清澄庭園⑦ 過去と現在と未来 | Noriaki の ヒト・モノ・ココロ

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写真を主体として、日々の徒然な様を書いていければ。

さて。。。清澄庭園のラストは、この写真で。




この島は、清澄庭園の、メイン中のメインと言える場所です。


写真を見た人は、「。。。ここがメインなの?」と思うと思います。

しかし、間違い無くここがメインなのです。


現在の清澄庭園を造ったのは、実質的には三菱財閥の創始者である、岩崎弥太郎と言われています。

その後、二代目の岩崎弥之助が手を入れて、完成を見たと。

されど、当時の面影は、実は庭園骨格にしか残って無いのが現実です。

それが一番わかるのが、この島の哀しい姿です。

ちなみに完成当時の写真を見ると、今とは全く違う姿です。


清澄庭園は、関東大震災で大きなダメージを受けてしまいます。

そして三代目久弥の時代に、都に寄付されてしまうのですね。

現在の清澄庭園は、庭園というより公園という意味合いが強いのですね。

だから、どことなくこだわりの無い、当たり障りの無い風情になっています。


私としては、是非、清澄庭園を、もう一度、岩崎弥太郎が気合を入れて作った、当時の面影を復活させてほしいです。

何故かと言うと、ここまで庭園骨格が図太いのが、あまりに勿体ないのです。

東京の都心で、これだけ庭園骨格が図太い場所は、他にありません。

京都のお寺に負けないくらいの植木を植えて、庭園管理をしたら、清澄庭園は相当な集客が見込める場所になるはずです。


立ち上がれ!三菱財閥!


その時は、是非私に一声かけて下さい(笑)


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