今回はギター、正確にはそのハードウェア(主要部品)である内蔵式マイク、ピックアップ(pickup、以下PU)について書いてみたいと思います。しかも、今回フォーカスするのはギブソン(GIBSON)社の生み出した傑作にしてその後のエレクトリックギターのサウンドを決定づけた名作、ハムバッカー(Humbucker)PUです。
(現行モデルのひとつ”57 classic”)
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ギター系の楽器を所有されたことがない方、そもそも演奏経験のない方でも、ロックを中心とした音楽に親しんできたのであればギブソンの名前は聞いたことがおありかとお察しします。エレクトリック及びアコースティックの両タイプのギターの大手製造会社であり、1902年の創業から色々ありましたが(-_-;)現在もなお世界のトップブランドとして名を馳せるギターカンパニーの雄です。
そのギブソンも創業当時はボストンに本社を構え、ヴァイオリンやマンドリンを製造するハンドメイドファクトリーでしたが、1950年代には大手楽器会社のシカゴ・ミュージカル・インストゥルメンツ(CMI)社に買収され、ミシガン州カラマズーの工場で全米規模の供給を目指す量産体制を整えていました。
そこに、以前の記事”フライングVはムズイっす”でも少し触れた名経営者にして中興の祖テッド・マッカーティがギブソン社の副社長に迎えられ、エレクトリックギターの未来を予見した彼により技術開発に大きな力が注がれました。
その中でも特に重視されたのがPUでした。
それまでもPUは複数のエンジニアにより開発され、中にはPU専門の製造会社からギターカンパニーに供給するかたちをとっていたものもありましたが、ギブソンは30年代から早くもPUの自社開発に乗り出しており、それまでに
P-90という名作を生み出していました。
これは後に低価格モデルを中心に純正採用されるようになり、他のPUとともにギブソンのサウンドの一角を現在も支え続けています。
新開発のPUに求められたのはハムノイズの軽減でした。
もともと電磁石の原理を応用した「マグネティック(magnetic)」PUで、当時の音響機械から音声信号を鳴らすために求められる十分な大きさの信号を生み出すためには、細いワイアを何千回も巻き付けたコイルを内蔵させる手法が一般的でした。
ところが、このコイルの巻き数が大きくなるほど、特に高音域の再生能力が落ち、輪郭のはっきりしない「こもった」音になります。
また、機材が大音量化&高音質化するに従い、空気中を飛び交う電磁波をPUが拾ってしまい、低音域で「ブーン」と唸る(hum)ように鳴るノイズが発生することが知られるようになりました。
この、ハムノイズを抑えつつ大出力を、しかも高音域まできっちりと再生できるPUの製造を目指し、当時のエンジニア達は奮闘を続けました。
そして1957年、当時ギブソンに在籍していたセス・ラヴァ―(Seth Lover)により、コイルをふたつ内蔵したノイズキャンセリングタイプのPU、P-490が誕生しました。
このPUのハムノイズ軽減の仕組みは少し分かりづらいのですが、
ふたつのコイルの磁極と巻き方向を互いに逆になるように置き、それを直列に配線することでノイズを打ち消すことが可能になったのです。
ラヴァーによれば当時すでにオーディオ機器の変圧器(transformer)にこの逆巻き/逆着磁のコイルの組合せによるノイズキャンセリング構造が見られたそうで、その原理を応用したのだそうです。
また、ふたつのコイルを直列につなぐことで両コイルの音声信号が足し算されることになり、従来のシングルコイル‐コイルひとつのPUに比べて出力が強化された、つまり大出力なPUになります。
これにより、高音域の反応を犠牲にしてワイアをひたすら巻いて出力を稼ぐ手法とは異なる解決法が示されたことになり、以降の、特に80年代以降の「ノイズレス」‐楽器業界ではノイズキャンセリングタイプをこう呼びます‐が多く生まれるきっかけとなりました。
もっとも、この手法はラヴァ―だけでなく他のエンジニアもトライしていたようで、その中のレイ・バッツ(Ray Butts)はラヴァ―とほぼ同じダブルコイルのノイズキャンセリング機能をもったPUを製品化し、グレッチ(GRETSCH)社のギターに”フィルタートロン”(Filter'tron)の名で純正採用されました。
(最初期型Filter'tronのレプリカ)
また、当時のギブソンの、大陸を挟んで西海岸の強力なライヴァルとして台頭していたフェンダー(FENDER)社でも、一部のスティールギターや
デュオソニック(Duo Sonic)
という低価格モデルの初期型にはふたつの逆巻き/逆着磁のPUを直列に配線する手法がとられていました。
ですが結局このダブルコイルによるノイズキャンセリングを実現したPUはギブソン社の申請した特許が認められ、また、P-490という形式番号に替わり、ハム(hum)ノイズを振り落とす(buck)機能をもったPUとして「ハムバッカー」(humbucker)の愛称で呼ばれるようになりました。
