職場の安全安心サポート

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企業の労働安全衛生管理に力を入れて活動しています。職場の安全対策やメンタルヘルス対応、健康診断や労災対策など、従業員が健康で安心して働ける職場づくりをサポートする情報を中心に発信します。

「運転中はよそ見をするな、と言ってあります」

 

「作業しながら記録をつけたほうが効率的でしょう」

 

「フォークリフトの運転手にタブレットを持たせています。指示がすぐ届くので」

 

「クレーンの合図者? 手元の書類を見ながら合図していましたね」

 

——今日は、という資源の話をします。

 

この連載で繰り返し出てきた、あの限られた資源そのものについてです。

 

木の枝すれすれを飛びながら、トルク計を見る


対戦車ヘリコプターは、射撃位置に入る前、匍匐飛行(NOE)で進入します。

 

匍匐、という字のとおりです。

 

地面すれすれを這うように飛ぶ。

 

木立の間を抜け、稜線の陰に隠れ、地形を利用しながら、相手に発見されない高度を保って進みます。

 

このとき、視線を外に向けていない瞬間は、ありません。

 

木の枝が、目の前にあります。

 

地面が、すぐ下にあります。

 

0.5秒目を離せば、機体は数十メートル進んでいます。

 

「ぎりぎり接触しない高さ」を維持しながら飛ぶというのは、そういうことです。

 

ところが、ここで厄介な事情がありました。

 

弾薬を満載したAH-1Sにとって、エンジンのオーバートルクほど恐ろしいものはないのです。

 

重い機体を、低速で、地形に沿って飛ばす。

 

これは、エンジンに大きな出力を要求する飛び方です。

 

そして規定を超えたトルクをかければ、動力伝達系を傷めます。

 

飛行中にそれが起きれば、どうなるかは申し上げるまでもありません。

 

つまり、トルクは、常に監視していなければならない値でした。

 

ここに、決定的な矛盾があります。

 

最も目を離せない場面で、最も監視が必要な数値がある。

 

計器盤は、前方視界の下にあります。

 

トルクを確認するには、視線を落とさなければならない。

 

しかし、視線を落とせば、前が見えない。

 

前が見えなければ、木に当たる。

 

どちらを取っても、危ない。

 

この矛盾に対する答えが、ヘッドアップディスプレイ(HUD)でした。

 

AH-1Sの後席、操縦士の正面には、この装置が備えられていました。

 

前方の風防越しの視界の中に、速度やトルクといった情報が重なって表示されるのです。

 

外を見たまま、数値が読める。

 

視線を落とさずに、飛べる。

 

この意味は、実際に地面すれすれを飛んだ者にしか分からないかもしれません。

 

あの装置があるかないかで、操縦にどれだけ集中できるかが、まったく違うのです。

 

「見るな」ではなく、「見なくて済むようにする」


ここで、設計思想としての転換点を確認しておきたいと思います。

 

この矛盾に対して、考えうる解決策は二つありました。

 

一つ目。「前方から目を離さないよう、訓練を徹底する。」

 

しかし、これは解決になりません。

 

トルクの監視は必要なのですから、いつかは見なければならない。

 

「見るな」と言われても、見ないわけにはいかない。

 

必要な情報がそこにある限り、人は必ず目を落とします。

 

二つ目。「情報のほうを、視線の先に持ってくる。」

 

航空の世界が選んだのは、こちらでした。

 

人間の視線を、情報のある場所へ動かすのではない。

 

情報を、人間の視線があるべき場所へ動かす。

 

この発想の転換が、ヘッドアップディスプレイという装置を生みました。

 

そして、この連載で繰り返しお話ししてきたことが、ここで一本につながります。

 

Vol.5では、目が使えないから触覚に情報を振り分けた——形状コーディングの話をしました。

 

Vol.6では、音は視線と違って避けられないから、最優先のものだけに使うという話をしました。

 

