野卑な男の臭いが充満していた。
吐き気を催すような。


その部屋に何人兵士がいるのか、ベジータ王子にはわからなかった。
もう目がほとんど見えなかった。
頭が割れるように痛い。
腹もだ。
内臓が何箇所か破裂しているようだった。
穴という穴から黒い血が流れていく。
そんなベジータを笑いながら取り囲む男達
様々な顔があった。
しかし、ビスナという男以外はすべて下級戦士だと、彼は感じた。

「こいつが例の王子様だとよ。」

誰かが口を開いた。
ばらばらと兵士が集まってくる。
ビスナがベジータの前に立った。

「ベジータ王子。
ようこそわが地獄のフリーザ軍に。
これから、あんたを待っているのは入隊の儀式です。
…まずは服を脱いで、ここで裸になってもらいましょう。」

わっと笑い声が起こった。
肉体的に、精神的にとことん追い詰める。
それが洗脳の第1歩なのだ。
もちろんここにいる下級戦士はみなその儀式を受けている。
犠牲者は、次に加害者となり
いじめのプログラムは効果的に受け継がれていく。

「…断る。」

ベジータが、初めて口を開いた。
一瞬ひるんだビスナであった。
しかし、彼は続けた。

「王子様のお召しものは、惑星ベジータのものだ。
フリーザ軍に入った以上は、
ここのものに着替えてもらう。
何一つあんたの星のものは持ち込んではならないんですよ。」

ビスナに目で合図をされて、
大柄で黒い肌をした男がベジータに手をかけた。

「猿は裸でいいんだよっ。」

ベジータはその手を払った。
勢いで血しぶきが飛び、その男の顔にベジータの血が付いた。

「この、クソガキ!!」

男がベジータの腹にけりを入れた。
よろめいたベジータの体を押し倒し、
押さえ込み着ているものを破り始めた。

「なにやってんだあ!!」
「逆らうんだよ、こいつ!」

どっと笑い声が起きて、何人かが手伝い始めた。

「貴様なんて子猿なんだ、裸でいいんだよ!」
「悔しかったら今大猿になってみろ。」
「…貴様ら、許さんぞ!」

わずかに溜めた気を放つベジータ。
周りの男たちの動きが一瞬止まった。

「何を許さないんですかね、王子様。」

男たちはベジータを裸にすると、今度は笑いながら殴り始めた。

「王子様、ほらあ。
やめてくださいといいなさいよ。
そうしたら許してあげますよ。」
「助けてくれといいなさいよ。」
「言えよ!」

…ベジータは耐えていた。
踏みつける、その汚い足の下で。
鼻が折れ、頬が割れても。
骨が砕け、皮を突き破っても。
そのうち、笑い声はやんだ。

「気持が悪い奴だ。」

誰かが言った。
そのとき。
ベジータの目がかっと開いて、その唇がゆっくり開いた。

「覚えていろ…
俺は誇り高きサイヤ人の王子ベジータだ…。
この魂、貴様らの好きにはさせん…。」

ベジータは倒れた。
もう動かなかった。
肌の色からして死にかけているのは誰の目にも明らかだった。
周りの男たちは、ぼろ雑巾のような白い肉体を黙って見つめた。

「たいしたガキだ…。」
「こんなやつ、見たことがない。」

ビスナが歩み寄る。
生気のない小さい身体をだまって見つめる。

「恐ろしいまでのプライドだ…。
こやつはいずれすごい戦士になるだろう。
ベジータ。
今はまだ子供だが、敵に回せば厄介なやつになる…。」

そうして彼はひょいと片手で小さな体を持ち上げ、
出口に近い、トカゲのような顔つきの男に投げた。

「首の骨も折れている。
早くメディカルマシーンに放り込んでおけ。」

トカゲ男はベジータを連れて出て行った。


トカゲ男はメディカルマシーンのスイッチを入れる。
マシンの中に小さい身体を投げ込んで一人でつぶやいた。

…何度死にかけても、生き返るんだよ、これからは…。
お前、このまま死んじまうほうがよっぽど楽だと思うぜ…。

メディカルマシーンがうなりをあげ、
王子の体は徐々に液体の中に沈んでいった。
途切れ途切れの意識の中で、
王子は生と死の境をさまよっていた。
暗い闇の中、彼の魂は一筋の光を求める。
一筋の光を。


