A/D聴き比べ ”FAHRENHEIT” | walkin' on

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アナログレコードのレビューを中心に音楽に関するトピックスを綴っていきます
 歌詞の和訳や、時にはギターの機材についても投稿します

レコードとCDの両方が揃うことで実現できる贅沢といえば、アナログ(レコード)とデジタル(CD)による同一音源の効き比べ。今回はTOTOの”FAHRENHEIT”です。

 

 LPについては過去の投稿をご覧下さい;

 

 正月休み最終日、ウォーキングを兼ねて向かった先に見つけたブッ〇オフで見つけたのがこちらの

レコード番号:MHCP 655(Sony Record International) 2005年(国内盤)

 デジタルリマスター、紙ジャケット仕様の再発盤でした。

 

  このアルバム、以前所有していたデジタルリマスター未処理のCDだとスティーヴ・ルカサーのギターの音がかなりしょぼいこともあり、アナログレコードにけっこう期待していたのです。

 しかし、LPでは若干ながら音に生々しさが感じられるのもの、スタジオで天ぷらを揚げている音を録音したかのようなしょぼさルカサーさんごめんなさいは完全に払しょくされていません。ですので、デジタルリマスターの成果とやらを確かめてみたくなり、このCDの購入を決めました。

 

 

 

 まずCDをとおして聴いてみます。

 残念ながらルカサーのギターサウンドは、天ぷらから網焼きステーキに変わったぐらいのヾ(-ω-;)ええ加減にせえよ微妙な差しか感じられませんでした。スタジオで録音した音がこういう音やったんやな、と納得するしかないようです。

 それよりも驚かされたのが、実はパーカッションが多くの曲のあちこちで鳴らされていること。クレジットで確認すると6人ものアディショナルプレイヤーが名を連ねているのですが、そのポカポカポンポコがLPでは意外に聞きとれなかったりするところを、このCDでは意識せずとも耳に入ってきました。

 また、これはデジタルリマスターされた音源に共通することですが、音の分離が明瞭になり、音が鳴っていない箇所との差がはっきりと感じ取れます。このアルバムでいえばタイトルトラックの、イントロの大げさなシンセサイザーが、実は意外と定位(聴感上の音の位置)やダイナミクスに気を配って鳴らされていることに気づきました。

 

 

 次にLPをA面より再生します。

 やはりCDほどの明瞭な音の分離は望めず、先述のパーカッションも、曲やパートによっては少し目立つ、かな、という程度でしかきこえてきません。

 一方で、ベースラインとドラムのアタックはLPのほうが際立っています。もっと正確にいえばバスドラムとベースの強拍が重なる瞬間に音の厚みがグッと増す、その迫力はLPが数段上です。

 それと、意外だったのがヴォーカルメロディの聞き取りやすさ。LPだと細部まで再生しきれないシンセサイザーやエレキギターがやや後退し、かわってリードヴォーカルとコーラスが前に出てきます。この”FAHRENHEIT”は他のTOTO作品に比べコーラスワークの比重はそれほど大きくありませんが、それでも”I'll Be Over You”のマイケル・マクドナルド、”Lea”のアウトロの、豪華ゲストによるコーラス回しあたりはその魅力を味わうことができます。

 

 

 

 

1988年、『スイングジャーナル』誌の当時の編集長、中山康樹氏と整形外科医の小川隆夫氏は来日中のマイルズ・デイヴィスを訪ねます。

 小川氏に「TOTOともレコーディングしましたね?」と問われたマイルズは

 

 あれはハービー(ハンコック)が持ってきた話だ。興味がなかったんで最初は断った。ワーナーに移るときで、レコード会社(コロムビア)とゴタゴタしているときだった。あの会社とはもう関わり合いたくないとおもっていたしな (中略)

 それで、ギャラを吹っかけてやった。それでもOKしたのは、ああいうグループのレコードは売れるからな

 

「いくらもらったんですか?」との編集長からの問いにマイルズはあっさりとこう答えます

 

一万ドルだ。一曲にしちゃ悪くないだろ

 

『マイルズ・デイヴィスが語ったすべてのこと マイルズ・スピークス』 (小川隆夫 河出書房新社) より

 

 

 このやりとりで挙がる、TOTOとマイルズの一曲というのがこのアルバムに収録の”Don't Stop Me Now”です。

 マイルズ自身も気に入り、後のステージでもしばしばとりあげたというこの曲にTOTO側、というよりコロムビアは1万ドルというコストを払ったわけですが、それでも十分モトがとれるぐらいのセールスパワーを当時のTOTOが持っていたことの裏付けといえます。

 

 正確にはそう思われていた、というべきでしょうか。第4作でグラミーの6部門受賞というとんでもない高評価を得てセールス面でも大成功を収めたものの、続く”ISOLATION”で大きく失速、リードヴォーカリストのファーギー・フレデリクセンをアルバム一作のみでジョセフ・ウィリアムスへと交代させる荒療治を経ての、起死回生となるべき第6作がこの”FAHRENHEIT”だったのです。

 なお、作曲家ジョン・ウィリアムスの息子ジョセフ・ウィリアムスはTOTOのメンバーと同じくロスアンジェルスの生まれ育ちでメンバーとも以前から面識があったこと、さらに作曲やアレンジ(編曲)が出来ることから加入が決まったそうですが、新人発掘のオーディションも同時に行われており、その最終選考に残ったのが後にMr.BIGでブレイクするエリック・マーティンだったとか。その少し前にはMr.MISTERを結成する前のリチャード・ペイジもTOTOへ誘われたといいますし、どれだけ贅沢なバンドなのでしょうか(;^ω^)

 

 

 

 

 帰宅後にこの”FAHRENHEIT”について調べてみましたが、1986年のリリース時こそLP、CD、カセットテープで世界中に発売されたものの、CDの最初の再発盤がリリースされたのは1995年、本国USではなく日本でした。

 さらに2005年には今回ご紹介のデジタルリマスターCDが日本で発売されたものの、同様のDリマスターCDがUSでリリースされたのはさらに後の2009年です。

 日本とUSではレコード~CDの流通事情が異なるとはいえ、やはりこのアルバムの市場の評価が若干なりとも反映されていると考えるべきかもしれません。

 

 見方を変えればDリマスターされた、現在のオーディオ環境で再生するには最良の音質を備えたCDが中古でも流通している、日本の市場はガラパゴス的であり、同時にとても恵まれたものなのかもしれません。以前に所有していたCDやLPではあまり良い印象がなくて…というリアルタイム派の皆さんにデジタルリマスター盤CDはかなり価値のある音源となってくれそうですので、ご興味がある方はいちど探してみてはいかがでしょうか。
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