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殿のブログ

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大衆を洗脳するのは簡単、不安を煽ればよい。毎日毎日テレビで、コロナの感染者数を伝え続け、ソーシャルディスタンスなど、新しい単語を並べれば、それになびく大衆がゾロゾロ。そして、それらが、コロナが怖いというインタビューを流せば、国民の大多数がそう思っていると思わせる。さらに、他の病気のことは一切触れずに、世の中にはコロナ以外の病気が存在しないかのように思わせる。

このコロナ騒動によって受けた影響、あまりに大きい。まず、仕事を失った人たち。

施設で暮らす高齢者は、面会出来ないだけでなく、自室で寝かされるだけになって、会話をしなくなり、声を出さなくなったため、声を出すことが出来なくなった。さらに、体を動かさなくなったので、身体機能が衰え、寿命が縮まった。コロナにはかからないものの、命が縮まったのだ。こういうことがわからない者が大半だ。

毎回書くが、病気はコロナだけではない。コロナでの死者数は、病死者数の三百分の1しかいないのだ。コロナばかり気にして、他の病気にかかることが無視されている。どうしてわからないのかね。だから、大衆を洗脳するのは簡単なんだ。

東京都の1日のコロナの感染者数が千人を超えた。テレビ局にとっては朗報だろう。ワイドショーのネタが欠かないからだ。

何度も書くが、日本でのコロナでの死者数は、全病死者数の三百分の1にも満たないのだ。それを、まるで全病死者数であると思っている連中が多い。コロナ以外の病気の方がはるかに多いのに、それが存在しないと思っている連中が多い。そんなに大騒ぎすることか。インフルエンザで死んでいる人の方が多いのに、全く報道されない。報道を真に受ける連中が、怖いとか、わけのわからないことを言って、余計におかしな流れを加速している。コロナは、報道するに値しない案件だ。

真実を見極める眼力のない連中が多すぎる。

コロナのニュース、今度は、変異種か、という感じ。また新たな題材を作り出して、まだまだ引っ張ろうということか。

私の職場でも、マスク、マスクとうるさい人、いつもビニールの手袋をしている人もいる。そういう人は、人がこだわらないことにこだわって、仕事が異常に遅い。

報道は絶対ではなく、本当のところはどうなのかを見抜く目を持ちたい。

コロナが怖いという者は、家から出ないで、身動きしなければよい。

密になるとか、屁理屈を言う連中。一体どれくらいの人がウィルスを持っているというのだ。この一年、コロナ教の信者どものせいで、大迷惑した。

私は2003年のsarsが流行したとき、台湾へ旅行したが、全く問題なかった。もともと、問題なんてないのだ。それなのに、テレビなどが騒ぎ立てて、それを信じる者たちがいて迷惑を被る人がいる。

ある県では、今年のコロナでの死者数が交通事故での死者数の3分の1である。交通事故があっても、車が禁止だとか、歩行禁止にはならない。このことをみても、コロナ教の信者は異常であることがわかる。

コロナについて思うことはいろいろある。だいぶ前に、マスクを買うために、スーパーに行列していた人たちがいた。開店と同時にマスク売り場に突進し、マスクを奪いあう光景を何度も見た。マスクがなくなるのではないかとの報道を真に受けてのことだった。

大衆は同じ行動を取りたがる。鬼滅の刃という映画、何だかわからないが、観に行こうという心理。宣伝さえすれば、すぐに飛びつく人。

コロナも、実際のところを見極めないで、報道の丸呑み。そういう連中によって、医療関係者などが不当に避けられたり、自粛警察など、愚の骨頂。そういう連中こそ処罰されるべき。大衆を洗脳することは簡単なんだと思う。流行が終わったら、何事もなかったかのように忘れ去る。自分の考えは何もないのだろう。

年末の帰省、コロナが怖くて、あきらめた人、でも、鎌倉なんか人であふれている。先週、仕事で地方へ出かけたが、go toの関係で、列車は満員だった。コロナを気にしている人もいれば、そうでない人もいる。なのに、テレビで報道されるインタビューでは、怖いというものだけ。世の中に存在する病気は、コロナしかないのではない。他に山ほどあるし、他の病気で死ぬ人は、コロナで死ぬ人の300倍もいる。

テレビなどが、コロナ、コロナと騒ぎ過ぎているのだ。そして、それを真に受けている連中が、自粛警察や、マスクをしろ、とか、異常なことを言っている。

この時期、インフルエンザや風邪で死ぬ人もたくさんいるが、そういう人がいないと思っている連中。コロナで死ぬ人よりも多いのだ。

町中でマスクをしないといけないという人。コロナよりも、タバコの害の方が遥かに大きい。マスクをしているくせに、歩行喫煙する者、喫煙の方がはるかに大きな罪だ。それによって、年間に何十万人もが、受動喫煙で亡くなっている。桁が違う。コロナよりも、タバコの害を取り締まるべき。コロナどころではない。

いい加減、コロナの報道はやめてもらいたい。

 

