昔、コンサル時代に入っていたプロジェクトのことを思い出した。

 

 

クライアントは大手の製造業。
テーマはSCM、製造拠点の最適化だった。

 

中国で製造したものをアメリカに届ける。
そのリードタイムは数ヶ月。

 

この長い時間の中で発生する中間在庫や製品在庫をいかに減らすか。
キャッシュフローを改善するためのプロジェクトだった。

 


当時の自分は、若手のアナリストとして現場に入っていた。

 

やっていたことは、今思えばかなり泥臭い。

A3用紙を何枚も繋ぎ合わせて、
各拠点ごとの在庫の推移を、毎日ひたすら追い続けた。

 

どの拠点でどれくらい在庫が積み上がり、
それがいつ、どこに移動していくのか。

 

最初は、ただの数字の羅列にしか見えない。
意味のない、小さな点の集まり。

 

でも、毎日毎日見続けていると、
だんだんとその「動き」が見えてくる。

 

前の拠点にあった数字が、次の拠点に移っていく。
流れとして、つながって見えるようになる。

 


数ヶ月続けたある日、ふと気づいた。

 

「この在庫量、ある計算ルールで決まっているんじゃないか?」

 

そこから仮説を立て、検証を繰り返した。

 

そして最終的に、
各拠点の在庫配置は、ある計算式に基づいて決められていることを突き止めた。

 

誰も明確に理解していなかった仕組みを、
自分の手で解き明かした瞬間だった。

 

あの時の達成感は、今でも覚えている。

同時に思った。

 

データを泥臭く追い続けることは、面白い。
そして、そこには必ず「意味」がある。

 


そして今。

あの作業は、おそらくすべてAIで代替できる。

 

データを流し込めば、
一瞬で構造を見つけ、最適解らしきものを提示してくる。

 

速さも、精度も、圧倒的だ。


でも、ここで一つの問いが残る。

 

「その正しさは、どうやって担保するのか?」

 

AIは答えを出してくれる。
ただし、そのプロセスはブラックボックスだ。

 

昔の自分は、何ヶ月もかけて
「なぜそうなるのか」を体で理解していた。

だからこそ、その結果に対して確信が持てた。

 

でも今は、
“答え”だけが先に出てくる。

 


AIが出した数字を、そのまま信じていいのか。

 

おそらく答えは、NOだと思う。

 

重要なのは、
「AIが出した答えを検証できる人間であること」

 

つまり、

・構造を理解できる力
・仮説を持てる力
・違和感に気づける力

こういった力が、むしろ以前より重要になっている。

 


あの頃の、A3用紙をつなぎ合わせた作業。

一見すると非効率で、原始的で、時間のかかる仕事だった。

 

でもあの経験があるから、
今、AIの出してくる答えに対しても、
「それは本当に正しいのか?」と問いを持てる。

 


AI時代は、答えを出す力ではなく、
「答えを疑う力」が問われる時代なのかもしれない。

 

そしてその力は、
やっぱり泥臭い経験の中でしか育たないのだと思う。