昨年、総選挙が行われたミャンマー(ビルマ)は、
アウンサンスーチーさん率いるいわゆる民主派が大勝しました。
これは、軍事政権トップのテイン・セイン大統領が、自ら民政に
移行する方針を決めたことから実現した結果でもあります。
かつて、ミャンマーの軍事政権は、非同盟中立国として欧米や日本と距離を置く一方、
1983年に首都ヤンゴン(ラングーン)で起こされた韓国閣僚爆破殺害テロ事件以来、
北朝鮮と国交断絶していました。
しかし、その後、北朝鮮がアメリカ等と激しく対立することから、
「敵の敵は味方」という論理からか、北朝鮮と急接近し、北朝鮮から
武器を買い付けたりし、核技術も輸入するのではないかと噂されました。
それを思うと、ミャンマーの変わりようには大きなものがあると言えます。
革命を経ずに国がどのように変わっていくのか、という一つの実例として、
対北朝鮮外交の参考として学ぶべきことは多いと思います。
「ビルマの竪琴」で知られるように、ミャンマーは、
かつて太平洋戦争の戦地になりましたが、
国民の多くは、親日的であると言われています。
また、敬虔な仏教徒の多いことでも知られています。
和を説き、無用な殺生を禁じ、聖戦という概念がない仏教の教えは、
もちろん、日本でも、聖徳太子以来、最も馴染みのある教えです。
私は、聖徳太子が記したとされる十七条憲法の最初に出てくる
「和を以て貴しとなす」という言葉が好きで、議員会館の部屋に、
知人から頂いたそれを綴った書を飾っております。
ミャンマーのような途上国との関係・お付き合いは、
援助や合弁事業といった経済的なものへ目が行きがちですが、
生き方に関する基本的な考えを共にし、それを世界へ広げていく
パートナーとして捉えることもできるのではないかと考えています。
中東の荒原に兵士がさまよい、殺し合いが絶えない昨今では特に、
人が生きていくことの意味を深くよく考える必要があると思います。