そして、50年代から60年代中期にかけてギブソンが多くの傑作ギターを世に送り出したこと、その多くにこのハムバッカーが搭載されていたこともあり、このPUの生み出すサウンドはエレクトリックギターの、ブルーズやジャズ、ロックの原点にして至高と評されることになるのです。
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このP-490=ハムバッカーによって獲得されたサウンドは確かにエレクトリックギターの原点のひとつではあるのですが、それなりに欠点を抱えているのも事実です。
その中でもよく知られているのは、強弱のメリハリが出にくいこと、もっとはっきりいえば弱く弾いたときに高音の反応が鈍くなることです。
これまた分かりにくくて恐縮ですが、ふたつのコイルに発生する際のズレが大きい弦振動と、そこから発生する音声信号がノイズ同様にキャンセルされるという現象が起きてしまうのです。それが最も起きやすいのが高音の、弱く弾いたときの信号ということなのです。
なおこの信号キャンセル現象はふたつのコイルが離れているほど大きくなります フェンダー社でもこの現象による音質劣化は問題視されたらしく、先述のデュオソニックでは後期型ではふたつのPUの直列という配線が廃されました
とはいえ、
それもまた味じゃわい(☆ω☆)
というか、ギブソンのギターがあまりにも素晴らしかったので(笑)そんな小さなことは誰も気にしなくなり、そのうちこの欠点は「特性」としてギタリストに受け入れられていきました。
また、後の80年代前半になると、ふたつのコイルをあえて違う音響特性に設定することで幅広い音域を拾いきる特性を獲得する新技術が開発されるのですが、あまりにも長くなってしまうので、ここでは開発者のディマジオ(DiMARZIO)社とその特許技術、デュアル・レゾナンス・コイルの名をご紹介するにとどめておきましょう。
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ギブソンが市場に投入したばかりの最初期型ハムバッカーは、当時の工業水準もあって、今の基準でみればかなり個体差の大きいものでした。
まず内蔵のマグネット(磁石)ですが、これは当時もっとも保磁力が高い=磁力の大きい磁石にできる金属アルニコ(Alnico)が用いられました。
アルミニウム、ニッケル、コバルトの合金であるアルニコはその配合比によって保磁力に段階が1,2,3…と付けられており(実際の数字はローマ数字)当時のギブソンが指定したのはアルニコ4(Ⅳ)でした。
ところが当時はアルニコの供給が安定せず、やむなくアルニコ2(Ⅱ)を用いたハムバッカーも製造されたことが後の研究であきらかになりました。
もちろん、新品のギターに搭載されて工場から出荷された時には何の問題もなかったのですが、20年、40年、60年と建っていくうちに磁力は少しずつ失われていきます。それが、保磁力に差のあるアルニコの4なのか2なのかで後々に大きな差となっていったのです。
しかも、アルニコ自体も非常にムラの出やすい素材であり、たとえ同時に同じ工場の同じ機材で着磁されて磁石になっても、品質は安定しなかったとされています。
マグネティックPUは内蔵のマグネットの磁力、正確に言えば磁力線の密度がそのまま弦振動の感度に直結します。なので、供給不足という当時の事情やアルニコの番手に由来するとはいえ、どう聴いても感度が低く、アンプから出てくる音が細くデリケートなハムバッカーが存在することに、多くのギタリストや修理担当者、エンジニアが悩むことになるのです。
さらに、コイルに巻き付けるワイアの巻き数も意外なほどまちまちであることが、研究が進むにつれて明らかになってきました。
コイルでいえば、巻き付け方も単純に機械にセットしてあとはグルグルまわるコイルをほったらかしにしていたのではなく、少しだけランダムに巻く手法が採られていたこと、そのおかげで弦振動に対する感度が向上することまで分かってきました。
まだまだ、これはアルニコやコイルに比べればかわいいものですが、コイルを巻き付ける枠であるボビンの色も、本来ならば黒であるところが、けっこうな確率で白が混じっていることも知られています。
この、白と黒の2色のボビンで構成されたハムバッカーを「ゼブラ」とよびます。覚えておいて損はありません(笑)
もっとも、ハムバッカーは金属製のカバーを取り付ける設計になっており、このカバーで隠れてしまうボビンの色についてギブソンはあまり重視していなかったそうで、白しかないなら仕方ないやんけ、はよ出荷してぇな、とばかりに白ボビンも用いられたようです、
ちなみにゼブラの場合は
アジャスタブルポールピースという、マイナスネジが表面に出ている側のコイルが黒
スラグポールピースという平坦な側のコイルが白
というルールがあります。
