
いつも空腹だった。
痛いほどのすき腹を抱えてかろうじて生きていた。
まだ10歳。
体も小さく、十分な戦果をあげていないべジータに
十分な食料があたることはない。
少年兵は彼だけではない。
そのはずだった。
覚えているだけで30から40人はいたはずだ。
べジータと同じ年頃の少年は。
しかし、この5年ほどの間にほとんど見なくなっていた。
遠いところで戦っているのか。
それとも自分の星に帰ったのか。
・・・・死んだのか。
それは誰に聞いてもわからなかった。
そしていつのまにか彼らのことを思い出すことはなくなっていた。
その日一日を生き抜くこと。
幼いべジータは、それだけで精一杯だったのだ・・・・。
初陣で小さな星を攻めたものの、べジータには気のコントロールができなかった。
べジータの爆発的なパワーはフリーザ軍の上層部の考えている以上のものだった。
べジータの気は一瞬にしてその星の生物に致命的なダメージを与えただけでなく
同時に攻め込もうとしていたフリーザ軍までもが半数以上死んでしまった。
「あいつは徹底的に教育しろ!」
そう上層部が指示を出し、べジータは長く隔離されていた。
戦士としての教育。
それは長い戦いの中で生み出された最も効果的な手順のはずだった。
そして幼児だったべジータ王子もそのプログラムを受けてきた。
命の限界に迫るほどに肉体への暴力と、
プライドを打ち砕く非人間的な扱い。
薬物の使用による、思考の停止。
そして
強いものへの服従心。
映像や音声を駆使してフリーザ軍への忠誠心を刷り込む。
食事も、睡眠もとらず、繰り返されるプログラム。
発狂しないで生き残ることができたら、
それは一戦闘員の誕生であったはずだった。
「あのプライドはどこからくるんだろうなあ・・・」
ビスナはいつもそう思っている。
べジータがはじめてここにきたときから知っている。
彼は惑星べジータの王子としてここに現れた。
ほんの子供だった。
幼く、小さく、弱かった。
しかし、彼の王子としてのプライドはとても強固なものだった。
それがいずれ命取りになる。
こいつは長生きしそうにない。
ビスナはそう考えていた。
しかしべジータは生き残った。
たった一人、血を流しながら。
*****
夜露が顔に落ちた。
深夜、山の中でべジータは目覚めた。
戦闘服がわずかに濡れていた。
昔の夢を見た。
カカロットの夢も見た。
夢の中でべジータは泣いていた。
フリーザへの恐怖と、自分の非力に泣いていた。
カカロットの腕に抱かれて泣いていた。
その腕の温かさがこの体に残る。
空を見上げる。
満月が目に映る。
広がる、闇の世界。
吸い込まれそうになる・・・。
ベジータの全身の毛穴が開く。
体が震え上がる。
血が騒ぐ。
暴れたい。
戦いたい。
自分で自分の体をかきむしる。
血が噴出し、肉が割れる。
それでも満足できない。
もどかしい。
邪悪な気が腹のそこからわきあがってくる。
鳥肌が立つ。
・・・殺したい。
いますぐ・・・。
この手で・・・奴を。
この手でだ。
貴様の首をねじ切って、
腹の中にこぶしを突っ込んで、
貴様の息絶える顔を見ていたいのだ。
許せない。
カカロットが。
貴様だけは許せない。
オレは
貴様を殺すためにここにいるのだ。
帰って来い。
早く。
べジータは岩山に向かって気弾を放つ。
大きな爆発音が上がり、一瞬にして山は削り取られる。
爆風が上がり押しもどされるような暴風が起こる。
大小さまざまな無数の岩石。
まいあがり踊り狂いながらべジータに襲い掛かる。
べジータはそれをよけようとしなかった。
むしろ、岩石が当たる、その感触をたのしんでいるようだった。
血を流し、その身を切り裂いて、べジータは感じている。
生きてる実感を。
*****
ブルマがヤムチャを拒むのはめずらしいことではなかった。
このところ、ブルマの機嫌はよくなかった。
だから拒まれた事そのものに対して驚きがあるわけではなかった。
気になるのは服装だ。
西の都は気候も温暖であたたかい。
だからこのところブルマはずっとノースリーブのシャツだった。
元々露出度の高いファッションが好みである。
ボトムもミニスカートだとか、ショートパンツが好きだった。
それがこの10日間変だった。
作業中でもないのにつなぎの作業服を着ている。
食事のときにもそうだった。
余りにも不自然だ、とヤムチャは思った。
「ブルマ、今何か作っているのかい?」
