My heart is a lonely hunter | walkin' on

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アナログレコードのレビューを中心に音楽に関するトピックスを綴っていきます
 歌詞の和訳や、時にはギターの機材についても投稿します

今回はレコードやCDのレビューをお休みして、知られざる英詩の一編をご紹介したいと思います。なるべくアカデミックにならないように気を付けますので、しばしおつきあいくださいませ。

 

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 いきなりですが、次の2曲にはひとつ共通点があります。

 

ラッシュ(RUSH)の1987年のアルバム”HOLD YOUR FIRE”に収録の”Lock And Key”

 

 

前回の投稿でご紹介したスティング(STING)のアルバム”57TH&9TH”に収録の”I Can't Stop Thinking About You”、これはシングルカットされましたし、2016年と新しいのでご記憶の方も多いことでしょう。

 

 

 …では答え合わせ(笑)を。

 まず”Lock And Key”の歌詞の一節にあるのが

 

The heart of a lonely hunter
Guards a dangerous frontier

 

 次に”I Can't Stop Thinking About You”には

 

This heart's a lonely hunter
These hands are frozen fists

 

とあります。

 

 そう、この2曲には歌詞に

The(This) heart is a lonely hunter

 をベースにした箇所があるのです。

 

 今回はこの2曲のインスピレイションのもとになったであろう”My Heart Is A Lonely Hunter”、正確にはその詩をご紹介したいと思います。

 

 

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 ”My Heart Is A Lonely Hunter”ときいて、「あれ、それって映画のこと?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。1968年公開の映画、邦題『愛すれど心さびしく』の原題、およびその原作となった小説が”MY HEART IS A LONELY HUNTER”でした。 

 ですが、この映画およびその原作の小説に影響を与えたと思われる同名の詩については、ご存じの方は少ないようです。

 

 スコットランドの作家で詩人のウィリアム・シャープ(1855–1905)が残した詩”My Heart Is A Lonely Hunter”は彼の死後に妻が全集を発行したことで知られるようになりました。

 もっとも、生前の彼はフィオナ・マクラウドという女性名のペンネームを使っており、この詩もマクラウド名義としていたそうですので、W・シャープの詩として検索しても見つからないかもしれません。

 シャープは妹さんの手をかり、口述筆記してもらったものをマクラウドの筆跡としていたという念の入れようだったそうですし、こうなるともはや別人格として独立させるつもり-創作上の必要に駆られてのことでしょうけど-だったのかもしれません。

 

 なお、シャープと同世代で、関わりのあった作家の中にはウィリアム・バトラー・イェイツ(William Butler Yeats)がいるのですが、英文学に興味の無い方には退屈な話になってしまいますのでここでは割愛します。

 

 では、肝心の”My Heart Is A Lonely Hunter”はどのような詩なのか、以下にご紹介します。

 ちなみにボクはかつて大学時代に20年以上前ですが(^^;)英語を専攻しており、今回は完全ノーヒントの和訳という無謀極まりない挑戦に打って出ることとなりました。

 だって、検索しても和訳なんて出てこないんだもん…

 

(原詞を掲載しているサイトへはこちらからどうぞ)

 

 

Green branches, green branches, I see you beckon; I follow!
緑の枝よ 手招きしているのが見える‐
そちらへ行こう

Sweet is the place you guard, there in the rowan-tree hollow
お前の護る木陰は心地よく ちょうどよくナナカマドの木のうろもある
There he lies in the darkness, under the frail white flowers,
繊細な白い花の下の暗闇に彼は横たわる
Heedless at last, in the silence, of these sweet midsummer hours.
素晴らしい真夏が来ているというのに
気にも留めず黙ったままで

But sweeter, it may be, the moss whereon he is sleeping now,
だが さらに素晴らしいのは彼が眠るその上にむした苔
And sweeter the fragrant flowers that may crown his moon-white brow:
月のように白い彼の眉に覆いかぶさるかぐわしい花
And sweeter the shady place deep in an Eden hollow
エデンの園の谷間の奥深くの陰
Wherein he dreams I am with him -- and, dreaming, whispers, "Follow!"
そこでは彼が私とともに居ることを夢見ている‐
「おいでよ」とささやくのを

Green wind from the green-gold branches, what is the song you bring?
黄色く色づいた枝から吹く瑞々しい風は
どのような歌を運んでくるのか

What are all songs for me, now, who no more care to sing?
その歌は誰のためなのか もう聴く者もいないというのに
Deep in the heart of Summer, sweet is life to me still,
夏のただ中 生きることは今もなお素晴らしいこと
But my heart is a lonely hunter that hunts on a lonely hill.
だが私の心は孤独な狩人 人里離れた丘で狩りをする

Green is that hill and lonely, set far in a shadowy place;
あれは緑の茂る遠くの丘 隠れ家からは遠く
White is the hunter's quarry, a lost-loved human face:
狩人は白く 愛する者を失った人の顔を探す
O hunting heart, shall you find it, with arrow of failing breath,
狩人のごとき落ち着かない心よ 
息も絶え絶えになった時にようやくわかるのか