この1年、毎日、新型コロナウィルス肺炎の報道、もう、飽きた。

日本の年間病死者数は100万人くらいだが、コロナでの死者はいまだに3000人くらい。つまり、300分の1でしかない。

パーセントでいうと、0.3%。そして、その死者のほとんどは、何か基礎疾患があって、それで死んでいる。

あれだけ毎日、コロナ、コロナ、と報道されて、怖いとか、心配だとか、いう人がいる。

しかし、実際のところ、世の中に存在する病気はコロナだけではない。もし、コロナ以外に病気が存在しないのだったら、そのような考えは成り立つが、上に書いたように、日本の年間の死者数の99.7%はコロナではない病気で死んでいる。

コロナを怖がって、換気をしろとか、外出するな、とか、マスクをしろ、とかいう人は、それによって、他の病気のリスクが高まることがわかっていない。他の病気だけでなく、経済的に困る人も多数出ている。

コロナ教に洗脳されているのだ。ナチスドイツの時代に、ヒトラーが、大衆を洗脳するのは簡単だ、と言った。不安をあおる宣伝をすればよいのだ。いま、コロナが怖いと言っている者たちは、報道機関が連日コロナについて言っていることによって、洗脳されていて、コロナしか病気が存在しないと思っている。自粛警察だとか、他県からくるな、とか言っていた者は、自分のしたことを恥じるべき。

もう一度書くが、コロナで死んだ人は、日本の年間の死者数の0.3%でしかない。これが100%だと思っている連中が少なくないことが問題。

いい加減、コロナのしつこい報道はやめてくれ。

先日、イスラエルへ旅行しました。今回も個人の1人旅でした。学生時代に卒業旅行でヨーロッパに1人で個人で行って以来、1度もパックツアーを利用したことはなく、1人か、家族での2人旅です。

旅行したことを知人に話したところ、その人は、「自分はヨーロッパは全部行った」と言っていましたが、それはすべてパックツアー。行程もホテルもすべてできていて、ただそれに乗っかるだけって、行ったというだけのこと。

個人で、しかも、1人で行くとなると、事前にかなりの下調べをして、ホテルをどこにとるか、航空会社はどこにするか、空港や鉄道の駅からホテルまでどうするか、とか、どこで食事するか、電車や路線バスの乗り方はどうか、とか、あらゆることをクリアーして行くのです。それだけ大変なことはあっても、個人の1人旅でしか得られないことは山ほどあるので、旅は個人の1人旅かせいぜい家族との2人しかありえないです。

日本の若者も見かけましたが、男の2人連れや3人連れでした。そんなのだったら、1人で来たほうがずっとよい。3人連れとか、面倒くさい。なんで1人で来ないのかね。

1人で行くと、あらゆることに気を配りながら、じっくりと見たいものは見て、きままに行動しながら、入りたい店に入る。常に危険との隣りあわせなので、隙を見せず、迅速に行動する。

パックツアーで行くくらいなら、行かないほうがましだと思っているし、個人の1人旅とパックツアーとは、異次元の世界と考える。

私もある程度の年齢なので、40歳を超えたあたりから海外の航空路線は、ヨーロッパ内の短距離を除いて、ビジネスクラスにしている。今回も航空券だけで往復で40万円かかり、これはエコノミークラスの12万円の3倍以上だった。費用対効果という点では、赤字であるが、自分へのご褒美という思いで、利用した。

 

ある中学校の入学式に出席してきました。アナウンスによると、入学する生徒1人当たり2.5人分の保護者席があるとのことでした。なのに、保護者席が足りなくなっていました。?

入学式や卒業式は、母親だけが出席することが前提ですが、その日が土曜日などで父親の仕事が休みの場合には父と母2名で出席することもありかもしれないです。ですが、祖父母や弟妹兄姉まで連れてきて、1人の入学生徒に6人もついてきたり。こういうことが狂っていることだとわからない連中が少なくないので、きちんと制限すべきだと思います。祖父母や兄弟姉妹は関係ないから立ち入り禁止です。父母が2名で来ても過保護ですが、それ以外は論外。ひどい。

1週間くらい前、偶然BS11で、映画「戦場のピアニスト」を観ました。今から10年くらい前の映画です。第2次世界大戦中、ナチスドイツに占領されたポーランドの首都ワルシャワで、ユダヤ人のピアニスト「シュピルマン」が、絶滅収容所行きから脱し、隠れて生活していましたが、1944年8月のワルシャワ蜂起で銃弾が行きかう中、ドイツ軍の将校「Wilm Hosenfelt」に救われたという実話です。シュピルマンよりも、ドイツ軍の将校の印象が強かったです。その将校はソビエト軍の捕虜になり、諜報部に属していたと疑われて拷問され、ユダヤ人を何人も助けたと言っても一笑に付され、捕虜収容所で病気になり、1952年に亡くなりました。

それにしても、ソビエト(今のロシア)、ひどい国です。良いことをした人を拷問してしまいには殺してしまった、それが1人や2人ではないのです。

ユダヤ人を何人も救ったスウェーデンの外交官ワレンバーグも、スパイだと疑われて、ソビエトに殺されました。最悪です。

この映画を観てしっくりこないのは、やはり、ドイツ軍将校がソビエトに殺されたという結末があるからでしょう。

当分の間、旅行はできそうもないので、28年前と25年前の旅行の写真をアップ。

はじめの4枚は、1988年(昭和63年)8月の西ドイツの写真。この頃は日本からヨーロッパへ行く飛行機のノンストップ便ができて間もなかったので、行きはアラスカのアンカレッジ経由、帰りは初めてロンドンからのノンストップ便でした。成田空港に着いて表示を見ると、