ヤムチャは何気なく聞いてみた。
ブルマの顔が一瞬こわばった。
それをヤムチャが見逃すはずはなかった。
しかしブルマは普通に答えるのだ。
「そうよ。
いつ作業がしたくなってもいいようにこのつなぎ着てるのよ。」
作業服の事なんかきいていない。
ヤムチャは、そう思った。
10日前に何があったのか。
ブルマは自分の部屋に戻った。
ドアをロックする。
こんな事をしてもベジータなら入ってくる。
無駄な事は判っていた。
でも、ロックしておくのが自分の意思の表現だと思った。
私はあんたを、受け入れるつもりはない。
そうしなければ自分が惨めだと思った。
鏡の前に立つ。
そっとファスナーをおろす。
長袖のつなぎの下に長袖のTシャツ。
膝までのスパッツ。
おかしな格好だ。
自分でもそう思う。
どんなに隠しても隠しきれるものではない。
ブルマの腰には大きなあざが残っていた。
机の角にぶつかったときのものだ。
手のひらくらいのあざは、だいぶ色が薄くなったが、まださわるとしこりがあった。
内出血した血が固まっているらしい。
そして。
全身に残る指の跡。
まだ消えない。
特に手首は黒くなっていた。
ブルマは鏡の中の自分を見る。
背後にベジータがたっているような気がする。
「ブルマ」
ドアの外で声がする。
ヤムチャだった。
ブルマは慌ててシャツとスパッツを身につけた。
部屋の明かりを最小に落とす。
限りなく闇に近い状態で、ブルマはドアのロックを解除した。
ドアの向こうにヤムチャがいた。
「はいっていいか」
なぜドアをロックしているのか?
それは聞けなかった。
「もう寝ようと思っていたの」
「まだ11時なのに?」
「最近はやく眠くなるのよ、どうしてかしら」
「そうなんだ」
ヤムチャはベッドに腰掛けた。
部屋の明かりをつけたいと思った。
しかしいえなかった。
ブルマは再びドアをロックした。
「きょうは、いい?」
ヤムチャはそっと聞いてみた。
ブルマの息が止まった。
ヤムチャも、つばを飲み込んだ。
「さわるだけなら」
ブルマが答えた。
「明かりはつけないで」
普段とちがうブルマの応対に戸惑うヤムチャであった。
しかし、その手はそっとブルマを抱きしめた。
ブルマの体が一瞬硬く縮んだ。
震えている・・とヤムチャは思った。
・・・聞けない。
聞くことなんか出来ない。
ヤムチャは心の中で繰り返す。
ヤムチャはそっとブルマを抱いて、その手で優しく触れている。
そのたびにブルマはいちいち身体を震わせる。
・・からだが、泣いている・・・。
ヤムチャはそう思った。
*****
朝が来た。
当たり前の朝だ。
太陽が昇り、鳥が囀る。
どこかで水の流れる音がする。
ベジータは自分の上の瓦礫を押しのけた。
昨夜は、その辺に気弾を当てまくって大暴れした。
どうもそのまま寝たらしい。
さすがのベジータも、瓦礫にうずまって寝たのは疲れたようだ。
額に血がこびりついている。
戦闘服が破けて肉が見えている。
オレはこの星には似合わない。
自分でもそう思うぜ・
おまけに・・・
いやな事を思い出した。
流れる雲を仰ぎ見てベジータは思った。
瓦礫の重みが、彼の記憶をよみがえらせる。
自分がまだ小さくやせていた、あの少年の頃を。
「つよくなれ・・・」
ビスナはいった。
ビスナ。
オレをはじめてフリーザ軍に迎えた男。
惑星ベジータの最後を伝えに来た男。
そして。
オレにすべてを教えた男。
・・・オレが、殺した男。
少年の頃、ベジータは弱かった。
まず、大きく育たない体が彼の力を引き出せなかった。
ベジータは十分な食糧を与えられなかった。
強くなれば何でも食う事が出来る。
しかし少年たちがそうなる事は難しかった。
強いものはいくらでもいた。
だから。
彼らはあらゆる手を使って食料を得た。
金のある者は金で。
強いものの奴隷になるものも出た。
・・・そして。
体を売るものもいた。
軍においてそれは珍しい事ではない。
生きなくては意味がないからだ。
ビスナはベジータのもつ潜在的な力に気づいていた。
そしてその身体ゆえにそのパワーを生かしきれていない事にも。
ベジータはいつも血まみれで倒れていた。
いつもならこのままメディカルマシーンに投げ込むのだが、
ビスナは戸惑っていた。
こんな調子では、早かれ遅かれこいつは死ぬ。
いくらメディカルマシーンとはいえ、取れてしまった頭をつなぐ事は出来ない。
こんな小さいやせた身体では戦えない。
