SATURDAY NIGHT FEVER(original soundtrack) | walkin' on

walkin' on

アナログレコードのレビューを中心に音楽に関するトピックスを綴っていきます
 歌詞の和訳や、時にはギターの機材についても投稿します

レコード番号:KI 7802(RSO) 1977年(国内盤)

 

 

 いきなりですがこちらを。

 

 

 はいそうです、懐かしのバトルフィーバーJでございます。(1979年放送)

 

 現在のスーパー戦隊シリーズにつながる正義のヒーロー軍団が、なぜか世界各国のダンスで敵と戦うというフィーバーな設定を実現させた、おそらく最大の要因が今回ご紹介する”SATURDAY NIGHT FEVER”(以下SNF)、正確にはその元となった映画です。

 

 

 意外に思われるかもしれませんがこのSNF、2枚組なのです。それでいて大阪郊外のリサイクル店での価格はワンコイン前後。お得といえばお得です。

 

ゲイトフォールドには劇中のシーンを惜しみなく配しています。

ジャケット裏には参加ミュージシャンのうちタヴァレスイヴォンヌ・エリマン、そしてビージーズが。

ライナーノーツには原詞と解説のみ。中の見開きには各曲の参加ミュージシャンのクレジットがあります。

ヴァレスって(・・;)参加グループの名前ぐらいちゃんと表記しようよ…

帯がデカい(^_^;)

当時のファンはこのインパクトのある絵面だけで購入を決めたのではないでしょうか。

帯の裏のディスコグラフィは全てビージーズ。

 

 

 

 

 このアルバムの収録曲のうち”Stayin' Alive””Night Fever””More Than A Woman””How Deep Is Your Love”はすでに聴いていたので、他に数曲が収録されたサントラ(サウンドトラックアルバム)となれば、これはお買い得、と思い購入しました。

 

 しかし、自宅のオーディオで聴いてみると

 

音がショボい(;´Д`)

 

いやほんと、いったんCDからカセットテープ、もしくはMDの圧縮録音、MDLP(懐かしい…)にダビングしたかのような不明瞭な音像にがっかりしてしまいました。

 

 

 それと、一枚目のA面冒頭を飾る”Stayin' Alive”を聴いていてふと感じたのですが、

 

ビートが重いていうかタルい(;´Д`)

 

なんでやろ、と聴いているうちに、モーリス・ギブの弾くベースがあまりにもベタっとした、躍動感に乏しいものであることに気づいてしまったのです…

 

 USビルボード・ホット100チャートで4週連続首位まじかるクラウンの大ヒット曲に対して、いまさら何言うてるんや(`Д´)とお叱りを受けてしまいそうですが、CDで聴いている時には全く気にならなかったことがLPで聴きなおすといきなり目の前に現れるかのような錯覚に陥るんですね。

 

 

 失礼ついでに言わせていただくと、どうも、ビージーズ以外のアーティストの楽曲が弱いように感じます。

 かの名手リー・リトナーが参加している”Salsation”も実に間延びした、聴きどころの全く見当たらないインストゥルメンタルでして、リトナーでなくてもええやないの(#^ω^)と思わず…

 ヒットしたとはいえ映画のサントラですから、楽曲の質にあれこれ言うこと自体が無粋なのですが、先にお伝えしたとおりの残念な音質ということもあり、聴いていて飽きてしまうのです(´-ω-`)

 

 

 *

 

 

 世間一般的にはビージーズのディスコグラフィの中の一作と受け止められているこのSNF、実際にはRSOレコード、いやその総帥ロバート・スティグウッドの辣腕が生み出したといってもいいでしょう。

 

 かつてクリーム(Cream)のマネジメントを担当したことでエリック・クラプトンと長年にわたる関係を結んだスティグウッドですが、機を見る眼に優れていたのでしょう、70年代初期ではまだサブカルチャー、カウンターストリーム(反主流)の色の濃かったディスコムーヴメントが

来る・+(*゜∀゜*)+・きっと来る

とみるや、自身のマネジメント会社RSO(ロバート・スティグウッド・オーガニゼイション)所属のビージーズにダンスミュージック路線への変更を指示します。

 

 それまではフォーキーで美しいコーラスワークをトレードマークにしていたファミリーグループだったビージーズも、兄弟間の不仲に起因するメンバーの脱退や解雇そして解散を経験したこともあるのでしょう、スティグウッドのディレクションに従います。

 

 また、当然のごとくRSO所属のミュージシャンを率先してこのサントラに参加させています。”If I Can Have You”でリードヴォーカルを務めるイヴォンヌ・エリマンは1974年にクラプトンの”I Shot the Sheriff”ではコーラスに参加しています。

 

 

 

 

 映画SNFは結果として大成功をおさめ、主演を務めた無名の若手ジョン・トラヴォルタを一躍スターの座に押し上げましたし、そのサントラはビージーズの復活そしてディスコ路線への移行を確固たるものにしました。

 

 しかし…1977当時、すでにロックやジャズのグループで活動し、ある程度の商業的なベースが出来ていたアーティストの目にこのアルバムと、それが引き起こした、らしいディスコブームはどのように映ったのでしょうか。

 

 以前にイーグルスの、解散前のスタジオアルバム”THE LONG RUN”(1980年)をご紹介しましたが、その名には”Disco Strangler”という、ディスコブームを揶揄した曲が収録されています。

 また、ダン・ハートマンは1979年に”Relight My Fire”と同名のアルバムをヒットさせていますが、アヴェレージ・ホワイト・バンドやジェイムズ・ブラウンのブレインとして活躍しただけあって軽快な中にも厚みのある、聴きごたえのある楽曲を多く収録しています。

 

 そりゃ、時流だから売れるだろうけど…という冷ややかな目と、こんな粗製乱造では先が無いんじゃないの?という漠然とした不安が、おそらく多くのミュージシャンの中に漂っていたのではないでしょうか。

 実際、1980年代に入るとディスコブームは沈静化、反動としてレコード業界は売上の低迷に見舞われます。前回の投稿でご紹介したアース、ウィンド&ファイアの”RAISE!”はその中でも非常に健闘した作品のひとつかとは思われますが、それもシンセサイザーベースの導入やホーンアレンジの見直しといった、モーリス・ホワイトの強力なディレクションがあってのことでした。

 

 

 このSNFのサントラに残されたのは70年代のディスコブームのまばゆいきらめきであり、同時にその実体の頼りなさ(・_・;)であった、のかもしれません。世界的大ヒットを記録したことで、確かにマイルストーン的な価値を持つようになったのかもしれませんが、録音物として、鑑賞にたえるクオリティは、ちょっと、望めないように思えます。実のところ、それがブーム、流行というものなのかもしれませんね。

鉛筆