POLER ROUTE(北極回り)と出ていました。直行便は楽なんだな、と思いました。

航空運賃は、今の倍以上で、成田とロンドンの英国航空エコノミークラス往復が30万円もしました。

1 当時の西ベルリンの中心Zoo駅 駅名表示にDRとあるのは、Deutche Reichesbahn

つまり、東ドイツの鉄道、という意味です。まだドイツ統一前でした。

2 西ベルリンから東ベルリンへ徒歩で入る検問所 チェックポイントチャーリー

ここで、西ドイツ25マルクを東ドイツ25マルクに両替させられて、緊張の中、東へ。  

右の建物は壁博物館で、今はものすごく立派になっています。  

 

3 ヴュルツブルグ               

 

4 ミュンヘンの中心部から国電(Sバーン)で40分ほどのところにあるシュタルンベルグ湖

この十字架は、東京ディズニーランドのシンデレラ城のモデルである、ノイシュバンシュタイン城を作ったルードビッヒ2世が、ここで身を投げたことによります。

   

ここからは1991年(平成3年)夏、ドイツからポーランド

このときは、7月末から19日間、旅行しました。エールフランスでパリに飛び、ベルリン、ライプチヒ、ワルシャワ、クラコフ、ウィーン、ブダペストと周り、ウィーンに戻って、パリへ行き、帰国。行きの成田パリ間のエコノミークラスは空席がかなりありました。

ライプチヒからワルシャワへは、午後4時発の夜行列車で翌朝の8時まで、16時間、垂直の座席で。クラコフでは駅前のホテルが、朝食なしトイレ共同で1泊1500円。

ベルリンの壁が崩壊して2年もたたない頃なので、東ヨーロッパの旅行者はほとんどなく、クラコフから50キロほど離れたところにあるアウシュビッツへは、クラコフの駅前に止まっていたタクシーで行き、運転手と一緒に周って、またクラコフまで乗せてきてもらうのがふつうで、私は、英語を話せる運転手がいなかったので、ドイツ語を話せる運転手のタクシーで、片言のドイツ語で会話しました。この距離を往復して、US40ドル(5600円)でした。運転手は、私の質問によく答えてくれましたが、たった一つ、ユダヤ人についての質問には、聞こえないふりをしました。答えたくなかったのですね。質問して申し訳なかったです。

今のように、アウシュビッツでさえ団体が押し寄せる時代と違い、当時のアウシュビッツは閑散として、ゆっくりと見学でき、第2収容所ビルケナウは私がいた時間はたぶん10人いたかどうかというくらいすいていました。車は私のタクシーの他には1台か2台。本当に見学したい人しか来ていなかった。クラコフからは夜行列車のクシェット(簡易寝台)でウィーンへ。

 

私がアウシュビッツのことを知ったのは1987年、その後、東武百貨店船橋店で「アウシュビッツ展」が開かれ、NHKテレビで放送された「夜と霧をこえて」を見たりして、行ってみたくなり、地球の歩き方「東ヨーロッパ編」を買って、本当に行けるのか自信がなかったのですが、覚悟を決めて出発しました。

まだこの頃は、ナチスについてはユダヤ人関係のことしか知らなかった。ところが、2006年に「白ばらの祈り」という映画をきっかけに、抵抗運動のことを知り、ドイツ国民で、犠牲になった人たちのことを知りました。白バラというのは、ミュンヘン大学の学生のグループを中心とした、ビラを配ったり郵送したりした人たちで、中心の6人とハンブルググループの8人は処刑、

残りの人たちも苦難を味わいました。その中で、難を逃れ、長生きした人たちがいます。

Jurgen Wittenstein (1919~2015)  Lilo Ramdohr(1913~2013)

Traute Lafrenz(1919~現在もアメリカに)

この方々についての細かいことは省きます。

5 ライプチヒ中心部            

   

6 バッハが聖歌隊の指揮者を務めたトーマス教会  

  

7 ポーランド クラコフ中心部           

 

アウシュビッツは第1収容所と第2収容所があり、第2は第1よりもはるかに広いです。

現在、第1収容所跡は建物の中に展示があります。第2収容所跡はほとんどのバラックはすでになく、展示はありません。第1と第2の間は3kmほど離れていて、連絡バスがあります。   

8 アウシュビッツ(第1収容所)

 

9 チクロンB(毒ガス)の缶             

 10 眼鏡の山  

11 収容者の写真                 

 12 ガス室の模型 

 

13 第2収容所(ビルケナウ)のバラック(寝台)  

   

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15 ビルケナウの監視塔からの景色

  

16 ビルケナウ ガス室の廃墟 ドイツ軍はここから撤退する際、証拠を隠滅するためにガス室を爆破しました。なので、当時の形はとどめていません。