青年海外協力隊 マラウイ 理数科教師のブログ
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今日は始業式でした。
マラウイでの2年間の活動で始業式が6回あって、そのうちの5回目です。
耳をすませば活動の終わりが足音をたてて近づいてきているのが聞こえます。
朝は職員会議、今学期もガンガン攻めていくぞ、と校長が宣言します。
いつも思うのですけれど、このやたらとエネルギッシュな校長の、
元気の源はなんなのでしょう?
ゴリラのような巨体でいつも学校中を大声で笑いながら歩き回っています。
悪魔と取引でもしているかと思わせるくらい疲れ知らずです。
毎日ニンニクをドンブリ一杯に食べるとかしてるのでしょうか。
でも頼もしいボスです。それだけは間違いありません。
職員会議の後は始業式、まずは国歌斉唱、でも声が小さいといって
校長が飛び入りで指揮をやりだします。
200人くらいの生徒の声よりも校長一人の声の方が大きいです。
たいしたものです。
国歌のあとは校長の挨拶、覚悟はしていましたが、
大声&激しい身振り手振りで延々一時間近く話し続けます。
『攻めていけ』と両腕をブンブン振り回して生徒に力説します。
なんか途中から生徒の目がキラキラしてきます、ヤバイです。
なんか宗教みたいになってます。
その後は10時まで大掃除やホームルーム、
私も2年生の担任なので出欠確認などいろいろ仕事があります。
合間をぬって校長・教頭コンビのオフィスをチラチラ覗いてみると
たくさんの人が押しかけていてやたらめったら忙しそうです。
転校生や転入生・教員の転出&転入・受験申し込みをしたい
今学期の予算が云々・クラブ運営について・教育委員会からの通達
備品の買出し・PTAの集まりetc.
学期初日の校長室は戦場です。
校長室から人がちょっといなくなった瞬間があったので
校長先生に挨拶しにいきました。
どうですか?
この時期は忙しいねぇ。
とか一通り挨拶してから、
くだんの『草の根援助』申し込みの進み具合についてそれとなく探ります。
いやぁ大丈夫だよ、うまく進んでるよ。
と微笑む校長の顔が引きつっています。いろいろ探りをいれていくと、
やっぱり何も進んでいないと白状しました。
まぁ仕方ありません、先週辺りから忙しそうにしていたし。
校長は『絶対大丈夫!』とか言ってますが、
『見積もり取るのを代わりにやりましょうか?』と聞くと
救われたように笑顔になりました。
始業式前後の忙しさを計算に入れてなかったのは私の手落ちでした。
早速知る限りの建設業者に片っ端から電話を入れていきます。
『女子寮を作る、説明したいから誰かよこしてくれ』
と、1日に1社ずつ来てくれるようにお願いします。
早速今日は一人目が来ました。
建設予定地を見せて、こういう寮を作りたいんだ、と説明します。
おおまかなところは上手く説明できたのですが、
細かい点について聞かれると、ちょっと困ります。
質問ごとに校長室に聞きにいくわけにもいかないので、
そのあたりの質問はまとめて後日お答えしますとして、
引き取ってもらいます。
このあたりの異様さというのはどうでしょうね。
例えば日本で同じことがおきたらと考えます。
業者さんが呼びつけられて学校に言ってみると、
肌の色の違う外人先生がいて、
『学校代表だ』とかいって話をしたら
やっぱり信用してもらえないかな。
業者とのやり取りは校長か教頭にやってもらいたいのだけれど、
2人とも忙しいし、それでいて援助申請の締め切りまであまり余裕はないし、
万一見積もりが締め切りに間に合わないと建設が一年遅れてしまうし、
他にできる人はいないし、
仕方ないのか。
放課後は日本からの寄付でやってきたサッカーボールとユニフォームを
取り出してボールを膨らませて異常がないか確認したり、
ユニフォームが着られるか試してみました。
ユニフォームを着せると生徒が大喜び、
いきなり全力疾走で駆け出したり、
円陣を組んで『勝つぞ、オー!』とかやってます。
サッカーの国代表になったつもりでいます、かわいいものです。
いつもなら穴だらで裂けたシャツやズボンの彼らです。
すぐに着替えさせるのもかわいそうなので、
ボールを渡して30分ほど好きに遊ばせてあげます。
その後ユニフォームとボールをしまってから
体育教師とユニフォームやボールの使用や管理方法について打ち合わせ。
卒業生の受ける国家試験が半年後に控えています。
試験対策として学校では過去問題を大量にコピーして
生徒に勉強させることになっています。
インクと紙を持参すれば、となり町(といってもバスで2時間)のコピー機を
ただで使わせてもらう算段ができているのですが、
インクトナーが学校に届きません。
購入は2ヶ月前に決定したのに学校の会計処理が遅すぎます。
『どうなってるんだろうね』と会計のおじさんの太ったお腹を
ぶよぶよもみながら締め上げます。
明日の準備をして家に帰ってきたらもう6時、
あ、買い物いくの忘れた。
最近おかずなしのご飯ばかりです。
ふりかけご飯とか、塩かけごはんとか。
冷蔵庫をあけたらバターとウォッカと水のみ。
・・・。
バターでも舐めるか。
写真左・国代表になったつもりの生徒達、サッカーゴールの前で。
写真右・でも裸足のせいかいまいち冴えません。
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まぁ、ウォッカです。これが晩御飯です。
男子生徒寮に夕食をせびりに行こうかと思いましたがやめました。
私の家の前にちょっとした並木道があります。
高さ30mは超えるであろう木々が規則正しく並んでいます。
大樹はたくさんの陰を作り、校舎を焼け付く太陽光線から守ってくれます。
これがなかったら夏場など教室で死者がでかねません。
よくこの樹の下をカールと散歩しながら、
木を植えた人々のことを考えます。
彼らがどういう人たちであったのか知るべくもありません。
けれど、彼らは自分達が植えた樹がやがて大きく成長して、
張り出した枝が学校のために日陰を作ることを考えていたのでしょうか。
きっとそうだった、と私は思っています。
自分の植えた樹がやがて大きくなり、地域の人々の役に立つ、
しかしその頃には自分はもうそこにいない。
それを知りつつ樹を植えていった人々の心を思うとき、
私もそれを見習いたいと願います。
生徒が成長し家族を作る頃、私はこの国にはいません。
おそらく二度と会うこともないでしょう。
彼らが私と過ごした時間は過去のものとなって色あせ、
やがては彼らの思い出から消え去ってしまうの違いありません、
数学の授業も、放課後のサッカーも、まるで何もなかったかのように。
でもそういった思い出が全て忘れ去られた後でも、
彼らがこの学校でつちかった努力や我慢の結晶は、
いつまでも心の中に太い柱となってその後の人生を支えます。
彼らが大人になって結婚して家庭を築いて、
私との思い出が完全に消え去ってしまうとき、
やっと私の隊員活動も終わります。
その瞬間のために、明日も学校に行きます。
援助ってそいういうものでしょ?
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いかん、酒がまわってる、
歳のせいか最近弱くなってきた。