終着駅の先 | けものみち

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日記のようなものです。

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山陰の終着駅の一つ、仙崎。
その仙崎から目と鼻の先にあるのが青海島。
島と本州を繋ぐ青海大橋は、徒歩数分で渡れます。
それくらい近い島。

青海島へ渡って、外海ぎりぎりまで島を半周すると
通(かよい)に到着いたします。

小さな山の石段を登ってゆくと、向岸寺さん。
鯨のお墓がございます。

鯨さんとは離れていますが、同じお寺に地域の人らの墓地もあり
父たちの墓もその一つです。

父と祖父母、兄弟や曽祖父母、父の最初の妻、遠縁の親類
あとは伯母と私が入ったらお終いにします。

ひそかな、我々の墓である。

遠さもあって、ひそかな…と思うのでありますが
お盆に父の同業者の方が、お墓参りに来て下さった様なのです。

近所の人が、地元の習慣でおサカキ持ってお墓へ行くと
めずらしい菊の花が生けてある。
傍らに名刺があったので、伯母のところへ伝わって
私も知らせを受けました。

東京で働いてらして、九州へ帰省される方が
随分遠回りして寄って下さったのでした。
ありがたいことです。


スタンプは、イメージの中の電車です。
果たして走れる構造になっているのでしょうか。

先日中央線を見ていましたら、パンタグラフは数も形も
昔と随分変わっている様でした。
調べてみたら江ノ電も世田谷線も
パンタグラフはすでに「◇」型から「くの字」型へと変わっている様です。

私の描いた電車はどこを走るものなのでしょう。


余談。

電話をしてきた伯母の一人称が「わし」になっておりました。
以前は「うち」と言っていたのです。
いつの間に伯母はお年寄りに。

少し前、山口の大雨が心配で電話をした時も
こちらからの電話に開口一番「どないしたん」と心配するのです。
「いや、そっちがどないしてるかなと、かけたんだけども。大雨で。」

あれやこれや話して、近況について「売れん絵描きよ」と言っても
「元気ならええわ」やら
展示会で売れたのも数点だったと言っても、売れてよかったやら
終いには、じゃあ元気で、とこちらが言えば「おおきに」と言う。
まるで人のいいお年寄りの様ではありませんか。
普通の様ですが、私の知る限りこれは伯母の普通ではございません。

ずっと昔、父の納骨の際の事です。
母方の従姉妹が、山口まで一緒に来てくれたのですが
伯母の言葉の強さに彼女は驚いて
私と二人になった時「伯母様、いつもああいう感じなの?」と
涙をにじませて言ったほどです。

伯母が私を呼ぶ時の声も強いので、目の当たりにした母が
「一人っ子の様に可愛がってくれているものと思って遊びにやっていたのに
 そんな風に追い使うなら、もうそちらへは一切行かせない。」
と怒った事もありました。

何か大きな事件があって、変容したのではなく
なんとなく、少しずつ、伯母はやわらかくなったのです。

遠くて様子が分かりませんが、いつも周りに居る人たちのおかげの様に思います。
自身は住めずに東京へ帰ってしまったものの
郷愁のようなものを感じて止まぬのでありました。