Vol.7では、タッチパネルが目という資源を消費するという話をしました。

 

すべて、同じ問題を扱っていたのです。

 

人間の目は、一度に一か所しか見られない。

 

そして、それは訓練では増やせない。

 

だから設計者は、目をどこに使わせるかを決め、それ以外の情報は別の感覚に振り分けるか、目のある場所へ持っていくのです。

 

あなたの現場は、どこで目を奪っていますか


さて、翻訳します。

 

冒頭の四つを、もう一度見てください。

 

フォークリフトの運転手が、タブレットを見る。

 

作業をしながら、記録をつける。

 

クレーンの合図者が、手元の書類を見る。

 

これらに共通しているのは、危険源から目を離さなければ、業務が完結しない構造になっているということです。

 

そして、それに対する対策が「よそ見をするな」であるなら、それは何の対策にもなっていません。

 

見なければ仕事が終わらないのですから、必ず見ます。

 

私が申し上げたいのは、こうです。

 

「目を離すな」と教育する前に、目を離さなければ得られない情報がないかを確認してください。

 

もしあるなら、教育の問題ではありません。設計の問題です。

 

現場の言葉に置き換えると、こうなります。


(NG)「フォークリフト運転中の端末操作を禁止する」

 

→(OK)「走行中に情報が届かない仕組みにする。指示は停車位置での受信とするか、音声で伝える。運転席から見える位置に大型表示を設置する」


(NG)「作業中は手順書から目を離さないよう指導する」

 

→(OK)「手順を作業姿勢のまま読める位置に掲示する。または音声で読み上げる。記録は作業終了後にまとめて行う」

 

(NG)「合図者は、合図に専念するよう指示する」

 

→(OK)「合図者に書類を持たせない。記録や確認は別の者が担当する。役割を兼務させない」

 

(NG)「機械の運転状況を確認しながら作業する」

 

→(OK)「運転状態を示す表示灯を、作業位置から見える高さ・向きに移設する。回転灯やブザーを併用する」


共通しているのは、「見る場所を減らす」か「見なくて済むようにする」かの、どちらかです。

 

兼務は、視線を分断する


もう一点、実務上とても重要なことを申し上げます。

 

一人に二つの役割を持たせると、視線が分断されます。

 

合図をしながら記録をつける。

 

運転をしながら指示を受ける。

 

作業をしながら周囲を監視する。

 

玉掛けをしながら周囲の作業者を見る。

 

人手が足りないと、こうした兼務が当たり前になります。

 

そして経営としては、それを「効率化」と呼びたくなる。

 

しかし、目は一つの場所しか見られません。

 

兼務させた瞬間、どちらかの監視は必ず途切れます。

 

そして、途切れるのは、たいてい危険源のほうです。

 

書類は待ってくれますが、書類を書いている間も、機械は動き続けているからです。

 

前の連載で、火砲は一人では撃てないという話をしました。

 

分業そのものが安全装置になっている、と。

 

視線についても、同じことが言えます。

 

見るべき対象が二つあるなら、人も二人必要です。

 

それが難しいなら、そもそも二つ見なければならない状態を、設計でなくすしかありません。

 

明日からのアクションプラン

 

① 「作業中に目を離す必要がある場面」を洗い出す


現場を回り、あるいは職長に聞いて、こう問うてください。

 

「この作業をしている最中に、別の場所を見る必要がある場面はありますか」

 

計器を見る。

 

手順書を見る。

 

図面を見る。

 

伝票を見る。

 

端末を見る。

 

時計を見る。

 

周囲を確認する。

 

出てきた場面を全て書き出し、それぞれについて「そのとき、危険源から何秒目を離すか」を、実際に測ってみてください。

 

3秒でも、機械は動きます。

 

フォークリフトは進みます。

 

吊り荷は揺れます。

 

測った数字を見た瞬間に、多くの管理者の見方が変わります。

 