それと、両ボビンが白という「ダブル・ホワイツ」も存在し、その希少性からとんでもない価格で取り引きされています。ただし、ボビンの色は音に関係ありません(`・ω・´)
もうひとつ、後の年代ではPUのコイルが、正確にはそこに巻き付けられたワイアが空気の振動である音によって揺らされることで発生するハウリングを防ぐために、溶けたパラフィン系ワックス(ろう)に漬けられて固定されるという工程を経るようになりましたが、最初期のハムバッカーにはその加工が施されていませんでした。
ポッティング(potting)というこの工程を経ていないコイルを内蔵したPUはハウリングに対して弱くなるという弱点を抱えてしまいますが、その一方でギター本体の振動を受けて若干ですがコイルが共振することにより、ギターの鳴りをよりビビッドに再生する能力を獲得しました。これもまた後にエンジニア達の注目するところとなり、現在ではこのポッティングをあえて施さない製品も、ヴィンテージレプリカ系モデルを中心に見られるようになりました。
この、不確定要素の多い、というか個体差がありすぎて分かんね┐(´-`)┌という難物たる最初期型ハムバッカーは、その背面に貼られていた
"PATENT APPLIED FOR”(特許出願中)のデカールのイニシャルからPAF(パフ)と呼ばれ、多くのコレクターを魅了し、またエンジニア達を悩ませています。
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50年代から急速に進んだギター用音響機材の大出力化はギブソン及び同社の純正PUであるハムバッカーにとって大きな追い風となりましたが、そのなかでもマーシャル(MARSHALL)社の台頭と、その製品である真空管アンプのヒットは最大級のものでした。
3段スタックどーん どうだ参ったか(`・ω・´)
それまでの真空管アンプの上限とみなされていた50ワットの出力を超える100ワット超級のモンスターアンプをぞくぞくと市場に送り出し、ザ・フーやレッド・ツェッペリンの使用により一躍トップブランドの仲間入りを果たしたマーシャルのアンプと、高感度&大出力を実現したハムバッカーの組合せはエレクトリックギターに
ディストーション(distortion)サウンド
という新しい声を授け、そのエキサイティングな響きに世界中のロックファンが虜になりました。
エリック・クラプトン(クリーム~ジョン・メイオール・ブルーズブレイカー期)やジェフ・ベック(ベック・ボガート・アピス~”BLOW BY BLOW”)の名が真っ先に挙がるところですが、ボクはその中でもポール・コゾフ(FREE)の1959年製レスポールの甘美なサウンドが浮かびます。
さらなる大出力化&ヘヴィディストーション化が進んだ後の年代の機材では到底鳴らせないような、有機的で繊細な、ギタリストの鼓動と共鳴するかのような響きはいつ聴いても感動します。
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70年代に入る頃になると、さらに明瞭なサウンドの獲得と大量生産の品質管理を目指してギブソン社は故ビル・ローレンスを採用してPUの新規開発を指示、それを受けたローレンスが生み出したPUは意識的にPAFから離れたものであり、これにより最初期から引き継がれてきたギブソンハムバッカーの伝統は途絶えます。
ですが、90年代に入るとヴィンテージギターの再評価が加速したこともあり、ギブソンは新たに採用したエンジニアのデザインしたPUカバーをもとにPAF系モデルのリイシュー(reissue、復刻再生産)を決定、これが現在も多くの製品に純正採用される57クラシックの誕生につながります。
時を同じくして多くのPUエンジニアやビルダーが古き良き時代のハムバッカーの、ハンドメイドによる高品質なレプリカを相次いでリリース、ざっと名をあげるだけでもヴァン・ザント(VAN ZANDT)、リンディ・フレイリン(LINDY FRALIN)、リオ・グランデ(RIO GRANDE)といったPUカンパニーの製品が高い評価をえます。
なお、ギブソンにPUカバーを提供したエンジニアはすぐにギブソンを離れますが、後に自分の会社でハムバッカーの制作を開始、自身の名を冠したトム・ホームズ(TOM HOLES)ブランドもまた超一流のPUとして世界中に知られることになりました。
一方でビル・ローレンスやその弟子筋にあたるラリー・ディマジオ率いるディマジオ社、セイモア・ダンカン社といった多くのPUカンパニーはギブソンのハムバッカーをベースに改良を加えたモデルを多くリリース、高音質でヘヴィディストーションにも対応可能な製品が常に供給される市場が形成されるに至りました。
60年以上前の画期的なデザインが今もなお有効に機能しており、しかもその恩恵-高音質&ヘヴィディストーションが今もな世界中をロック&ロールさせていることを考えると、ギブソンが生み出した小さなハムバッカーの歴史的意義はなかなかに大きいのではないでしょうか。