おはようございます。ワラビー社会保険労務士事務所代表の渡辺 忍です。
本日は12月25日、木曜日。
メリークリスマス! 街はクリスマス一色ですが、私たち労働安全衛生に関わる人間にとっては、年末年始の長期休暇を前に、設備の停止操作や大掃除など、普段と違う作業が発生する「要注意日」でもあります。
さて、好評連載中の『「教わる」から「自ら動く」へ。元幹部自衛官社労士が伝授する「安全教育」バイブル』。
第5回目の本日は、形骸化しがちな安全対策の代表格、「マニュアル」についてお話しします。
※シミュレータ付きのWeb版はこちら。https://wallabysr.com/ankyouvol-5/
「マニュアル通りにやれ」という無理難題
事故が起きた時、管理者はよくこう嘆きます。
「マニュアルには書いてあったのに、彼が読まなかったのが悪い」
しかし、そのマニュアル、本当に「読める」状態でしたか?
-
事務所のキャビネットの奥底にある。
-
背表紙の厚さが5cmもある。
-
文字がびっしり詰まっていて、図が一つもない。
-
「第1章 総則」から始まり、肝心の手順にたどり着くまで時間がかかる。
もし御社のマニュアルがこの状態なら、それを現場で読めというのは、戦場で「六法全書を読みながら戦え」と言うようなものです。
緊急時や忙しい現場において、そんなマニュアルは「ただの紙束」であり、現場を守る武器にはなりません。
自衛隊式・マニュアルの二刀流
私がいた陸上自衛隊の世界には、膨大な規定や教範があります。しかし、パイロットがフライト中にそれらを開くことはありません。
代わりに持っているのが、「チェックリスト(アンチョコ)」です。
自衛隊では、資料を明確に2つに分けます。
1. テキスト(教科書)
-
目的:学習用。原理原則や詳細な構造を理解するためのもの。
-
形状:分厚い本。事務所や教室で読む。
2. チェックリスト(武器)
-
目的:行動用。現場でミスなく手順を実行するためのもの。
-
形状:パウチ加工された1枚のカード、あるいは膝に巻き付けるバインダー。
-
内容:「スイッチON」「圧力確認」など、「動作(Action)」だけが書かれている。
現場で事故を起こす組織は、この2つを混同し、学習用の分厚いテキストを現場に持ち込ませようとします。だから誰も読まないのです。
緊急時は「トンネルビジョン」になる
人間は、焦ったりパニックになったりすると、視野が極端に狭くなる「トンネルビジョン」という状態に陥ります。
この状態では、脳の処理能力が低下し、細かい文字を読むことが生理的に不可能になります。
機械から煙が出ている時、「えーっと、緊急停止手順は35ページだから…」とページをめくっている暇はありません。
必要なのは、機械の真横に貼られた、デカデカとした「ここを押せ!」という写真付きの1枚紙です。
今日からできる「アンチョコ化」3つのステップ
御社のマニュアルを「使える武器」に変えるために、以下の手順でリメイクしてみてください。
Step 1: 「挨拶」を捨てる
「はじめに」や「安全の心得」は、現場のアンチョコには不要です。1秒で行動に移れるよう、ノイズを極限まで削ぎ落としてください。
Step 2: 「写真」で語る
「メインバルブを閉じる」という文字より、「バルブの写真に矢印を書き込んだ画像」の方が、100倍速く、正確に伝わります。今はスマホで簡単に作れます。
Step 3: 「現場」に貼る
綺麗なファイルに閉じて棚にしまってはいけません。ラミネート加工して、機械の横、壁、ドア、トイレの個室など、「必要な時に必ず目に入る場所」に掲示してください。
マニュアルは「管理者の分身」
良いマニュアル(アンチョコ)とは、「優秀なベテランが横について、手取り足取り指示してくれている状態」を紙で再現したものです。
新人が一人で作業していても、その紙を見れば迷わない。
それができて初めて、管理者は「マニュアル通りにやれ」と言う資格を得ます。
年末の大掃除のついでに、埃をかぶったマニュアルを引っ張り出し、「これ、本当に現場で使えるか?」と点検してみてください。
その1枚のアンチョコが、来年、誰かの指や命を救うかもしれません。
次回、第6回は、マニュアル化できない領域に挑みます。
【暗黙知の継承】ベテランの「勘とコツ」を言語化せよ について解説します。
「いい感じでやって」という職人技を、どうやって若手に伝えるか。そのインタビュー技術を公開します。
それでは、素敵なクリスマスを。そして明日も、ご安全に!
ワラビー社会保険労務士事務所代表 渡辺 忍
