さて。。。清澄庭園のラストは、この写真で。
この島は、清澄庭園の、メイン中のメインと言える場所です。
写真を見た人は、「。。。ここがメインなの?」と思うと思います。
しかし、間違い無くここがメインなのです。
現在の清澄庭園を造ったのは、実質的には三菱財閥の創始者である、岩崎弥太郎と言われています。
その後、二代目の岩崎弥之助が手を入れて、完成を見たと。
されど、当時の面影は、実は庭園骨格にしか残って無いのが現実です。
それが一番わかるのが、この島の哀しい姿です。
ちなみに完成当時の写真を見ると、今とは全く違う姿です。
清澄庭園は、関東大震災で大きなダメージを受けてしまいます。
そして三代目久弥の時代に、都に寄付されてしまうのですね。
現在の清澄庭園は、庭園というより公園という意味合いが強いのですね。
だから、どことなくこだわりの無い、当たり障りの無い風情になっています。
私としては、是非、清澄庭園を、もう一度、岩崎弥太郎が気合を入れて作った、当時の面影を復活させてほしいです。
何故かと言うと、ここまで庭園骨格が図太いのが、あまりに勿体ないのです。
東京の都心で、これだけ庭園骨格が図太い場所は、他にありません。
京都のお寺に負けないくらいの植木を植えて、庭園管理をしたら、清澄庭園は相当な集客が見込める場所になるはずです。
立ち上がれ!三菱財閥!
その時は、是非私に一声かけて下さい(笑)