このままでは終われない…。


オレは強くなる。
どんな手段を使っても。
そして奴らに思い知らせてやるのだ。
本当の恐怖を。



幼き王子のベジータは今死んだ。
今、戦士ベジータとして、生まれ変わる。

1.サイヤ人の息子



「酷いじゃない、ベジータ!」

ブルマがバタン!とドアをあけて
ベジータのプライベートルームに突然入ってきた。
シャワーからでたばかりのベジータは
身体をぬぐいながら窓際に寄りかかって外を見ていた。
彼はちらりとブルマのほうをみたが
…すぐに視線をはずした。

「ちょっとは加減をしなさいよ!」
「・・・何のことだ。」

わかっているくせにベジータはしらをきった。

「おいで、トランクス。」

呼ばれてドアの向こうからひょっこり顔を出したのは
一人息子のトランクスである。

「どうして子ども相手にここまでするの!?」

トランクスの左目の周りにうっすらと青あざがついている。
それをつけたのはベジータだ。
ブルマはそれを怒っているのだった。

「この子はまだ7歳なのよ!
怪我はさせないでよっ!」
「・・・ママ。」

トランクスは遠慮がちに口を開いた。
明らかに困っている様子である。

「パパは悪くないよ、
僕が修行したいと頼んだんだ。」
「なにいってるの、ひどいあざじゃない!」
「痛くないよ。」

その言葉を聞いてベジータはブルマのほうをはじめてみた。

「こんなガキの方が良くわかっている。」
「なんですって」
「怪我もしないような修行で何が身につく?
実戦なら相手は例え子どもでも手加減しないだろう。
弱ければ殺されるだけだ。」
「あのねえ・・・」

ブルマはベジータの頬に両手をあてて
顔を自分のほうに向けさせた。

「ベジータや孫君のお陰で
地球が平和になったのには感謝しているわ。
でももう戦いは終わったのよ。
殺すの殺されないのなんて話はもうごめんだわっ!」
「ふん」
「トランクスはねえ・・・」

ブルマはトランクスを抱きしめた。
トランクスはベジータの顔色を気にしながらも
やはり溶けそうな笑顔になっている。
ブルマはその表情を確認すると勝ち誇ったようにベジータに言った。

「誰かみたいな戦闘オタクにはしないわよ。
優しくてかっこいいナイスな男の子にするんだから。」
「バカな奴だ。
純粋なサイヤ人の子どもであればいまごろ・・・。」
「なによ」

そこまで言ってベジータは黙り込んだ。

「ちゃんといいなさいよ。」
「…」

ベジータは黙り込んだ。

「もう…言いかけてやめるなんて。」
「もういい。」

ブルマはため息をついた。

「気持はわかるけど…
本当に怪我だけはさせないでね。
トランクスは子どもなのよ、
まだ小さいのよ。」
「…わかった。」
「それじゃあいいわ。」

ブルマはトランクスを抱き上げると頬にキスをした.

「ベジータもキスしてあげようか?」
「いらん!」

言いたいことだけ言ってブルマは引き上げた。
トランクスはどちらの側にもたてないでうろうろしていたが
ベジータのそばに来てそっと口を開いた。

「パパ、またパンチを教えてね。」

ベジータは息子の顔をみた。
自分にもブルマにも似た少年らしい作りだ。
その瞳がにっこりとベジータに微笑んでいる。
ベジータは思わず目を細めた。

「ああ」
「よかった!」

俺にそっくりだ。
あの頃の俺の顔に。

ベジータはあらためて自分の息子をみる。
たいした戦闘訓練も受けずにぬくぬくと育つ息子。
戦士の血を引きながら冷酷さは微塵もなく
ブルマに抱かれて眠っている息子。
身体には生傷一つなく
いつも明るく笑っている。

サイヤ人の子どもであれば今ごろ・・・

そう思いかけてベジータは首を振った。

トランクスは俺じゃない。



2初陣




ベジータは小高い丘の上に一人立っていた。
頭上には青い空が広がっている。
二つの太陽が黄色く地上を照らしていた。
彼はいつもの戦闘服姿であった。
青いアンダースーツに白い手袋とブーツ。
プロテクターには染み込んだ血液が黒く変色して残っている。
もう王家のマントは身に付けていない。
今の彼はただの一少年兵に過ぎなかった。