こいつはいつか死ぬ。
もったいない、とビスナは思った。
こいつは強くなる。
・・・ちゃんとした身体になれば。
ビスナは足元に転がる少年を蹴っ飛ばした。
ベジータはうっすら目をあけた。
「貴様、このまま死ぬか?」
ベジータは弱弱しく首を横に振った。
「なら、話を聞け。
教えてやるのはこの一回だけだ。」
ビスナはベジータの横にしゃがみこんだ。
10歳の少年にしては二周りは小さい身体であった。
しかし色が白かった。
そのきめこまかな肌をベジータはいつも血に染めていた。
それはある意味、本当に官能に訴える姿でもあった。
「強くなれ。
ここは軍隊だ。
弱ければ死ぬ。
この世には2種類の生き物しかいないんだ。
殺す奴と
殺される奴だ。
わかるか?」
「・・・つよくなりた・・・・い・」
ベジータはそういった。
「どうすれば強くなれるんだ・・?」
「弱いのはいやか?」
「・・いやだ・・おしえてくれ・・・」
ベジータは目を開いた。
「俺は強くなりたい・・
どんな手段をつかっても・・・。」
「そうか・・・」
ビスナはベジータの身体を抱き上げた。
「おまえの武器を使え。
そして強い奴を利用しろ。
まず身体を作るのだ。
飯を食って、大きくなれ。
そして鍛えろ。
気のコントロールを覚えるのだ、その後に。
これはな、自己流じゃダメだ。
時間がかかりすぎる。
覚える前に死んでしまうぞ。
わかるか・・・?」
ベジータはうなづいた。
ビスナはベジータの手をとった。
「ベジータ・・・おまえはサイヤ人の王子だ。
そのプライドを捨ててはいけない。
プライドの高いおまえが好きだ。
しかし死んでは意味がない。
ベジータ・・・
プライドを捨てなくてもいい。
目をつぶれ。
おまえは手段を選ばないといった。
なら目をつぶれ。
やってみればたいしたことではないんだよ。
何事もな。」
ベジータは目を閉じた。
ビスナの声に反応したわけではなかった。
激しい出血で、血圧が急激に下がったのであった。
「心配するな。
メディカルマシーンに後で入れてやる。
おまえの武器は・・・この身体だ。
俺がおまえを仕上げてやる。
俺はおまえを利用する。
おまえは俺を利用しろ」
ベジータは男の身体に抱きしめられた。
ビクン、と身体を震わせた彼は血の涙を流した。
大きなエンジン音に我に帰ったベジータであった。
一人乗り用の小型機がそばに下りようとしていた。
その気で来たのがブルマであると判った。
ベジータは、後ろを向いたまま、腕を組んでたっている。
モーター音がしてドアが開いた。
ブルマが大きな包みを持って降りてきた。
「食糧よ。もうないでしょう。」
「なんでここがわかった。」
ブルマはため息をついた。
「わかるわよ・・・。
朝用事があって出かけたのよ、こっちの方面にね。
そしたら景色変わってるじゃない。
ピッコロだってここまでしないわよ。
あんたしか、いない。」
「ふん」
「よくもまあこれだけ荒らしたわね。」
ブルマは食糧の包みをベジータに投げつけた。
「これなくなったら、帰ってくるのよ。
その辺の恐竜食べないでね、かわいそうだから。」
ベジータは食料の包みをその場に置いた。
「親切なんだな。
オレはまた貴様が抱かれにきたのかとおもったぜ。」
「馬鹿にしないでよ。」
ブルマははっきりといった。
「あたしが来たのは、あんたが哀れだと思ったからよ。」
「なにを」
「あんたは充分哀れよ。
戻るところもない。
仲間もいない。
いつもそうやって血を流している。
そして不満ばかり言っているわ。
こんなはずじゃない、ってそればかりね。」
「・・・」
「だから来たのよ。
・・・あたしはあんたみたいに力は強くない。
あんたがちょっと力を入れれば死んでしまうわ。
だけど、殺されたってかまわない。
あんたには一言言わないと気が納まらないのよ。
だからきたのよ。」
「きさま・・・」
ベジータが近づいて来た。
ゆっくり右手を差し出す。
その手を、ブルマの首にかけようとする。
ブルマは、目を閉じなかった。
しっかりとベジータをにらみ返した。
ベジータも、ブルマをにらみつけた。
「弱いくせに・・・
何の力もないくせに!」
「・・あんたがどんな生き方をしてきたのか判らない。
だけどひとつだけ言っておく」
ブルマがベジータの頬を張った。
「あんたがされたように人を扱うもんじゃないわ。
今度、同じ事をやってごらん、
あたしは、あんたを、軽蔑する。」