徹底的な恐怖によって。
絶対的な力の差と、徹底的な辱めは人格を破壊する。
それは今まで何度も自分が経験してきた事であった。
ベジータ達はそうして弱者を利用してきたのだ。
屈辱による精神の崩壊。
その後の空洞にベジータが入るつもりだった。
しかし、それはかなわなかった。
ブルマを、ベジータは壊せなかった。

「あんたはそうやって生きてきたの?
死んだほうがましだと思いながら?
・・・そう思って生きてきたの?」

たった一言。
その一言がベジータの心を揺さぶった。

・・・あんな女一人が・・・
どうして自由に出来なかったのか?

いくら考えても判らなかった。

ベジータはブーツを脱ぐ。
そっと新しいシューズに足を入れる。
吸い付くようにぴったり収まる。
胸が締め付けられる。
まるで小さな子どものように
彼は靴や洋服を床に並べて見つめていた。

「あら、ベジータちゃんにあうじゃない。」

新しいシャツとパンツをはいて出てきたベジータに
ブルマの母親が声をかけた。

「おお、よくにあうのう。」

ブリーフ博士もにっこり笑った。

「・・・これしかないから着たまでだ。」

ベジータは消え入りそうな声で呟いた。

「あら、じつはね、たくさんブルマが買っているのよ。」

ブルマの母親がにっこり笑った。

「後で部屋に届けておくわね。」

ベジータは聞こえないふりをしていた。
ベジータは戸惑っていたのだ。
そういわれて耳を紅くしている自分自身の変化に。





その翌日。
雲ひとつない青空だった。
その日は朝からにぎやかだった。
ガチャガチャとお皿がなる音が聞こえる。
ブルマ達は昼食は庭で食べるといっていた。
朝から庭でがさがさやっている。
ベジータはその気配をベッドの中でまどろみながら聞いていた。
ブルマの甲高い声が聞こえる。
ベジータは布団を頭からかぶった。

・・・うるさい。
地球の奴らは何がこんなに嬉しいのか?
飯なんざ、腹に入ればいいんだ。

ベジータは目を閉じる。
よく乾いた布団はベジータを優しく包み込む。
外は、快晴。

そのとき。
部屋のドアが開く。
ブルマの足音だ。
元気のいいリズムがベジータのいる方にちかづいてくる。

「おきなさいよっ!」
「なんだ、貴様・・・」

ベジータは布団の中でいやいや返事をした。

「何時だと思ってんのよ!」

ブルマはベジータの布団をはいだ。

「きゃーっ!!」

ベジータも思わず耳をふさぐ大声である。

「何でパジャマ着てないのよ!!」
「・・・うるさい」

ベジータは素っ裸だった。
ベジータは何処を隠そうとするでもなくベッドに横たわっている。
ブルマが思わず顔をそらした。
ベジータがにやりと笑う。

「ここはオレの部屋だ。
裸でいようが貴様に関係あるまい。」
「せっかくパジャマもあるんだから着なさいよ。
なんできてくれないの?」
「・・・」
「もしかして・・おおきかった?」
「違う!」

ブルマは笑った。
ベジータはその笑顔を見つめた。
こんどはブルマがべジータの洋服をそろえる。
それをベジータに投げた。

「これ着て、庭に降りてきたら?」
「着せてくれるんじゃないのか?」

ベジータが薄笑いを浮かべる。

「男の部屋に入ってきたんだから、それなりの覚悟はあるのだろう。」

全裸のまま、ベジータは立ち上がる。
ブルマのほうに身体を寄せる。
ブルマの顔を覗き込んだ。
そして。
そのふっくらした唇を見つめる。
形のいい、紅い唇。
あのときの感触を思い出す。
血と涙の味がした、あの感触。
・・・・・思い出す。

なぜだ?

ブルマを壁際にまで追い詰めたものの、
ベジータは今日も指一本触れることができなかった。
ブルマはすっとベジータの腕のあいだから抜けた。

「じゃあ、ちゃんと庭にたべにきなさいよ。」

ブルマが、頬を染めてそういった。
ベジータは無言だった。
何も出来ないままブルマを見送った。
窓から外を見る。
庭ではバーベキューの準備が出来上がっていた。
この後、フリーザが地球を襲来するとは、
このとき誰も知ろうはずがなかった。