父が、ヘルニアの内視鏡手術を受ける。 そのために今週は、長野に帰ってきている。

事前入院をしたので、病室にも顔を出した。 

母と、自分と、父と、三人。

 

 

家にいると、みんな各々の時間を過ごしている。 

携帯をいじったり、テレビを見たり。 

悪いことではないけれど、面と向かって話すことは、意外と少ない。

 

病室には、それがない。 

やることが、ほとんどない。 

だからか、普段は出てこない話が、ぽつぽつと出てくる。

 

昔の話。家族の話。古い思い出話。 

父も母も、以前手術をしたときのことを思い出していた。 

「あそこからよく、ここまで元気で生きてこられたよね」と。

 

そんな話をしながら、家族の絆みたいなものを、静かに確かめている自分がいた。 

内視鏡手術ですぐ退院できることもあって、誰も深刻になっていない。 

だからこそ、和やかに、いろんな話ができたのかなと思う。

 

自分ももう49歳。父は84歳になった。 

ずいぶん長く、歩いてきたなと思う。

 

病室で話しながら、改めて感じたことがある。 

自分は父に、本当にいい環境を与えてもらったんだな、ということ。

 

父は、65歳で引退すると、ずっと前から決めていた。 

そのとき自分は、30歳になったばかり。 

会社を渡してから、父はほとんど口を出さなかった。 

困ったときだけ、相談に乗ってくれる。 

あとは、自由にやらせてくれた。

 

大学をアメリカに行かせてくれたのも、父だった。 

海外を見る、世界を見る。 

そういう機会を、早くから渡してくれた。

 

会社をここまで大きくできたのは、たぶん、そこが大きい。 

早くにチャンスをもらえたこと。 

任せて、待っていてくれたこと。

 

普段はなかなか、こういうことを言葉にしない。 

やることのない病室の時間が、それを思い出させてくれた。

 

絆は、特別なイベントで確かめるものじゃないのかもしれない。 

何もない時間に、ふと立ち上がってくるもの。 

そんな気がしている。