Led o'er a green hill lonely by the shadowy hound of Death?
影のごとくうつろな死の猟犬に導かれて
遠くの緑の丘を越えた先へ踏み入る時に

Green branches, green branches, you sing of a sorrow olden,
緑の枝よ 緑の枝よ お前を吹き抜ける風には老いる悲しみを感じる
But now it is midsummer weather, earth-young, sun-ripe, golden:
だが今は真夏の好天 地上は生気に満ちて太陽は実りを金色に熟させる
Here I stand and I wait, here in the rowan-tree hollow,
私はここに立って待つ このナナカマドのうろの中で
But never a green leaf whispers, "Follow, oh, Follow, Follow!"
だが若葉を抜ける風はもはや
「おいで、おいで、おいで」とは聞こえない

O never a green leaf whispers, where the green-gold branches swing:
若葉はささやかず 黄色く色づいた枝が風にそよぐ
O never a song I hear now, where one was won’t to sing.
枝をそよがせる風も聞こえず 誰もそばにいる気配はない
Here in the heart of Summer, sweet is life to me still,
今は真夏 生きることは今もなお素晴らしいこと
But my heart is a lonely hunter that hunts on a lonely hill.
だが私の心は孤独な狩人 人里離れた丘で狩りをする
 

 

 シャープ(マクラウド)はスコットランド出身で後にケルト主義に傾倒したということで多分にロマン派の影響下にあると思われますが、精緻を極めた自然の描写はただただ驚くばかりです。

 そこに、野山をさすらう狩人の心をおくことで、愛するものを失った苦しみと空虚な心を抱えて生きることの悲しみを、実に簡潔に表現してみせます。

 

 改めて、冒頭でご紹介した2曲ですが、

 ラッシュの”Lock And Key”で歌われるのは”killer instinct”-破壊的衝動を他者に示す危険を避けるべく理性の「錠と鍵(lock and key)」をかけるという、社会的存在としての人間の心です。

 その錠をかけておきながら鍵を投げ捨ててしまう-自身の本能的衝動をどう開放するか、そもそも内なる衝動がどういうものなのかさえも忘れてしまう、という人間の愚かさを、歌詞の最後の

 

So we lock up the killer instinct
And throw away the key

 

 という一節で切り取ってみせるところにニール・ピアート(作詞担当)のセンスの鋭さを思い知らされるのですが、この曲の歌詞の前半では人間の心がいかに不安定で制御困難なものかを示す例えのなかで”The heart of a lonely hunter”という語句を用いています。

 それが、W・シャープの”My Heart Is A Lonely Hunter”という詩を読んだことのある者であれば、(愛するものを失った)悲しみと苦しみを抱えた心である、ということが推察できるよう含みを持たせているところがこの”Lock And Key”の、この箇所におけるピアートの狙いではないかとボクは察しています。

 

 

*

 

 

 次にスティングの”I Can't Stop Thinking About You”ですが、これは”My Heart Is A Lonely Hunter”と共通の「孤独」を題材にしていることもあって、そのつながりはかなり分かりやすいものになっています。

 歌詞の中の”Do I hear laughters through a veil of snow and ice?”や”Do I hear laughter in the silence of the snow?/I know you're hiding in this frozen heart of winter”あたりは、季節を冬に置き換えてはいるものの”My Heart Is A Lonely Hunter”の描く情景と非常に近いものがあります。スティングの念頭には”My Heart Is A Lonely Hunter”のウィンターバージョン(?)があったのかもしれません。

 

 

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 ご存じのとおりポリス時代から孤独を頻繁にテーマに取り上げ、”I Can't Stand Losing You”という似たタイトルの曲も残しているスティング。

 

 

 対して、歌詞については

(その時代ごとの)自分の興味関心があることへの言及

 と断言するピアートはことさらに孤独や不安を書きつづることは無く、どちらかと言えば精神の独立を重んじて”Freewill”や”Tom Sawyer”、最近では”Wish Them Well”(”CLOCKWORK ANGELS”収録)を書き上げており、作詞の路線(?)は大きく異なります。

 

 いっぽうで、ピアートとスティングには大変な読書家という他に、同世代(スティングは1951生まれ、ピアートはその翌年)という共通点もあります。

 ピアートは1987年、スティングは2016年とかなり隔たりはありますが、ともに”My Heart Is A Lonely Hunter”からインスピレイションを受け、それを自身のものとしたうえで詞に反映させています。

 

 それだけ二人の作詞のセンスが鋭敏であると言えるのですが、それ以上にシャープ(マクラウド)の詩”My Heart Is A Lonely Hunter”が描き出した情景とそこに込められた心情が多くの読み手の心を捉え、打つ力に満ちていることもまた事実です。和訳が見つからないことからもうかがえるように日本ではほとんどかえりみられることの無い詩ですが、いちど目を通して、記憶の片隅にでも置いておく価値は十分にあります。

鉛筆