社内でAI勉強会が始まった。

きっかけは自分が「勉強会をやってください」と現場に振ったところからだったが、そこから先の動きはほぼ現場発だった。

 

 

「研修みたいな形にするのではなく、実際にどう使っているかをお互いに見せ合おう」という声が上がってきて、今のスタイルに落ち着いている。

参加してみると、想像していたよりずっと気づきが多かった。一人で触っていたら絶対に出てこないであろう発見が、その場のあちこちで起きていた。

 

■ 自分より、良い使い方をしている人がいる

参加してみて一番面白かったのは、自分よりずっと良い使い方をしている人が、隣に普通にいるという事実だった。

たとえばファイルを開くとき、自分はずっと選択メニューから一つずつ選んでいた。それを「左側のエクスプローラーを右クリックすれば一発で開けますよ」と教わって、なるほどと思った。派手な活用事例の話ではなくて、本当にこのレベルの話。

ただ、よく考えてみれば、作業時間の差というのはこういう細かい操作の積み重ねでしか縮まらないわけで、画面のどこをどう触っているかを横で見るのが、結局のところ一番効率的な学習になる。

 

一番効くのは、誰かの手元を見ること。

 

 派手な事例より、地味な操作の共有のほうが、はるかに実務を変える。

 

■ 先生と生徒が、入れ替わる

もう一つ面白かったのは、勉強会の構造そのものだった。

誰か一人が前に立って教える形ではない。 「自分はこう使っています」と発言した人が、その瞬間に先生になる。 別の人が「うちはこうやってます」と続ければ、さっきの先生は生徒に戻る。

ずっと役割が入れ替わり続けている。

 

普段、上司が部下に1対1で教える場面はある。 ただそれだと、一人が教えられる人数には限界がある。 この勉強会はその構造を、複数人に一気に開いた形になっていた。

上司から学ぶより、横の同僚から学ぶ量のほうが、たぶん多い。

 

■ 雑談で起きそうで、起きない

ここまで書いて気づいたのは、これって本来「雑談」で起きてもいい話だということ。

「最近どう使ってる?」 「これ便利だよ」 そういう会話の中で、自然に共有されていてもおかしくない。

でも実際には、起きない。

 

リモートワーク主体のトランビでは当然起きづらい。 ただ、出社しているアスクでも、意外と起きない気がする。

 雑談は雑談で終わってしまって、操作レベルの細かい知見までは降りてこない。

 

だからこそ、構造化して、奨励する。 

時間を取って、画面を見せ合う場をつくる。 

「自然に起きるはず」と思っているものほど、意図的に設計しないと起きない。

 

■ AIの話、というより、組織の話

今回の勉強会は、AIの使い方を共有する場として始まった。 ただ、振り返ってみると、これはAIに限った話ではないなと思う。

 

リモートが進めば進むほど、誰が何をどうやっているかは見えなくなる。 それを「雑談で補おう」と期待しても、補えない。 

構造化された情報共有の場を、明示的に作りにいく必要がある。

 

これは社内に限らず、トランビのようなオンラインのコミュニティ運営にも効きそうな話で、 「あの人はこう使っている」をシェアし合う場が機能すれば、コミュニティ全体の解像度が上がる。

 

経営者がやるべきは、新しい研修プログラムを作ることではなくて、 こういう「自然発生しそうで、しない」場を、ちゃんと仕組みとして置きにいくことなのかもしれない。

 

静かだけど、効きの長い投資だなと思う。