「その助成金、うちも使えたんですか? 締切が過ぎてから知りました……」
「法改正の話って、いつも後から聞くんですよね。もっと早く知っていれば」
「ネットで調べても、その情報が古いのか新しいのか、判断がつかなくて」
「AIに聞いてみたら、それらしい助成金を教えてくれたんですが、調べたら存在しませんでした」
——どれも、実際に中小企業の現場で起きていることです。
特に最後の一つは、笑い話では済みません。
前回まで、文書と人事労務の「つくる仕事」をAIに任せる話をしてきました。
今日は少し毛色を変えて、「知る仕事」——情報収集です。助成金、補助金、法改正。
中小企業は、使える制度を知らないまま逃すという「見えない損失」を、毎年出しています。
AIは、この情報戦の強力なアンテナになります。
ただし、使い方を誤ると、冒頭のセリフのように「存在しない制度」を掴まされる。
今日は、アンテナの立て方と、事故調査官として叩き込まれた「裏取りの鉄則」を、セットでお伝えします。
「一つの証言を、決して鵜呑みにするな」── 事故調査の鉄則
私はかつて陸上自衛隊で33年間勤務し、陸上幕僚監部で航空事故調査を担当する係長を務めた経験があります。
事故調査の現場で、最初に叩き込まれる鉄則があります。
「一つの情報源を、決して鵜呑みにするな」です。
目撃者の証言は、真剣で誠実であっても、記憶違いや思い込みを含みます。
だから調査では、証言、飛行記録、機体に残された痕跡、気象データ——性質の異なる複数の情報源を突き合わせ、それらが一致して初めて、一つの事実として認定します。
どれか一つがどれほど「もっともらしく」ても、裏付けのない情報は、仮説のまま扱う。
なぜ、そこまで慎重なのか。
事故調査の目的は、犯人捜しではなく、真因を突き止めて再発を防ぐことだからです。
もっともらしい情報に飛びついて結論を急げば、真因を見誤る。真因を見誤れば、対策が的外れになり、同じ事故が繰り返される。
つまり、裏取りを怠ることは、未来の事故に加担することなのです。
「情報は、裏を取って初めて情報になる」。この言葉を、私は今も自分に課しています。
翻って、AIを「アンテナ」に、公式を「正典」に
翻って、あなたの会社の情報収集です。
AIの使いどころと、危ないところを、はっきり分けてお話しします。
まず、AIが強いのは「候補出し」です。
たとえばこう聞いてみてください。
「三重県の製造業、従業員15人の会社です。設備投資と人材育成を考えています。使えそうな国や自治体の支援制度の候補を、幅広く挙げてください」。
業種・規模・やりたいことを伝えるだけで、自分では思いつかなかった制度の名前が、ずらりと出てきます。
人手で何時間もかかっていた「あたりをつける」作業が、数分で終わる。
これがアンテナとしてのAIです。
最近のAIには、インターネットを検索しながら答えるものも増えており、鮮度も上がってきました。
法改正についても、「この改正を、中小企業の経営者向けに、実務で何が変わるかを中心に説明して」と頼めば、難解な条文をかみ砕く優秀な解説役になってくれます。
しかし、ここからが肝心です。
AIの答えには、三つの弱点があります。
第一に、情報が古い可能性。
助成金は年度ごとに要件や名称が変わり、AIの知識が最新とは限りません。
第二に、もっともらしい誤り。
実在しない制度をそれらしく語ったり、廃止された制度を現行のように答えたりすることが、現実にあります。
第三に、細部の不正確さ。
助成率、上限額、対象要件、締切——実務で一番大事な数字ほど、ずれていることがある。
だから、鉄則はこうです。
「AIで見つけ、公式で確かめ、専門家で仕上げる」。
AIが挙げた候補は、必ず一次情報——厚生労働省、経済産業省、労働局、自治体の公式サイト、そして何より「公募要領」——で確かめてください。
助成金の世界では、公募要領が正典です。
解説記事でもAIの要約でもなく、公募要領の原文に当たる。
事故調査で言えば、証言(AIの答え)を、飛行記録(公式文書)と突き合わせる作業です。
もう一つ、助成金には決定的な急所があります。
申請のタイミングです。
多くの助成金は、取り組みを始める前に計画届などの事前手続きが必要で、「やってしまった後」では申請できません。
締切も年度途中で予告なく変わることがあります。
「知った時には手遅れ」を防ぐには、アンテナを常時立てておくこと。
そして、少しでも可能性を感じたら、動き出す前に専門家へ相談すること。
この順序が、使える制度を確実に掴む道です。
明日からのアクションプラン
① 月に一度の「アンテナの日」を決める
まず、毎月1回、30分だけ「制度情報の日」をカレンダーに入れてください。
その日にAIへ、自社の業種・規模・今考えている取り組みを伝えて、使えそうな制度の候補出しをさせる。
情報収集を「思いついた時」から「仕組み」に変えることが、逃さない体質への第一歩です。
② 「一次情報で確認」を、自分のルールにする
次に、AIが挙げた候補は、必ず公式サイトと公募要領で裏を取る、と決めてください。
厚生労働省・経済産業省・お住まいの県や市町村の支援情報ページを、ブックマークしておきましょう。
「AIの答えは仮説、公式が事実」。
この一行を、机に貼っておくくらいでちょうどいいのです。
③ 「動き出す前に相談」を徹底する
最後に、可能性のある制度を見つけたら、設備の発注や雇入れなど実際の行動を起こす前に、専門家へ相談してください。
助成金は、事前の計画手続きが命です。
順序を一つ間違えただけで、もらえたはずの数百万円が消えることもある。
急がば回れ、が最も速い道です。
おわりに ── アンテナは立てた者だけに届く
今日、あなたは「AIで見つけ、公式で確かめ、専門家で仕上げる」という三段構えを手に入れました。
使える制度を逃すという見えない損失は、アンテナを立てた会社から順に、なくなっていきます。
情報は、裏を取って初めて情報になる。
事故調査の鉄則は、AI時代の情報収集の鉄則でもあります。
もっともらしさに飛びつかず、しかし臆病にもならず。アンテナは高く、裏取りは深く、です。
次回 Vol.6「安全教育が変わる ── 現場に届く教材を、AIで量産する」では、製造・建設・運送の現場で働く皆さまお待ちかねの安全教育です。
KY活動の資料、ヒヤリハットの整理、飽きさせない教材づくり。
安全屋の本領として、たっぷりお話しします。
以上いかがでしたでしょうか?
もし共感いただけるようでしたら、コメントやスキを押してくれると励みになります。
なお、ワラビー社会保険労務士事務所/行政書士事務所では、助成金・補助金の活用を「アンテナから申請まで」一貫して支援しております。
「うちで使える制度を一緒に探してほしい」「見つけた助成金が本当に使えるか確認したい」「事前の計画届から申請まで任せたい」——AIというアンテナと、公募要領を読み込む専門家の目。
その両方で、使える制度を逃さない体制をつくります。
私は自衛隊で、事故調査という「裏取りの世界」に身を置いてきました。
もっともらしい情報に飛びつかず、一次情報で確かめる。
その規律を、あなたの会社の制度活用に活かします。
「知らなかった」の損失を、今年で終わりにしましょう。
ワラビー社会保険労務士事務所/行政書士事務所
社会保険労務士・行政書士 渡辺 忍