べジータにとっては名も知らぬこの星が初めての実戦である。
周りを見渡す。
ただ広がるのは緑の山々である。
遠くに小さな集落がうかがえた。
どこかで小鳥のなく声がする。

偵察?
彼は何をするのか全く聞かされていなかった。
そう。
何の指示も彼には与えられていなかったのだ。
10人ほどの偵察隊の一人として
この小さな星に送られたべジータである。
そして彼らのほとんどは
10歳にも満たないような少年ばかりであった。
さまざまな星から集められた子供たちが
戦闘員として
この星のあちこちに降り立っているはずだ。

子供達。
そういう観念はフリーザ軍にはない。
フリーザ軍に年令は関係ない。
仕える物は誰でも使う。
所詮すべてが換えのきく消耗品なのだ。
ベジータには判っていた。
偵察といいながら
何の指示もないこの指令が意味することを。
試されるのだ。
生き残るかどうか。

星を侵略するのに必要なのは絶対的な恐怖だ。
フリーザ軍はむやみに星全体を荒らしたりしない。
高く売り飛ばすために
利用価値を高めるために彼らはできるだけ星を傷つけない。
だからいけにえが必要なのだ。

彼らが目をつけた町。
そこだけを徹底的に破壊する。
できるだけ残酷に
おぞましく。
そしてアピールするのだ。
こうなりたくなければ黙って従えと。

町を焼き払ったりはしない。
犠牲者の遺体ができるだけ残るように
彼らは残酷に行動するのだ。
それは趣味の悪い狩のようでもあった。
兵士たちはいつしか役目を忘れて
自分たちの欲望のために暴走する。

男ばかりでなく
殺す。
女も
子供も
赤ん坊や
歩けないような病人でさえも。

そのときの兵士たちの統制の取れない
破壊と殺戮の嵐の中で
少年兵達が生き残るかどうか。
それを試されるのだ。

フリーザ軍にはいくらでも兵士が必要だった。
侵略に行けば戻ってこないものも多いのだ。
だから攻め込んだ星で戦闘力が強そうな者がいれば
すべて問答無用で連れ帰っていく。
必要なのは即戦力だ。
だが反面無能なものは全く必要としなかった。

「早く見切りをお付けなさい。
役立たずは盾にでもすればいいじゃないですか。
足りなければまたさらって来ればいい」

フリーザはいつもそう言った。
単なる駒のひとつ。
替えはいくらでも集められる。
強ければ生き延び弱ければ死ぬ。
ただそれだけのことなのだ。

そしてそれはベジータ王子とても例外ではなかったのである。

誇り高きサイヤ人の王子ベジータ。
下品で低俗な猿扱いされていたとはいえ
戦士としては有能な彼らである。
ベジータはそんな彼らの気持をまとめるために
必要な存在だったのだろう。
サイヤ人の象徴としての王子として。

いつまでも我々サイヤ人が
フリーザに支配されるなんてことはあってはならない。

子どもながらに王子としての彼はそう考えていたのだ。
そのためには彼は強くなるべきだった。
そして心まで支配を受けてはいけないと誓っていた。

だから。
孤独に耐えたのだ。 
度重なる暴力にも、薬物の投与にも。
非人間的な扱いにも。
プライド。
サイヤ人の王子としてのプライドを守るために。
一人で耐えてきたのだ。

然し自分の星を失ってベジータの心は揺れた。
べジータの上司にあたるビスナ。
ある日彼がべジータに告げた。
故郷の最後のことを。

張り詰めていた糸が切れたのだった。
戻るべきところを失って
守るべき王国を失って
ベジータは
すすむべき道を見失った…。

べジータは歩み始める。
あてもなく。
フリーザの目をつけたこの星。
もう何時間もしないうちに血の海になるだろう。
そう考えたところでベジータの気持には
何の揺らぎもおこらなかった。
青い空が広がり緑なすこの風景。
スカウターには何の強い数値も現れない。
住んでいるのはおそらく穏やかな生物だけだろう。
資源が豊富なのだ、多分。
だから狙われるのか。

そのとき。
背後で人の気配がした。