② 記録・確認を、危険作業から時間的に切り離す


最も安上がりで、最も効果があるのがこれです。

 

「作業しながら記録する」をやめてください。

 

作業は作業として完結させ、記録は作業を終えて安全な場所に移動してから行う。

 

それだけで、視線の分断が消えます。

 

「効率が落ちる」と言われるかもしれません。

 

しかし、落ちるのは数分です。

 

そして得られるのは、その数分の間に起きたかもしれない災害を防いだという結果です。

 

同時作業を減らすことは、生産性の敵ではありません。

 

一つのことに集中させることが、結果として速く、正確です。

 

③ 表示物を、作業姿勢のまま読める位置へ移す


これも今日からできます。

 

現場の表示・掲示・計器を見て、「その作業をしている姿勢のまま、読めるか」を確認してください。

 

しゃがんで作業しているのに、掲示が立った目線の高さにある。

 

機械の正面で作業しているのに、表示が側面にある。

 

屋外作業なのに、事務所の壁に貼ってある。

 

——読めない位置にある情報は、無い情報です。

 

移すだけなら、費用はほとんどかかりません。

 

ヘッドアップディスプレイの思想を、最も安く実現する方法が、これです。

 

目を守ることは、人を守ること


匍匐飛行をしているとき、私が見ていたのは、木の枝と地面と、そして前方の空間でした。

 

その視界の中に、必要な数値が重なって見えている。

 

だから、外を見続けたまま、機体の状態を把握できる。

 

あの装置は、私の目を、本来見るべき場所に留めてくれていました。

 

装置がなければ、どうなっていたか。

 

トルクを見るために視線を落とし、木の枝を見失い、慌てて視線を戻す。

 

その繰り返しになっていたはずです。

 

そして、そのどこかで、必ず何かが起きていたでしょう。

 

現場も、同じです。

 

作業者の目を、本来見るべき場所から引き剥がしている構造が、どこかにあります。

 

それは端末かもしれません。

 

伝票かもしれません。

 

離れた場所にある計器かもしれません。

 

あるいは、二つの役割を一人に負わせている人員配置かもしれません。

 

そして、その状態で災害が起きたとき、報告書にはこう書かれます。

 

「原因:不注意。前方確認不足。」

 

——この連載の第1回で申し上げたことを、もう一度繰り返させてください。

 

それは、人のミスではありません。

 

その人は、見なければならないものを見ていただけです。

 

二つ同時に見られない生き物に、二つ見ることを要求した設計が、そこにあっただけです。

 

今日、あなたの現場で、誰の目が、どこへ引っ張られているでしょうか。

 

次回、Vol.9「機械がうまくやるほど、人は下手になる。自動化がもたらす技量の空洞化」。

 

この連載も、いよいよ自動化の話に入ります。

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今日のまとめ

以上いかがでしたでしょうか?

 

もし共感いただけるようでしたら、コメントやスキを押してくれると励みになります。

 

なお、ワラビー社会保険労務士事務所/行政書士事務所では、製造業・建設業・運送業の事業者様に向けて、作業手順と人員配置の見直し、そしてリスクアセスメントの実施をご支援しています。

 

「前方不注意」「確認不足」で終わっている災害報告書の背後に、構造的に目を離させている設計が潜んでいることは、決して珍しくありません。

 

とりわけ人手不足の中では、一人に複数の役割を兼務させる場面が増えます。

 

そこに安全上の無理が生じていないかを、外の目で点検することには価値があると考えています。

 

私は陸上自衛隊で33年間、航空の安全と事故調査に携わり、限られた注意をどこに向けさせるかという設計の中で仕事をしてきました。

 

当事務所は完全オンラインでの対応を基本としておりますので、全国どちらの企業様でも、移動の負担なくご相談いただけます。

 

ぜひお気軽にご用命ください。

 

ワラビー社会保険労務士事務所/行政書士事務所

 

社会保険労務士・行政書士 渡辺 忍