最近、Higgsfield を試している。
まだ15秒という短い動画しか作れない。 それでも、かなり衝撃を受けた。
試しに作ってみたのは、こんなシーン。
家族3人でレストランから出て、東京の街を歩いている。
そこに突然ゴジラが現れて街を破壊する。
そして3人が、ヒーローみたいに戦う。
子供の頃に頭の中で妄想していたような世界が、本当に映像になって出てくる。
■ 頭の中のイメージが、そのまま出てきた
何に驚いたかというと、ほんの短い文章だけで、自分の中にあった絵がそのまま映像になる感覚だ。
もちろん細かく見れば、荒さもある。
それでも、それ以上に 「イメージしたものが、そのまま外に出てくる」 という体験のほうが面白かった。
昔だったら、こういうものを作ろうと思ったら、映像制作会社、CG、編集、莫大な時間とコストが必要だった。
それが今は、短いプロンプトを書くだけで、ある程度の形になってしまう。
この変化は、かなり大きい。
■ 想像できることは、創造できる
最近どこかのSNSで読んだ「想像できるものは実現できる」という言葉を思い出した。
AIは便利ツールというより、想像力を増幅する装置 に近いのかもしれない。
「何を作りたいか」「どんな世界を見たいか」さえ自分の中にあれば、昔より圧倒的に小さいコストで形にできる。
想像することと、創造することの距離が、急に縮まってきている。
■ 記憶力から、想像力へ
これまで自分たちが競ってきたのは、記憶力や器用さや正確さだったと思う。
学校でも、仕事でも、「どれだけ知っているか」「どれだけ間違えずにこなせるか」が、評価の軸だった。
でも、これからはそこじゃない気がしている。
問われるのは、もっと手前の力。
何を見たいか。
どんな世界を描きたいか。
どんな体験を、まだ世の中にない形で表現したいか。
知識や正確さの領域は、AIがどんどん肩代わりしてくれる。
そのぶん、その手前にある 「想像する力」 が、本当に価値を持つ時代になっていく。
時代が求める能力そのものが、静かに変わってきている。
■ 想像力をどう鍛えるか
そう考えると、これからの自分や会社に必要なのは、知識を増やすこと以上に、想像力を鍛えること なのかもしれない。
子供の頃に妄想していたような世界。
映画みたいな世界。
ゲームみたいな世界。
そういうものを、少しずつ自分の手で作れる時代になってきている。
何を見たいか。 どんな未来を描きたいか。
その問いを、自分にも、会社にも、もう少し丁寧に投げかけていきたいなと思う。
