自由な学校 わくわくぴょこん
=自分に正直に生きるスク~ル〔ホームスクーラーとともに〕=
愛知県知多郡美浜町布土
山本博丈・明美
《はじまり》
2005年10月に、アメリカにあるサドベリーバレースクールを見学してきた。
ここは、ふつうのフリースクールとは少しちがう。カリキュラム・時間割・クラス(学級)・先生と呼ばれる人もいない。子どもの必要と自主性によって学習はすすめられ、スタッフは、要求に応じてサポートをする。
ここのやり方をとり入れながら、私たちなりのスタイルで『わくわくぴょこん』は、2006年4月に、愛知県知多半島の南端にある古民家でスタートした。
4年間やってみて・・・ (2010年3月現在)
直観・ひらめき
・困ったことになった時、すぐに「じゃあ、どうしたらいい?」と自分に聞いて、行動できるようになってきた。
・一見、何もないような所でもあるもので工夫して楽しめる。
好奇心旺盛
・7才になっても、カリキュラム・強制がないから驚くほどのやりたがり・知りたがり。
主体性
・今日は何が必要かを自分で考え、リュックにつめている。(カッパ・長靴・道具など)
・1人でバス・電車で出かける計画をたて、実行し、自信をつけている。(7才)
体力・学力
・日々の暮らしの中で、読み・書き・計算が自然に身についている。
・毎日の散歩・薪運び・田んぼの作業を遊びにして楽しみ、体力がついてきた。
コミュニケーション能力
・相手の気もちをそのまま聞いて、自分の気もちをそのまま伝えるというコミュニケーション能力が高い。
自由と責任
・”なんでもあり”の自由だから、責任も自分で負っている。
・スタッフも子どもも、みんなが自由だから、自分のやりたいことすべては通らないというきびしさも味わっている。(第3の方法を見つける)
自然児
~自然の中を歩くことで感性豊かに~
春・・・山菜採り(よもぎ・たんぽぽ・セリ・つくし)
夏・・・海遊び・ドロンコ遊び
秋・・・イモ掘り・クリひろい・稲刈り
冬・・・落ち葉をひろって田んぼ・畑の腐葉土に
===スタッフが心がけていること===
”自分の心に聞いて動ける子”を目指している。
⇒こういう子が増えれば、しあわせな世の中になると思っている。
◆まず私たちが自分らしく、直観で生きる。
・「~なければ」というこだわりをはずす努力。(いつも意識して自分を見ている)
・そうすることで子どもは、数日で変わるという経験をしてきた。
◆遠くで見守る存在になる。
・スタッフが自分のやりたいこと(海岸のゴミひろい、農業、日曜大工・・・)をやって、できるだけ子どもたちを干渉しないように。
結果 →大人の思いつかない遊びを考え出す。
→大人が楽しんでやっていることは興味をもってやりたがる。
(させようとすることはしない!)
◆課題・カリキュラム(お膳立て)はない。
・「どうしたいの?」と聞くことを意識している。
◆評価しない。
・今、”ほめる”ということを意識してやめている。
⇒あまりにすごいもの、おもしろいものを作るので、思わず「すごい!」と言ってしまう。
結果、プレッシャーをかけてしまったり、ほめてもらおうとムリをさせてしまうことに気づいたから。
・「見て欲しい!」と言ってきた時は・・・。「できたね」、「やれたね」とできるだけ共感するまでにしている。
◆子ども扱いしない。
・魂としては対等。
・スタッフも子どもも名前呼び。
<環境>
教育
・小学校全教科、中学・高校の国語の教員免許をもつスタッフがいる。
場所
・自宅を開放(屋根裏部屋のある古民家)
・名鉄河和線河和口駅より徒歩3分。(4才でも1人で来る子がいました。駅までは送り迎えします。)
くらし
・自然農(耕さない農法)による田んぼ、畑 ・薪風呂 ・薪ストーブ ・かわいいネコが2匹
・『なんでも屋 丈』の修理・大工仕事を見てまねる。
まわりの自然
・広いグランド ・砂浜の広がる海 ・里山の中のオレンジロード(四季が感じられる自然がいっぱい)
・畑と果樹園に囲まれている。
=== 募集要項===
《年齢》 2才~18才
《定員》 15名(うち2才は3名まで)
《日時》 月~金の10時~15時(弁当もち)
(土・日・祝日・お盆〔8/13.14.15〕・年末年始〔12/27~1/5〕は休み)
《料金》
2才
・・・¥1500/一日 ¥25000/一ヶ月(¥30000~¥34500のところ)
3才~18才
・・・¥1000/一日 ¥15000/一ヶ月(¥20000~¥23000のところ)
それぞれの年齢は誕生月からとする。
延長料金:10時以前、15時以降、それぞれ1人¥500
《おやつ》 できるだけ自然、無添加のものを心がけています。持参も可
《お泊まり》 子ども ¥2500+食事代(一食につき¥500)
大人 ¥1500+食事代(一食につき¥500)
《別途料金》 教材費(文具、マジック、ガムテープ、クレパスなど)持参も可
教員要請の時、交通費(移動ガソリンなど)、建物・道具などを壊してしまった時。
※金額・休みなど相談に応じます。(たとえば物々交換など)
※基本的に”ケガと弁当は自分もち”ということでお願いします。(安全に見守りますが)
同年齢集団(学級形式)で授業をすることに対する疑問
Q.なぜ学級形式がとられているか?
A1.教える側にとって都合がいい。
一度に大勢の人数を相手に勉強を教えるには、およそ発育段階の揃っているであろう同年齢の集団をひとかたまりにした方が効率的。
A2.比較・競争の利用。
これによって、できる子は伸びる。しかし、その一方で傷つき、自信を失ってきた子は多い。今、勉強に興味がないだけなのに、”ダメ人間”のように思い込んでしまったり・・・。また、できる子にとっても、常に他との比較で優越感を味わい続けていると、本当の自分を見失いかねない。
A3.組織で役立つロボット人間づくり
義務教育は西欧の産業革命の時代に、工場で役立つ人間がたくさん必要とされた頃に始まった。機械の前でチャイムにあわせて、工場のペースで働き続けることのできるロボット人間をつくることが目的であった。
===集団について===
”人は人の中で育つ”。
確かにその通りだと思う。しかし、同年齢の子たちと出会い、遊んだり、学んだりする場は、今や学校だけではない。スポーツ少年団、各種習いごと、趣味の同好会、図書館、児童館、近所の公園・・・。社会に目を向ければいくらでもある。
ただ、「常に集団の中にいない子は、わがままで、協調性に欠け、人づきあいのできない人間になってしまわないか?」という不安の声も聞く。
でも、どうだろう。たとえば30人クラスにいる子どもたちが、一日に何人の子たちと会話をするのか?私たち大人が日頃、20人、30人の人たちとともに過ごし、意見を発表したりする
場面がどれだけあるのか。
人間同士のつき合いは、つきつめれば、”ひとり対ひとり”。大人も子どもも同じである。ひとりの人ときちんと向き合い、表現し、
コミュニケーションできれば、困ることはない。
事実、現在7才のとしきは、大人はもちろん、中学生、小学生ともつき合い始めている。もちろん誰とで
もというわけではない。話しかけたい相手かどうかは、ちゃんと自分に聞いているようだ。