最近、自分の中で奇妙なことが起きている。

自分で作ったものを、作ったこと自体、忘れてしまうのだ。

 

 

ウェブアプリ、企画書、資料、ツール。 AIと一緒に手を動かすようになってから、思いついたものをすぐ形にできるようになった。

それ自体はありがたい。 ただ、作成する量があまりに増えすぎて、自分が何を作ったのかを覚えていられなくなってきた。

 

■ 管理しないと、消えていく

最近、自分が作ったものを一覧化するスプレッドシートを作った。

何を作ったか、いつ作ったか、誰に渡したか。 記録しておかないと、自分の頭から消えてしまうから。

 

書きながら気づく。 これは少し異常な状態じゃないか、と。

本来なら、一つ作ったらそこから次のステップに入るべきものたちだ。 渡して、磨いて、運用に乗せて、改善する。 そういうサイクルがあって初めて、作ったものに価値が生まれる。

 

なのに、作った瞬間に放置してしまっている。 作ったことすら忘れて、また別のものを作りに行っている。

作ることが、目的になってしまっている。

 

■ 速くなった分、考えなくなった

少し前まで、自分は何かを作るときにもっと丁寧だった気がする。

AIが入る前は、一つ作るのに時間がかかった。 だから、作る前に「これは本当に作るべきか」「誰に何を届けたいか」を、自然と深く考えていた。

 

今は違う。 思いついたら、その瞬間に手が動く。 検討より、手のほうが先になっている。

便利になったのは間違いない。 ただ、検討の時間が削られた分、無駄なアウトプットが確実に増えている

 

作る速度が上がったぶん、「とりあえず作ってみる」のコストが下がった。 コストが下がると、人は深く考えなくなる。

これは個人にも、組織にも、同じことが起きていると思う。

 

■ 速い時代こそ、行き先を決める

ここで気づいたのは、シンプルなことだった。

速く動けるようになったからこそ、動き出す前に「どこへ向かうか」を決める時間を、もっと取らなければいけない。

 

自分はこの先、どこへ向かいたいのか。 会社をどこへ連れていきたいのか。 社員一人ひとりは、何のためにその仕事を選んでいるのか。

ベクトルが曖昧なまま手を動かせる時代になった。 だからこそ、ベクトルを明確にしている人と、そうでない人の差が、これからどんどん広がっていく気がする。

 

経営者としてだけの話ではない。 社員一人ひとりも、自分が何のために何を作るのか、解像度を上げて持っておく必要がある。

行き先を決める。 そこに至る道筋を、自分の言葉で描く。

 

地味で、退屈で、すぐには成果に見えない作業だ。 でも、これがないまま手を動かしても、また忘れられるものが一つ増えるだけになる。

便利になった時代だからこそ、立ち止まる時間が要る。 そんな当たり前を、自分はAIによって改めて気づかされているなと思う。